生成AIの急速な普及を受け、導入を急いでいる企業も多いだろう。情報処理推進機構 デジタル基盤センター長でAIセーフティ・インスティテュート 副所長・事務局長の平本健二氏は、「そのためにはIT基盤の再設計が必要不可欠」だと指摘する。従来のIT基盤では、AI時代に求められる要件を満たしていないことが多いためだ。

2月6日に開催された「TECH+セミナー AI Infrastructure Shift 2026 Feb. クラウドの先へ オンプレ回帰とデータ処理の最適解を探る」に同氏が登壇。AI時代にはどのようなIT基盤が求められ、それに応じてインフラをどう再設計するべきかについて解説した。

AI以前にIT基盤を見直すべきポイント

講演冒頭で平本氏は、AIの導入以前に、まず紙の呪縛から脱却することがデジタル化の基盤として重要であると指摘し、紙の書類を全てデジタル化するだけでなく、PDFをメールに添付するのもやめるべきだと話した。PDFの画像を人の目で確認するより、データで処理したほうが何倍も速くて正確だからだ。もちろん相手が対応するアプリを持っていないときなど、PDFがまだ有効な場面もあるが、今後はデータを使い、データでつながるようにしていくことが大切だと説く。

技術起点からデータ起点へのシフトも必要だ。技術は次々に変化するが、データは整備に時間がかかる一方で、100年先でも使える可能性がある。したがって、新たな技術に対応して瞬時に組み替えられ、必要に応じてサービスも差し替えられるような柔軟な基盤にすることが望ましい。

データをファイル単位で考えるのもAI時代にはふさわしくない。国内ではデータ取得にファイル転送やRDB(定型データ)をよく使うが、世界はAPIによるアクセスやグラフ技術を使う方向にシフトしている。ファイルではなくデータに直接アクセスするため高速化でき、セキュリティも保てるためだ。また、データがある場所に処理を近づけ、データを物理的に移動させず、必要なときに必要な権限で参照できるようにすることが推奨される。これはデータの持ち主側から見れば、データを手元に置いたまま外部に見せることになり、制御権と安全性を両立し、データ主権を維持することができるためだ。

同氏は、「クローズな基盤の時代は終わった」と話す。外からの侵入を防ぐためのクローズドな設計ではイノベーションは生まれない。これからのAI時代においては、オープンな環境でセキュリティを担保しながら多様なデータを複合して価値を生み出すことが必要なのだ。

「世界はもうつなぐことを前提としたシステムになっている」と同氏が指摘するように、AI時代は“何でもつながる時代”となる。データのパイプライン全体のトラスト(信頼性)が重要になるため、外部APIやグローバルデータの管理徹底は必須だ。さらに、経営層に対してデータがどうつながり、どのようにビジネス価値を生んでいるかを伝え、データの重要性を理解してもらうことも不可欠となる。

  • データ起点のイメージ図

    データを起点に、アップデートに対応する必要がある

トラスト担保のためにセキュリティは重要だが、セキュリティ自体が目的化するとデータを囲い込んでしまい、つないで価値を生み出せなくなる。企業間で安全にデータを共有できる基盤技術を活用し、データと処理が正しいかどうかを常に検証するような、インフラの安全性を担保する仕組みをつくらなければならない。

「基盤となるセキュリティを守りつつ、フロントエンドでAIが使いやすいようなインフラにすることが重要です」(平本氏)

つながる基盤へのパラダイムシフト

平本氏は「AI時代の基盤整備において肝に据えるべき原則」として、「FAIR-R原則」に基づく整備が重要だと述べた。これはFAIR原則(Findable:見つけられる、Accessible:アクセスできる、Interoperable:相互運用できる、Reusable:再利用できる)にReadiness for AI(AIに使える)を追加したものだ。つまり先を見て整備することを意味している。その際、データの価値を増幅するために意識すべきなのが「つなぐ」ことだ。さらに、ルールやマニュアルもデータとして考えておきたい。紙の資料の場合は手書きのメモなどが追加されていることもあり、システム化に手間がかかる。そのためきちんと手順を記載して、AIが理解できるかたちに整備しておくべきなのだ。

AIを活用する際、もっとも重要なのは要件定義だ。AIに細かい指示をするほど正確な回答が期待できる。つまり“何をしたいか”を言語化するモデリングが重要になる。ではどうやってモデリングをすべきか。

同氏は「オフィスソフトで要件を定義、管理する時代は終わっている」と指摘したうえで、モデリングツールを用いてマシンリーダブルな要件をつくることを推奨した。

逆に、生成AIの精度を損なう可能性があるのがデータ分断だ。従来のシステムでは部門や課ごと、あるいは人ごとにデータが分断されたクローズドな基盤だったが、AI時代には他社とも積極的にデータを連携しなければならない。同氏は、「目指すべきはボーダレス・インフラ」だと話す。そのためには、グローバル標準に準拠し、オープンなアーキテクチャを採用することも必要だ。そうすれば、データスペースへの接続や組み換えも容易になり、多様な選択肢を持つことができる。

「企業の市場価値を決めるのはつながる能力、つまりインターオペラビリティなのです」(平本氏)

生成AI時代に求められるIT基盤の新要件

AI時代の基盤をつくるにあたり、考えなければならないことはまだある。まず、マルチモーダルへの対応だ。構造化データ(数値)だけでなく映像や音声、ログなど非構造化データも等しく扱い、あらゆる形式のデータをAIで処理できるようにする必要がある。そしてデータを物理的に統合するのは難しいため、APIでアクセスしてその場からすぐ取りに行けるようにするなど、論理的につながった状態をつくるべきだ。

データと処理の置き場所も考えなければならない。ここで重要なのがエッジにも処理を分散させる「Cloud-Edge-IoT」という考え方だ。IoTデータは現場で処理し、低遅延が求められる判断やデータの一次加工、匿名化は現場近くのエッジで実施、膨大なデータの集約、大量高速処理や広域な最適化はクラウドで行うというように、全てをクラウドに上げず、遅延やコスト、プライバシーなどを考慮した「配置の最適化」を行うのだ。

データ主権をグローバルで制御することも重要である。データ主権とは、データの利用価値と権利を支配し続けることを指す。グローバルなAIサービスを利用しつつ、コアな知的財産であるデータを他者の学習に利用させないよう制御することが肝要になる。そのためには、物理的な場所と法域を把握して所在を明確化するとともに、転送しない仕組みによってアクセス制御し、利用目的を制限することが必要だ。

安全性を担保するには、従来の境界防御よりも「処理の保護のほうが有効」だと平本氏は言う。システムへの侵入を防ぐのではなく、処理そのものを保護し、ノウハウが漏れないようにするのだ。そのためには処理の正当性を常に検証できるようゼロトラストを実現し、最新技術により秘密計算など処理中のデータも暗号化するなどの対策が有効だ。

明日から進めるべきインフラ再設計の方向性

企業が今すぐに取り組むべきなのは、資産の可視化だ。保有するデータの内容やその場所を把握するためにデータの棚卸しを行い、用語定義のためのデータ辞書やデータカタログをグローバル基準で整備する。データをどこまで投入するか、AIをどこまで使うかといったルールをつくり、それを可視化するガイドラインも整備しておきたい。さらに前述のCloud-Edge-IoTに基づいた配置の最適化も急務だ。データは動かさず、処理する側がデータを取りに行くアーキテクチャを考え、将来のデータ量増大や解像度拡大まで見越した拡張性の高い基盤をつくることが重要となる。

最後に平本氏は、AI時代に向けたインフラ再設計の重要ポイントとして、ルール、ツール、データを揃えること、自社の強みを生かしたデータ基盤の上で、コモディティなAIを使いこなす戦略を考えること、10年後の土台をつくるためにトラストを実現することを挙げた。そして、最初から完璧を目指さず、まず壁を壊してつなげるところから始めるべきだと力を込めた。

「将来100倍のデータが来ても動じないかを考えて、インフラを設計してください。経営層から現場、全員が、基盤という“企業の神経系”をアップデートし続ける決意をもって臨むことが重要です」(平本氏)