家賃の滞納、病院の医療費、年会費などの「少額未払い」解決へ 2人の弁護士が始めたAtoJの「オンライン紛争解決」ビジネス

「泣き寝入り」が当たり前

 年会費、家賃の滞納、病院の医療費、自治体の公共料金……。我々の身近な金銭に関するトラブルが社会課題になっている。1件当たりの金額は数千円から数十万円単位の「少額債権」だが、各種取引での国内の金銭にまつわる少額債権の総額は2000億円規模にまで膨らむ。

 例えば、大手フィットネスクラブのフランチャイズ店舗では月会費の未回収金が増え、その合計金額は2024年10月からの1年間で総額2.8億円になっていた。解決方法は主に2つ。店舗スタッフによる会員への直接催促か弁護士に委託して会員に申し立てるかだ。

 しかし、現場は人手不足である上に、店舗スタッフの本業は現場対応。督促などに時間も手間もかけていられない。仮に督促の電話越しで相手から罵声を浴びせられたりすれば、貴重な店舗スタッフが辞めてしまうといったリスクも背負う。あるいは裁判所で訴訟を起こすだけの労力をかけている時間も金もない。結局は、それらの少額債権は回収されることなく、店舗側の「泣き寝入り」になる。

 この市場規模が約7000億円のフィットネス業界のうち少額未回収金の割合は1~3%。金額にして70~210億円となり、月会費が1万円の場合であれば、約5.8万人から17.5万人分の年会費に相当する。

「我々は弁護士。裁判外紛争解決手続きを実現するための流れや落としどころを分かっている。医療費や家賃、会費などの少額未払い案件を対象に、弁護士が関与しながら裁判に至る前の協調的解決をオンラインで実現している」─。こう語るのはAtoJ代表取締役CEO(共同創業者)で弁護士の森理俊氏。

 同じく弁護士で同社代表取締役COO(共同創業者)の冨田信雄氏は「(医療費や家賃、会費などを払っていない)債務者も悪意のある人は、ほとんどいない。うっかり忘れていたといったケースがほとんど。ボタンの掛け違いを解消すれば最短5分で解決できるケースもある」と話す。

 森氏と冨田氏の2人が始めたのが「OneNegotiation(ワンネゴ)」。ワンネゴは法務大臣の認証を受けた日本初の金銭トラブル特化型のオンライン紛争解決(ODR)サービスだ。督促を支援したりするサービスは他にもあるが、オンラインで債権者と債務者双方の話し合いによって紛争解決までを目指すサービスはワンネゴのみだ。同サービスは2024年9月に正式リリースされた。

 具体的にどういうものなのか。

 ワンネゴでは名前・連絡先・未収額の3つを入力するだけで申し立てが可能になる。そして、申し立てを受けた側にはメール・郵送・ショートメール(SNS)などで通知が届き、「全額支払う」「末日から分割で支払う」「請求に身に覚えがない」などの選択肢をタップすることで、双方の話し合いが進んでいく。折り合わない場合には、調停人が交渉をサポートする。

お金のトラブルをオンラインで解決する「OneNegotiation(ワンネゴ)」

 このやり取りのミソは「あらかじめ想定し得る選択肢を用意しておくことで、選択肢をタップするだけで応諾・交渉が可能になっている点だ」と冨田氏。続いて森氏は「債務者は紙の書類の提出や裁判所への出廷も不要になり、債権者への文章を考える必要もない」と話す。

 既に約100社が導入しており、累計取扱件数は2.5万件を超え、解決率は50%に上る。導入した企業にとっても、「経理は忙しい現場に督促をお願いする必要もなくなり、店舗責任者にとっても日頃の仕事に督促という重い業務が負荷されることもない」(冨田氏)。導入企業の中では、自社督促後の管理業務が90%削減されたケースもある。

 また、債務者がワンネゴ上での交渉を経た後、再び利用者として戻ってくるケースもある。「申し立てを行っても、企業はブランドを毀損せずに済む」(同)わけだ。

 オンライン上でスムーズにやり取りが進む選択肢を設けることができているのは、冨田氏が2万件を超える少額未払い金の回収業務に当たってきたからだ。また、それらの経験を通じて「根っからの悪人はいない」ことも同氏は分かっていた。

 そんな中で2人が出会ったのは大阪弁護士会のベンチャー支援プロジェクトチームに所属していた20年。森氏がODR、冨田氏がAIの研究を行っており、森氏から冨田氏に「世界でODRの流れが出てきている。日本でも事業化しないか」と持ち掛けたことがきっかけ。理念に共感した3人の仲間を含めて5人で会社を共同創業した。

 法曹界では法的支援が必要な人のうち、実際にアクセスできているのは2割しかいないという「2割司法」という現実がある。数万~数十万円単位のトラブルでは弁護士費用が回収額を上回る情況が常態化しており、〝司法の空白地帯〟でもある。

 森氏は「誰でも簡単に使えるようなユーザビリティを磨いていく」と意気込むと共に、冨田氏は「コミュニケーションのズレをテクノロジーとデザインの力で埋めていきたい」と語る。事業はまだ赤字だが、自治体をはじめ、業種業界を問わず、企業の採用検討も進む。

 直接催促か弁護士委託で申し立てか─。この2つしかなかった少額債権にまつわる第3の解決方法としてAtoJのODRが普及するか。森氏と冨田氏の2人の弁護士は経営者としての力量が問われることになる。

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