道路や橋梁、水路といった社会インフラの維持管理は、全国の自治体が共通して抱える大きな課題だ。施設の老朽化が進む一方で、人口減少や担い手不足が深刻化し、現場を支える自治体職員の負担は年々増加している。こうした状況を背景に、山梨県甲斐市では道路維持管理業務の高度化を目指し、NTT東日本およびNTT-ME(以下、NTT東日本グループ)と連携したDXを推進している。

  • 山梨県甲斐市役所

    山梨県甲斐市役所

住民通報と紙管理に依存していた道路維持管理

甲斐市 まちづくり振興部 建設課 建設総務係 主任 和田匠氏

甲斐市 まちづくり振興部 建設課 建設総務係 主任 和田匠氏

甲斐市が抱えていた最大の課題は、道路・水路などインフラ全体の老朽化と、それを支える体制の限界だった。従来、地域の自治会が草刈りや水路清掃などを担ってきたが、高齢化の進行によって地域だけでは対応しきれなくなり、自治体側に求められる作業量が増えていたという。

実際、穴やひび割れなど、住民からの道路に関する通報や相談件数は年間で約3,197件(令和6年度)に上る。しかし、その情報管理は長らく紙媒体が中心だった。窓口や電話で受けた内容を職員が地図に書き込み、紙のファイルで保管する形で運用されていたため、過去の対応履歴を探すだけでも大きな手間がかかっていた。さらに、担当者が異動すると情報が引き継がれにくく、過去の対応が属人化してしまうという課題もあった。

こうした甲斐市が抱える道路維持管理の課題について、甲斐市 まちづくり振興部 建設課 建設総務係 主任の和田匠氏は次のように説明する。

「インフラの老朽化が進んできている中、道路全体の管理範囲が広く、人員不足も深刻で時間外労働が慢性化していました。また、道路の維持管理は紙媒体での管理が中心で、場所を番地で管理したり、地図を印刷したりしていたため、見返すにも時間がかかり、情報の引き継ぎが難しい面がありました。さらに、住民から寄せられる道路の傷みに関する通報の管理が属人化してしまっており、業務効率化の余地が大きいと思っていました」

NTT東日本グループとの連携協定が生まれた背景

NTT-ME 社会インフラデザイン部 地域あんしん推進部門 スマートインフラ担当 チーフ 技師(建築部門) 橋本敏見氏

NTT-ME 社会インフラデザイン部 地域あんしん推進部門 スマートインフラ担当 チーフ 技師(建築部門) 橋本敏見氏

甲斐市とNTT東日本グループの連携が本格化した起点は、2025年2月に締結された協定だ。協定締結に至った背景には、以前から自治体とNTT東日本グループが道路占用の届け出などを通じて関係性を持っていたことがある。こうしたつながりをきっかけに課題共有の機会が生まれた。

「NTTが道路を占用させていただく際に、必ず届出を行いますので、各自治体さまとつながりが生まれます。そうしたつながりから、建設課の課題を伺うタイミングがあり、当社のデジタルソリューションとインフラ管理を道路管理に生かせるのではないかというところから、連携協定につながりました」

こう語るのは、NTT-ME 社会インフラデザイン部 地域あんしん推進部門 スマートインフラ担当 チーフ 技師(建築部門)の橋本敏見氏だ。

取り組みの柱は「データベース化」と「AIによる路面解析」

今回の道路維持管理DXの取り組みは、大きく2つの要素で構成されている。

1つ目が「道路維持管理データベース」の構築だ。これまで紙で管理していた住民からの通報内容や対応履歴を、地図(マップ)上で一元管理できる仕組みを構築した。これにより、通報の場所や内容、対応状況が可視化され、職員が即座に情報を確認できるようになった。

特に効果が大きいのは、過去の通報履歴を地図上で重ね合わせられる点だという。頻発箇所の把握や、同じ問題が繰り返される地点の特定が容易になり、属人化していたノウハウが組織全体の資産として蓄積される形になった。

「今までの経緯や例年通報が多い箇所などをマップ上ですぐに確認できるので、道路の維持管理において、データが蓄積していくだけで可視化される点はメリットが大きいと思っています」(和田氏)

2つ目が、車両に搭載したカメラ映像を活用した「AI解析」だ。山梨交通のバスや甲斐市のパトロール車両、NTT東日本グループの保守車両に4Kカメラを設置し、走行しながら路面状況を撮影する。そして、取得した映像データをAIで解析し、道路のひび割れ状況を5段階でランク分けする仕組みを構築した。

  • 甲斐市のパトロール車両に4Kカメラを設置 出典:NTT東日本

    甲斐市のパトロール車両に4Kカメラを設置 出典:NTT東日本

  • パトロール車両の運転席から見たドライブレコーダー 出典:NTT東日本

    パトロール車両の運転席から見たドライブレコーダー 出典:NTT東日本

  • パトロール車両のドライブレコーダーが撮影した画像 出典:NTT東日本

    パトロール車両のドライブレコーダーが撮影した画像 出典:NTT東日本

「5段階で道路のひび割れを解析し、それが地図上で表示できるので、どの路線が荒れているかといったことが一目でわかります。さらに通報と重ね合わせができるので、通報も多く、かつ荒れている箇所は優先的に補修したほうがよいという一つの指標になり、今後の保全や補修の優先度を検討できるようになります」(和田氏)

  • AIで道路のひび割れを解析した結果。ひび割れが50%以上ということでランク5と判定された 出典:NTT東日本

    AIで道路のひび割れを解析した結果。ひび割れが50%以上ということでランク5と判定された 出典:NTT東日本

道路を撮影するカメラは、甲斐市の市バスには3台、韮崎市側にも複数台に搭載し、さらに山梨交通の路線バスにも搭載している。対象路線は甲斐市内でも国道・県道に接続する重要路線(1級・2級路線)を中心に設定されており、バス走行だけで約10%程度をカバーしたという。

不足する範囲は、市のパトロール車両やNTT東日本グループの車両で補完し、将来的には「日常的に走行している車両すべてを活用してデータを蓄積する」形を目指している。

AI解析では、道路補修工事のカッター跡などを誤検出しないよう学習を施し、水路など道路以外の構造物もひび割れとしてカウントしないよう調整されている。こうした工夫により、国土交通省基準に基づく「ひび割れ率」を算出する形で、客観的な評価が可能になった。

「緊急性×重要性」で補修優先度を決める新たな意思決定

甲斐市 まちづくり振興部 建設課 建設総務係 係長 櫻田隆樹氏

甲斐市 まちづくり振興部 建設課 建設総務係 係長 櫻田隆樹氏

甲斐市が今回のDXで期待する最大の効果は、補修工事の優先順位を合理的に決定できるようになる点だという。

これまでの道路補修は、住民通報に基づく対応が中心で、予防保全の視点が十分ではなかった。だが、AI解析によって路面状況が可視化され、さらに通報データと重ね合わせることで「通報が多く、路面劣化も進んでいる地点」を優先的に把握できるようになる。

その効果について、甲斐市 まちづくり振興部 建設課 建設総務係 係長の櫻田隆樹氏は、次のように述べた。

「全部の画像を見てランク分けさせてもらったところ、『ランクの高い道路は毎年チェックしましょう。2番目は3年おき、3番目は5年おき』といった形で、今後活用できると思っています」

甲斐市は、道路補修の計画立案を新年度の概算要求時期(6月ごろ)に行うが、このタイミングで解析結果を活用できれば、予算配分の精度が高まり、より効果的な維持管理につながると見込んでいる。

「新年度を迎えて6月ごろに、次年度の効果が上げられそうなところを選定し、概算で予算を算出する際に、この検証結果が役に立つと考えています」(櫻田氏)

SaaS型システムによる汎用性と横展開の可能性

今回構築されたデータベースシステムは、SaaS型(クラウド型)であり、インターネット環境があれば導入できる設計となっている。自治体によって GIS導入状況や業務フローは異なるが、クラウド上で動作することで、既存環境に左右されず導入できる点が大きいという。

  • 甲斐市の道路施設維持管理システムの画面。地図上に道路の傷みのある個所がプロットされ、それをクリックすると詳細情報が表示される

    甲斐市の道路施設維持管理システムの画面。地図上に道路の傷みのある個所がプロットされ、それをクリックすると詳細情報が表示される

実際、自治体間の環境差を吸収する仕組みが求められた。SaaS型はその解決策となり、広域化モデルとしての汎用性を高めている。

「甲斐市と韮崎市で建設課の環境が異なり、補修対応の仕方や土地の形状も自治体で異なります。そうした難しさを韮崎市と協議する中で痛感しましたので、どの自治体でも使えるようなものにする点に腐心しました」(和田氏)

NTT東日本グループ側も、単独自治体で導入するより、複数自治体が共同利用することで運用費を分担できる「割り勘効果」を強調している。さらに、維持管理業務そのものを共同化できれば、発注業務のスケールメリットも期待できる。

「お互いのアセットを活用し、その上でコストも抑える。お互い同じように車両を走らせているのであれば、それを互いに活用できれば、よりメリットがあります。道路インフラ管理者と通信インフラ管理者とのこのような連携は、これまでにない取り組みだと思っています」(橋本氏)

来年は本格運用へ、将来は対象領域の拡張も

甲斐市は同事業を来年度以降も継続し、検証段階から本格運用へ移行する方針を固めている。韮崎市も同様に継続意向を示しており、次年度は「フルスペックで活用する年」と位置づけられている。

また、今回のAI解析は舗装のひび割れに特化しているが、利用しているソリューションは白線の擦れや標識の劣化なども解析可能なため、今後は対象領域を拡張し、より包括的なインフラ点検DXへ発展できる可能性がある。

「技術を活用して維持管理を実現し、みんなで協力することによって、コストを下げつつクオリティを上げることが最終目標です。今年やったことは検証という位置付けになりますが、来年度は検証によって実証したものをフルスペックで活用できるような一年にしたいと思います」と、櫻田氏は来年度に向けた意欲を語った。

また同氏は、今回の連携協定の取り組みについて次のように述べ、民間との協力による効果への期待を示した。

「さまざまな垣根を越えて民間の力を活用し、公共団体がコストをかけずに共通の悩みを解消できるのであれば、本当にありがたいと思っています」

  • 左から、甲斐市 まちづくり振興部 建設課 建設総務係 主任 和田匠氏、甲斐市 まちづくり振興部 建設課 建設総務係 係長 櫻田隆樹氏、NTT-ME 社会インフラデザイン部 地域あんしん推進部門 スマートインフラ担当 チーフ 技師(建築部門) 橋本敏見氏

    左から、甲斐市 まちづくり振興部 建設課 建設総務係 主任 和田匠氏、甲斐市 まちづくり振興部 建設課 建設総務係 係長 櫻田隆樹氏、NTT-ME 社会インフラデザイン部 地域あんしん推進部門 スマートインフラ担当 チーフ 技師(建築部門) 橋本敏見氏