日本企業の生成AIやAIエージェントの活用が進むにつれ、導入したはいいが効果が出ているのか、いわゆるROI(Return On Investment:投資利益率)視点での疑念が昨今では生じつつある。今回、AI時代におけるデータ活用の現状や課題、解決に向けたアプローチについて、Quollio Technologies(クオリオテクノロジーズ) VP, Corporate Marketingの阿部恵史氏に話を聞いた。

AI活用にまつわる日本企業と海外企業の格差

昨年、MIT(マサチューセッツ工科大学)がAIの投資から十分なリターンを得ている企業は5%に過ぎないという調査結果を公表し、日本のみならずグローバル規模でROIを課題に挙げる企業が少なくない。阿部氏は、同じく昨年にPwCが公開した「生成AIに関する実態調査 2025春 5カ国比較」を引き合いに出し、以下のように指摘した。

「日本企業の生成AIの活用は広がりつつあるが、成果面では停滞しています。生成AIを活用中または推進中と回答した企業は、前年比9ポイント増の76%ですが、期待以上の効果を得ている企業は同1ポイント増の10%にとどまっています」(阿部氏)

  • Quollio Technologies(クオリオテクノロジーズ) VP, Corporate Marketingの阿部恵史氏

    Quollio Technologies(クオリオテクノロジーズ) VP, Corporate Marketingの阿部恵史氏

同氏が話すように効果を得られていないと感じている企業は少ない一方で、米国では前年比12ポイント増の45%が期待以上の効果を得ており、米国、英国、中国、ドイツの中でも最下位となっている。

調査結果をふまえ、阿部氏は「原因の1つとして、AIが参照するデータの『意味』を理解させるための整備不足、つまりメタデータの欠如が挙げられます。そのため、データ活用の準備が不十分であることがROIと成果の伸び悩みに直結しています」との見解だ。

成果面における停滞の本質は、データの意味・文脈(コンテキスト)を定義する「ビジネスメタデータ」の不足がある。

同氏は「数値だけでは意味を解釈できず、価値ある情報は暗黙知のままの状態です。たとえば、製造拠点で“91.5”という値が出ても、これがスピンドル温度なのか、またはシャフト径なのかは測定者や測定時期などが明示されなければ当事者以外は活用が困難であり、AIも理解できません。この暗黙知を形式知化して共有することが不可欠です」と話す。

ビジネスメタデータの不足が成果を阻む

過去には、データの民主化や組織横断の利活用といった文脈でメタデータの重要性が語られてきたが、取りまとめる部門が音頭を取ったとしても事業部門、間接部門が多すぎて巻き込むのが難しく、必要性を理解されないという課題があったという。

そして、生成AIの成熟に伴い状況は変化し、特定部門の業務をAIエージェントに代替・補助させるためには、担当者の知識や定義を言語化し、機械可読化する必要がある。また、プロンプトエンジニアリングの改善だけでは限界もあり、背後にあるデータが貧弱であれば精度の向上は見込めず、回答が得られないからといって過剰なプロンプトを続ければ、ハルシネーション(幻覚)を招く要因にもなる。

  • AI時代のデータ活用にはビジネスルールを機械可読な表現にする必要がある

    AI時代のデータ活用にはビジネスルールを機械可読な表現にする必要がある

このような状況をふまえ、阿部氏は「AIプロジェクトの失敗要因の中で、データ品質の向上で解決可能なものは多く、実際に活用の効果を期待する企業の30%が『データ品質が問題』と回答しています。データの品質を高めるためには、データの意味を正しく定義・共有することが重要であり、メタデータの整備が必須なのです」と強調する。

同氏によると、原油の精製工程を例に挙げつつ、メタデータのないデータは単なる「資源(石油)」に過ぎず、メタデータを付与することで初めて誰もが使える「資産(精製)」へと変換されるという。

ビジネスコンテキストにおける固定的定義や意味、データオーナー、責任部署、更新頻度、関連業務といった基本情報に加え、セマンティックな定義(「オンライン購入後48時間以内に店舗受取が未完了ならフォローコールと原因調査」「返品率が15%超過のカテゴリーは商品改善レビューの実施」など)を人の暗黙知から言語化し、機械可読なルールに変換することで、AIが自律的に判断して作業するAIエージェントの実現に近づくとのことだ。

メタデータの整備が進まない背景と組織課題

では、ビジネスメタデータが整備されている場合と、されていない場合ではどのような差異があるのだろうか。ビジネスメタデータがないRAG(検索拡張生成)と、ビジネスメタデータを有するRAGに対して同一のプロンプトとして「直近6カ月の売上減少の主な原因何で、どのような対策が効果的か分析してください」と入力。

ビジネスメタデータがない場合は抽象的な分析に終始し、アクセス権限外のデータを参照したようなハルシネーションが見られた。一方、ビジネスメタデータを有したRAGは提供データの意味を正しく理解し、必要情報の探索・分析を実施したうえで、アクセス権限や利用意図、生成背景など、コンテキストを含む信頼性・ガバナンスが効いた実用的なインサイトを提供した。

阿部氏は「ファインチューニングとは異なり、企業が制御可能なメタデータを整備することで同じ処理能力でも回答精度を向上できることを示しています。ビジネスメタデータはAIに意味を伝え、必要なデータの探索やリネージ(履歴)の把握を支援し、ガバナンスと品質管理を可能にします」と説く。

このようにAIを活用するうえで、ビジネスメタデータの整備は1つのポイントになる。そのため、整備の先送りは実データが指数関数的に増加し、定義対象が雪だるま式に膨らむため技術的負債を招きかねない。

また、ビジネスメタデータの整備は段階を踏みながら進めるしないことから、後回しにすればするほど意味不明で使われないデータが蓄積され、取り返しがつかない恐れがあるが、早期に取り組めば途中から正誤判定の自動化あるいは半自動化できるという。

  • ビジネスメタデータの有無による違い

    ビジネスメタデータの有無による違い

同氏によると、ビジネスメタデータの役割として、データの意味を明確化する「翻訳者」、品質分析にデータの海から必要なデータセットの所在と入手方法を示す「案内人」、データの信頼性を担保して誤った解釈や不適切な使用を防止する「品質管理者」の3つに位置付けている。

メタデータの有無で変わるAIの精度と実効性

とはいえ、実際にはどのようにビジネスメタデータの整備に取り組めばいいのか。その点について、阿部氏は考え方として「データの意味を統一するための『セマンティック』と、そのデータを使いこなすための背景情報やルールなどの『コンテキスト』、この2つに分けて考えるべきです。コンテキストの中にはメタ、ビジネス、ガバナンスの各層があります」と話す。

セマンティックは用語、項目、計算ロジック、KPIといった業務的な定義・統一や業務分類の定義となる。コンテキストのメタはデータ収集の背景・意図、利用目的、ビジネス価値など、ビジネスは過去成功・失敗事例、過去履歴・経緯、利用方法・範囲・理由・効果、利用時の制約・留意点、判断理由・根拠など、ガバナンスは運用ルール、制約、変更履歴、統制要件などがそれぞれ含まれる。

  • セマンティックとコンテキストの概要(図右側の色付けされている箇所)

    セマンティックとコンテキストの概要(図右側の色付けされている箇所)

同氏は「セマンティックからメタ→ビジネス→ガバナンスと整備が進むと、“データが使える状態”から“データをビジネスで使いこなせる状態”に進化させることができます。使いこなせる状態となればAIによる業務支援や自動化につながり、自分の代わりに作業をアウトプットしてくれるエージェントになります。そのようなステップを描くことが望ましいです」との認識を示した。

“データが使える状態”から“データをビジネスで使いこなせる状態”--。こうした実効性の高いAI活用として同社は「AI Rediness」を提唱し、ステップを1.0~3.0としてまとめている。

ステップ1.0は業務とデータの関係性理解にフォーカスする「戦略策定」(3~6カ月)、ステップ2.0は現場の用語でメタデータ定義にフォーカスする「基板設計」(6~12カ月)、現場主導の活用文化定着にフォーカスする「実装・段階的展開」(12~36カ月)としている。担当部門は1.0はIT・システム部門とデータマネジメント部門、2.0~3.0はデータマネジメント部門とビジネス部門が担当し、1~3年程度のビジョンを描きつつ「小さく始めて早くサイクルを回す」ことが肝要だという。

  • 「AI Rediness」の概要

    「AI Rediness」の概要

阿部氏は「初期段階ではステークホルダーを巻き込みすぎないことを推奨します。データの整備や成熟度の評価で現状を把握し、スタート地点を定めるべきです」とポイントを説明した。

ビジネスメタデータの整備の進め方と必要な要素

このように、AIをフルで活用していくうえでは、ビジネスメタデータの整備は企業において喫緊の課題ともいえる。

そのため、Quollio TechnologiesではSaaS(Software as a Service)のデータプラットフォーム「Quollio Data Intelligence Cloud」を提供しており、日本企業が抱える課題の解決に向けて支援するという。

同社は2021年に設立したスタートアップであり、データインテリジェンス、ビジネスメターデータの専門企業だ。KDDIやENEOS、中国電力、ヤンマーなどがユーザーだ。Quollio Data Intelligence Cloudは、データカタログ(メタデータ管理)やデータガバナンス、データリネージ&クオリティ、メターデータエコシステムといった機能を備えている。

一方で、データ整備の着手が難しい企業に向けては、コンサルティングのProfessional Serviceを提供している。ユースケース定義やメタデータ項目の設計、関係部署との合意形成、規定の解釈、運用ルールの策定、機密レベル・利用条件の属性など、プラットフォームを利用する前工程を伴走。準備に時間がかかりすぎる現状を是正するとともに、データ整備のテーマなどを決めて、技術・工数・課題を洗い出してプラットフォームに接続するという。

  • 「Quollio Data Intelligence Cloud」の概要

    「Quollio Data Intelligence Cloud」の概要

最後に阿部氏は「業界ごとの導入実績の蓄積がさらに進めば、抽象度を高めた形でテンプレート化し、中堅・中小企業に対して提供できればと考えています。大企業のユースケースは当社にとって価値がある一方で、自社の身の丈に合った企業でも実行できることを示す事例を増やし、ノウハウの循環を加速していきたいですね」と力を込めていた。

生成AIが業務に深く入り込む今、ビジネスメタデータの整備は、もはや避けて通れないだろう。意味を理解するデータをいかに早く整えられるかが、企業がAIを真の戦力へと変えられるかどうかの分岐点だ。AI活用が定着期へ向かうこれからこそ、足元のデータ品質と向き合う姿勢が問われている。