
首相の高市早苗が通常国会冒頭で衆院を解散した。昨年末から永田町では「解散は当面ない」が相場観で、自民党、日本維新の会の幹部さえ知らされない「寝耳に水」だった。女性初の首相として就任から1月28日で100日。物価高などに対応する21兆円規模の総合経済対策を打ち出し、2025年度補正予算を成立させたが、具体的な成果はまだ乏しい。立憲民主党と公明党は新党「中道改革連合」を結成し、高い内閣支持率を背景に勝負に出た高市に対抗するが、双方とも衆院選の勝算は見通せていない。
寝耳に水
「全く聞いていない。そんなことが本当にあるのか」
複数の自民幹部は、読売新聞が9日深夜に電子版で「高市首相が衆院解散を検討、23日通常国会の冒頭に」の記事を出した直後、こう嘆いた。
関係者によると、高市は今年に入り、官房長官の木原稔らごく少数の側近と、解散・総選挙で勝算があるかどうかの検討に入った。昨年の自民総裁選で後ろ盾となった副総裁の麻生太郎、選挙で実務を取り仕切る幹事長の鈴木俊一、旧知である幹事長代行の萩生田光一にすら知らせないサプライズだった。
高市側はひそかに読売関係者と接触。読売にだけ「特ダネ」の観測気球の記事を出させた後、高市はしばらく報道陣の取材を拒否した。木原を通じ解散の意向を聞いた自民幹部は「なぜ木原なのか。こういう重大な問題は首相自らが幹部に直接話すべきだ」と高市への不信感を隠さない。この幹部は続けた。
「首相はただでさえ党内基盤が弱く、仲間が少ない。それなのにこんな不義理をしているようでは先が思いやられる」
高市は解散の意向について、連立政権を組む維新代表の吉村洋文らにもすぐには伝えなかった。昨年10月の自維連立政権発足の立役者として、高市と維新をつないだ首相補佐官兼維新国対委員長の遠藤敬にも知らせない隠密行動だった。
もっとも、兆しはあった。高市は昨年12月17日の臨時国会閉会にあわせた記者会見で解散への考えを問われ、「やらなければいけないことが山ほど控えている。考えている暇がない」と述べていた。
それが今月5日の年頭記者会見では「国民に高市内閣の物価高対策、経済対策の効果を実感いただくことが大切だ。こうした目の前の課題に懸命に取り組んでいるところだ」と語り、「考えている暇がない」とは言わなかった。この間に心境の変化があったと推察される。
人気のあるうちに
高市はなぜ解散に踏み切ったのか。有力なのは昨年10月の就任以降、報道各社の世論調査で、3カ月連続で7割前後の高い内閣支持率を持続させていることだ。自民の支持率は3割程度だが、野党各党が1割に届かない状況では相対的に自民が優位に立つ。人気が高いうちに衆院選に臨むことは、解散の判断を一手に握る首相にとって常道といえる。
一方、永田町では「スキャンダル隠しではないか」との臆測も呼ぶ。昨年末の韓国の報道によれば、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の内部文書で、日本の協会関係者が2021年の衆院選に際し、「自民党だけで290人」の候補者を応援したとする内容だった。
実際に応援したのかどうかは不明だが、元首相の安倍晋三殺害事件を受け旧統一教会の問題は24年衆院選、25年参院選で自民が大敗した要因の一つとなった。現在は関係を断っているとはいえ、イメージはよくない。
加えて、維新の一部の地方議員が一般社団法人の理事に就くことで国民健康保険の支払いを軽減した「国保逃れ」も浮上した。「身を切る改革」を旗印に、衆院の定数削減などを打ち出す維新が保身のために不正を働いていた形だ。
通常国会で論戦が始まれば政府・与党が野党の追及を受ける場面が増え、内閣支持率が下落する可能性があった。また、経済にも影響を及ぼす冷え込んだ日中関係、ベネズエラ攻撃やイランへの攻勢を強めるトランプ米政権の先行きは不透明な状況にある。
3月予定の訪米と日米首脳会談に国民の信を得て盤石な態勢で臨みたいとの思惑から、高支持率のうちに先手を打ったとの見方は根強い。
自民優位か
衆院選は自民が優位に戦いを進める見通しだ。解散前は197議席(元自民所属議員を含む)だったが、党が最近実施した情勢調査によると260程度で単独過半数となる結果だった。そこまで伸びなくとも、34議席の維新が堅調な戦いをすれば、与党で過半数(233)を大きく上回る。
ただ、代償も少なくない。高市は就任以来、「強い経済」の構築を訴え、経済最優先の姿勢で臨んできた。2月の衆院選に伴い、26年度予算の成立が4月以降にずれ込むことは、ほぼ確実だ。暫定予算を編成すれば、国民生活への実際の影響は大きくないとみられるが、「本予算の年度内成立」は政権としての最低限の務めとされる。
衆院選で勝利し、過半数を上回ったとしても、参院の状況は変わらない。自民、維新の与党は参院で計120議席にとどまり、過半数(125)に5議席届かない。そこで連立拡大の相手として高市らが秋波を送ったのが国民民主党だった。
自民と国民民主は昨年12月、所得税の支払いが発生する「年収の壁」を160万円から178万円に引き上げることで合意した。国民民主の年来の主張を自民が受け入れ、見返りとして国民民主は25年度補正予算案に賛成した。代表の玉木雄一郎は26年度予算案の成立にも協力する意向を示していた。
高市は今月5日の年頭記者会見で、政治の安定のために「国民民主党をはじめとする野党の皆さまにも協力を呼びかける」と、わざわざ名指しで連携を呼び掛けた。自民幹事長の鈴木も翌6日の記者会見で「政治の安定を取り戻すために国民民主党のご協力をぜひいただきたい」と高市に続いた。鈴木は、さらに「(維新を含めた)3党連立という形になれば、政治の安定がしっかりと確立されることになるのではないか」と踏み込んだ。
自維国3党は憲法改正や安定的な皇位継承などの保守的な政策で共通点が多い。ただ、維国は互いにライバル視するところがあり、自民からは「維新の相手だけでも大変なのに、目立ちたがり屋の玉木が連立入りすれば、ますます調整がややこしくなる」との声も漏れる。
とはいえ、国民民主もやや行き詰まりの状況にある。躍進した昨年の参院選で掲げたガソリン暫定税率の廃止と年収の壁の引き上げの2本柱が高市政権の下で実現した。「もう独自色を打ち出す旗がないのではないか」(自民幹部)とささやかれ、次のステップとして連立入りが浮上したとの見方もある。
ところが突然の解散により、この蜜月関係は白紙になりつつある。玉木は13日の記者会見で、解散について「政局最優先と思わざるを得ない」と批判した。政権との信頼関係が揺らぐとして、26年度予算案への協力についても「流動的だ」と語った。
あくまで国民民主は野党であり、衆院選では自民と戦う。解散前は27議席だった国民民主は、予算を伴う法案を単独で提出できる51議席の獲得を目指すが、自民と競合する選挙区が複数ある。自民と維新の与党が衆院選で過半数を獲得したとしても、先述の通り与党は参院では過半数に届かない。衆院選後も結局は国民民主との距離が与党の課題になる。
ともに連合を支持母体とする立民代表の野田佳彦は国民民主との候補者調整を検討していた。だが、玉木は首肯せず、野田が窮余の策として手を組んだのが、昨年10月の高市政権発足とともに連立政権から離脱して野党となった公明党だった。
立民のラブコールは露骨だった。野田は12日、公明代表の斉藤鉄夫に呼びかけて会談し、衆院選に向け「より高いレベルでの連携」を検討することで一致した。これを受け13日付では、幹事長の安住淳の名前で「公明党・創価学会への対応について」と題した通達を各都道府県連に出した。
「先方」、すなわち公明本部の了解を得たとした上で、各都道府県本部の公明代表、国会議員に加え、「創価学会の責任者の方への面談を申し入れ、新年のご挨拶とともに、総選挙におけるご支援・ご協力を要請してください」との内容だった。公党が自らの支持母体でもない特定の宗教団体を名指しして選挙の支援を要請することは極めて珍しい。
窮余の立公新党
野田や安住は、公明が野党となった当初から「中道勢力の結集」を呼び掛け、対自民の軸とする考えを示していた。その集大成が、15日の野田・斉藤会談で合意した新党結成だった。
新党「中道改革連合」は比例代表で統一名簿を作成して臨み、公明は小選挙区から撤退。参院議員や地方議員はそれぞれ立民、公明のまま残る。自民の前職は「驚いたが、選挙目当ての野合だ。『希望の党』の二の舞になるのではないか」と楽観視する。
東京都知事の小池百合子が2017年9月、衆院選直前に結成した希望の党は、立民の前身の民進党議員らが参加して発足した。地域政党「都民ファーストの会」を率いて同年7月の東京都議選で圧勝した「小池ブーム」の勢いを駆っての国政進出だったが、反発した枝野幸男らが参加せずに立民を立ち上げ、希望の党は失速。同年10月の衆院選では選挙前の57から50議席に減らし、翌18年に解散した。希望の党発足時も参院議員を中心に民進党は存続していた。
新党・中道は、「非自民」を旗印に1994年に発足した新進党とも似ている。小沢一郎らの新生党、野田が所属していた日本新党、斉藤が所属していた公明などが参加して誕生したが、公明は参院議員や地方議員が在籍する政党「公明」を残していた。新進党は政権をとることなく97年に解散しており、中道を「ネオ新進党」と呼ぶ声もある。
公明は連立を含め、26年間に及んだ自民との協力関係を解消したとはいえ、地方レベルでは連携が続いている。約3カ月前まで「敵」だった立民と密接に連携できるまで浸透できるかは未知数だ。
一方、自民と維新の選挙協力も進みそうにない。解散検討報道時点で両党の候補者が競合する選挙区は60以上あった。維新代表の吉村は11日のNHK番組で、自民との選挙区の候補者調整について「する必要がないと思っている」と強調し、自民幹事長の鈴木も同様の発言をしている。連立政権を組む与党同士が衆院選で敵対する構図は自公政権ではあり得なかった。
維新の拠点である大阪では、前回衆院選で19選挙区すべてで維新が自公の候補に勝利した。維新幹部は「維新の候補がおらず、自民の現職がいる選挙区では結果的に候補者をすみ分けるかもしれないが、大阪は真正面から自民と戦う」と鼻息が荒い。
しかも維新代表の吉村は衆院選にあわせ、「都構想」の信を問うとして大阪府知事を辞職し、出直し知事選に臨んだ。維新副代表で大阪市長の横山英幸も辞職し、「大阪ダブル選」となった。維新創設者の橋下徹、松井一郎が「大義がない」と反対する中での異例の選挙だ。政界は何が起きても不思議ではなくなってきた。(敬称略)