サブスクリプションモデルのSaaS(Software as a Service)は顧客になるべく長く利用してもらい、LTV(Life Time Value)を高めることが重要となる。そのためには新規顧客の獲得と同程度、もしくはそれ以上に、既存顧客の解約率を低下させることが求められる。

初期費用が不要で手軽に導入できるSaaSは、新規顧客が契約したばかりの段階では大きな売上につながらず、長期的な利用によってようやく安定した収益が見込める。

一般的には、1~3%以下が目指すべき解約率(月次)の目安とされるSaaS業界だが、HENGEが提供するクラウドセキュリティサービス「HENNGE One」の解約率は、なんと0.33%だという(2025年9月期通期決算資料より)。

そこで今回は、同社の解約率の低さを実現しているカスタマーサクセスの取り組みについて、HENNGEでプロダクト戦略を担当している執行役員の今泉健氏と、製品企画を担当している齋藤奈彩氏に取材した。

  • HENNGE Product Planning & Research Division Product Management Section 齋藤奈彩氏、HENNGE 執行役員 Customer Success Division Product Planning & Research Division 今泉健氏

    (左から)HENNGE Product Planning & Research Division Product Management Section 齋藤奈彩氏、HENNGE 執行役員 Customer Success Division Product Planning & Research Division 今泉健氏

  • HENNGE Oneの月次解約率(2025年9月期通期決算資料)

    HENNGE Oneの月次解約率(2025年9月期通期決算資料)

オンライン / オフラインで情シス担当者の悩みを解決

MFA(多要素認証)やSSO(シングルサインオン)などの基盤として機能するHENNGE Oneは、セキュリティをはじめ日々の円滑なビジネスを支えるサービス。

今泉氏は同サービスの解約率の低さについて「HENNGE Oneの機能が増える中で、サービスの価値を享受してもらえない場面が増えてきたので、カスタマーサクセスに注力するようになった。0.3%という解約率は、企業のインフラを担うという商材の特性と、導入支援や導入後のフォローにより実現できた数値だと思う」と語る。

  • HENNGE 執行役員 Customer Success Division Product Planning & Research Division 今泉健氏

導入後フォローの中でも特徴的な取り組みが、5年ほど前から運営しているというユーザーコミュニティだ。主に企業のセキュリティやインフラを管理する情報システム部の担当者がコミュニティに加入している。

同社が運営するオンラインコミュニティ「chameleon(カメレオン)」では、HENNGE製品はもちろんのこと、Windows 10のサポート終了など多様な話題が広がっているという。

「『Mac端末でExcelの動作が重い』『社員の入退室の管理をどうしているか』など、chameleon内でメンバーがスレッドを作って自発的に交流している。HENNGE Oneユーザーという共通点があり、企業規模や悩みが似ている人たちが集まっているので相談しやすいのだろう」(今泉氏)

  • 「chameleon(カメレオン)」のスレッドの例

    「chameleon(カメレオン)」のスレッドの例

一般的には、コミュニティの運営は非常に難しい。特にオンライン上では、「コミュニティを作ったはいいものの、誰も発言せずに盛り上がらない」という課題が付いて回る。

HENNGEではこうした課題を解消するため、コミュニティの立ち上げ当初はHENNGE Oneだけでなく情報システム部の担当者が求めるさまざまな情報を提供した。まずはサービスよりも会社のファンになってもらい、相談できる場としての安心感を得てもらう戦略だ。

chameleonは企業の情報システム部の担当者が参加しているという特性から、コミュニティ内で発信して良い、開示できる情報と、そうではない情報の線引きが難しい。コミュニティ内の議論が盛り上がれば、「ここまでだったら当社も情報を出して大丈夫そうだな」とユーザーに思ってもらえるため、相乗効果でコメントが増えていくという。

また、オンライン上ではなかなか相談しにくい話題にも対応するため、同社はオフラインのクローズドなコミュニティイベントも運営している。オフラインのユーザー会には同社内のエンジニアなども参加し、交流を図っているとのことだ。

  • オフラインで実施したユーザー会

    オフラインで実施したユーザー会

ユーザーに開発ロードマップを開示しニーズを反映

HENNGE Oneの解約率の低さを支えているのは、コミュニティの存在だけではない。同社は製品の開発ロードマップを積極的に開示する方針であり、ユーザーは製品のコンソールからいつでも閲覧可能だ。

ロードマップはまだアイデア段階の機能から、具体的に開発が進んでいる機能まで、ステータスも含めて公開しているという。

齋藤氏は、「製品企画チームとして、開発の検討段階からお客様の要望をアクティブに反映して、お客様にしっかり届くサービスを作りたい。将来のビジョンを紹介してユーザーとコミュニケーションできる場が欲しい」と、取り組みの意図を語る。

  • HENNGE Product Planning & Research Division Product Management Section 齋藤奈彩氏

この取り組みを始めてから1~2年が経過したが、新機能の重要度(その機能をどの程度必要としているか)や、なぜその機能が必要なのかをコメントできる仕組みを導入したことで、ユーザーのニーズに対応したサービス開発に寄与しているそうだ。

例えば、大容量ファイル送受信サービス「HENNGE Secure Transfer」などの一部サービスにおいては、システム担当者だけでなく現場の担当者からの問い合わせを受け付けている。ここでは、「どの段階まで作業が完了しているのか、画面では分かりにくい」など、より具体的な悩みや困りごとが寄せられており、改善につながったという。

  • 「HENNGE Secure Transfer」のエンドユーザーからのフィードバック画面

    「HENNGE Secure Transfer」のエンドユーザーからのフィードバック画面

「B to Bのシステムは購買者や管理者とユーザーが異なるので、基本的には購買者の意見が多く取り入れられてしまう。当社ではプロダクト上でユーザーのサーベイを実施するなど、ユーザーの意見も統合して製品に反映させるよう工夫している」(今泉氏)

約0.3%と低い解約率を維持しているHENNG Oneだが、今泉氏は「現在はプロダクトごとにジャーニーマップを作成しているが、製品企画チームが考えている世界感にはまだ届いていない。カスタマーサクセスの取り組みを通じて、当社が思い描いているところまでお客様に伴走していきたい」と、展望を語っていた。

  • 今泉健氏と齋藤奈彩氏