旭化成はこれまでイノベーションともいえる製品やサービスを生み出してきたが、同社 デジタル共創本部 DX戦略推進センター DX人財組織デザイン部 企画グループ 高度専門職(デジタルイノベーション)の丸岡豊氏は、「それは人を育てるという組織文化によるもの」だと話す。
12月4日に開催された「TECH+フォーラム エンタープライズDay 2025 Dec. 先進企業の変革のフロンティア デジタル革新の結晶」に同氏が登壇。“人を育てる文化”を活かしながら旭化成が取り組んでいる全員参加型のデジタル人財育成について説明した。
人を育てる文化を基盤としたDXの推進
講演冒頭で丸岡氏は、旭化成がマテリアル領域を中心にヘルスケアや住宅など幅広く事業を展開していることを紹介し、過去のイノベーションとしてリチウムイオン電池の実用化への貢献と、電子コンパスの実用化の2つの事例を挙げた。同氏はこれらは異なる領域であるように思えるが共通点があるという。
「共通するのは、結局のところ人が大事ということです。弊社の文化には、人を育てることで新たなイノベーションや社会環境に適用したいという考え方があります」(丸岡氏)
DXについては10年ほど前から取り組んでいるが、そこでも人財育成を重視してきた。初期には、役員が合宿するなどして2030年に向けたビジョンを策定。デジタルの知識が当たり前になり、実際に行動できるデジタルのプロと呼べるような人財が増えた状態を目標とした。そして立ち上げたデジタル共創本部では、目指す姿をモデル図に描くなどして社内の認知を広げる活動を行うとともに、中期経営計画にDXや人財のトランスフォーメーションも含めるよう働きかけ、経営層も巻き込んで変革を推進したそうだ。
オープンバッジ制度で育成プログラムへの全員参加を呼び掛け
DX人財の育成において中心となるのは、DXのスキルを5段階の学習レベルとして定義した「オープンバッジ認定制度」だ。レベル1からレベル3はeラーニングで、自己研鑽を旨としているため強制はしていない。一般的なeラーニングでは難しすぎるという現場の意見を反映し、レベル1は初心者でも理解できるよう、15分程度の簡単なものとしている。一方、専門人財を育てるレベル4と5は上司の承認を受けて受講するもので、ここからDXテーマの実践やコミュニティ活動などにつなげる役目を狙っている。
レベルだけではなくコース、つまり学べるスキルの種類も徐々に増やしており、現在ではIT入門から機械学習、業務プロセス改善、データ分析など多数が用意される。ほとんどのコースは現場に密着したかたちにするため内製だ。また、同社では素材分析でマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を活用するなど、デジタルは以前から活用されていた。そのため、MIの中・上級人財やパワーユーザー、ITフィールド/デジタルイノベーション領域の高度専門職を育成する仕組みがすでにあり、これがオープンバッジ認定制度の基盤となっている。現在も引き続き、この制度で会社をけん引するようなデジタルプロ人財を育成している。
DXに注力する当初からのスローガンは“全員参加、現場主導、共創”だったが、これは人財育成においても柱となっており、各コースの内容にも反映されている。例えばレベル4で、現場の実際のテーマを活用したOJTが中心だ。データ分析による工場の効率化をテーマとするコースを現場メンバーが受講する場合は、データの専門家だけでなく生産技術のプロが伴走して実際の経験を支援する。デザイン思考のような新たな技術を取り込むテーマの場合は、社内に専門家がいなかったためパートナー企業に頼ったが、丸投げするのではなく、共同のプロジェクトをつくって専門人財を育て、次はその人財が社内教育を担当することにした。
「現場メンバーと共に学べるようにしたことで、スケールアップ時には社内を理解するメンバーが他の社員に教える、そんなエコシステムができつつあります」(丸岡氏)
経営層と現場の意識改革
だが、こうした研修や仕組みを整えるだけで人が育つわけではない。そこで注力したのが意識改革だ。まず社長がレベル3のコースを受講、それについてブログや動画で発信することで、多くの社員に“自分も受講しなければ”という意識を植え付けた。ベストセラー書籍の著者を招いたセミナーも定期的に開催したが、これには、技術的な話を直接聞いたり、つながりをつくったりする狙いもあったそうだ。また、実際に触ってみようという興味を持たせるため、技術的なノウハウを学ぶ個別セミナーも実施した。
工場などでは1人1台ずつPCを配布できないため、全員がeラーニングを受講するのは難しい。そこで操業停止時などに集合研修を実施し、動画視聴と簡易テストで受講完了とするよう柔軟なシステムも導入した。さらに全社員が閲覧可能なダッシュボードをつくり、すでに多くの人数がレベル3を受講しているといった状況を示すことで、より多くの社員の受講意欲を刺激するようにした。
経営層の意識改革にも取り組んだ。CEOマイルストーンとして定期的に社長がテーマを把握して一緒に進捗を確認する仕組みを整え、DX組織と事業部の役員が月次で情報交換するリレーションシップマネージャー制度を立ち上げるなど、“変わろう”というマインドセットの醸成に努めた。一方、現場については、外部からの評価が意識改革につながることもあったそうだ。旭化成は2021年から5年連続でDX銘柄に選ばれたが、こうした評価が同社の変わろうとしている姿勢を社内にも強く印象付けることになったと丸岡氏は言う。
このほかに、社内向けアプリで身近な事例を共有できるようにするなど、コミュニティ化も進めた。その結果、例えば実際に触れる環境を整えたMIのコミュニティやAIコミュニティには、相当数が集まるようになった。
「いろいろなことを現場とともに少しずつ育ててきたというのがこれまでの歩みです」(丸岡氏)
DXの成果と今後の展望
現在デジタルプロ人財は2500人を超え、コミュニティには累計で約5000人が参加、ここからすでに成果も上がっている。例えば音を利用してボルトが正しく締結されているかどうかを自動判定するシステムの工程を大幅短縮したり、新素材の開発に2年以上かかっていたものを3か月に短縮したりといった事例がある。住宅領域では、災害時に自宅を点検でき、避難すべきかどうかを簡易的に評価できる「HEBELHAUSトータルレジリエンス2.0」のように、デザイン思考とアジャイル開発を活用した取り組みも実現している。
人口減少の局面において、デジタルで省人化を図ることが昨今のブームのようになっているが、日本のデジタル競争ランキングは67か国中31位、デジタルスキルでは最下位というのが国際的な評価だ。丸岡氏は「これは由々しき事態であり、日本の課題」だと話す。そこで同社は工業高校や同じ志を持つ企業と情報交換を行っているそうだ。また同社のデジタルプロ人財育成のためのレベル4講座を一部公開して、社外からの参加者と一緒に学び、同時に外部からその質を評価してもらったり、現場実践を実現する教育プログラムの開発ノウハウを人間中心設計推進機構(HCD-Net)の研究会で発表したりと、外部との連携も進めている。
「人財育成は共通の課題であるため、皆さまと一緒に考え、日本社会の明日をつくっていきたいと考えています」(丸岡氏)
最後の質疑応答で丸岡氏は、オープンバッジ制度について「DX人財の練度を高めるインセンティブは何か」という質問に対し、「レベルに応じて給料や待遇が変わるわけではないが、レベル4以上になると専門技術を学ぶことで成果につながることを期待して受講する社員が多い」と回答した。


