これまでのコンピュータと全く違う考え方で計算を行う「量子コンピュータ」が注目を集めている。現在はIT大手など各社が開発を進めている段階で、順調にいけば完成するのは2050年頃といわれる。量子コンピュータが実現すれば、社会に大きなインパクトを与えることは間違いないだろう。

12月2日に開催された「TECH+フォーラム クラウドインフラDay 2025 Dec. AI時代のITインフラ最適化戦略~2026年に向けた現実解と未来像~」に大阪大学 量子情報・量子生命研究センター 特任研究員の森俊夫氏が登壇。「量子コンピュータ・クラウドシステムの最前線~研究現場からの実践知~」と題し、量子コンピュータの仕組みから取り組みの現状について語った。

今までのコンピュータと何が違う? 量子コンピュータの仕組み

森氏はフリーランスでAI系の翻訳サービスの設計開発運用に携わった後、現在は大阪大学量子情報・量子生命研究センターに所属している。2023年には国産の量子コンピュータにおけるクラウド開発に関わり、理化学研究所(以下、理研)、産業技術総合研究所(以下、産総研)、情報通信研究機構(以下、NICT)、大阪大学、富士通、NTTの共同研究グループで活動。量子回路シミュレーターや量子機械学習のライブラリ開発を担当するほか、とくに最近は量子制御に注力しているという。

同氏はまず、量子コンピュータの基本概念について語った。

量子コンピュータと従来のコンピュータ(ここでは古典コンピュータと呼ぶ)の違いは、情報の扱い方だ。古典コンピュータではビット(情報)を「0」と「1」の“いずれか”の状態で保持するが、量子コンピュータは「0」と「1」を重ね合わせて“同時に”表現できる。

仮に3ビットで考えてみよう。3ビットは「0か1」が3つある状態なので、表現できるのは「000、001、010、011、100、101、110、111」の8つとなる。古典コンピュータでは「0」か「1」のいずれかの状態しか表せないため、1回の計算で表現できるのは8つのうちのどれか一つだけ。一方、量子コンピュータではこれら8つの状態を同時に表せるので、1回の計算で8つ全てを表現できるというわけだ。

  • 古典ビットと量子ビットの違い

    古典ビットと量子ビットの違い

ただし、これはあくまで量子というミクロの世界での状態である。この情報をマクロ、つまり人間の世界に持ってくるには「観測」という行為が必要になる。

「量子の世界では重ね合わせでさまざまな組み合わせを同時に持てるのですが、最終的には観測を行ってその中の一つに決めなければいけません」(森氏)

さらに森氏は「量子もつれ」についても解説を行った。

量子もつれとは複数の量子ビット間で相互作用をつくり、一方の量子ビットの状態を測定することでもう一歩の状態も決定するという不思議な特性のことを指す。

例えば50%ずつの確率で「0」と「1」になる量子ビットが2つあり、それらを相互作用させて量子もつれをつくる。ここで片方を測定し、「0」になったなら、自動的にもう片方は「1」に決定するわけだ。この量子もつれにより、量子コンピュータは古典コンピュータを大きく凌駕する計算能力を得られるのである。

2050年頃の量子コンピュータ完成を目指す各社の取り組み

量子コンピュータには「NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)」と「FTQC(Fault-Tolerant Quantum Computer)」の2種類がある。NISQは小中規模でノイズ(エラー)を含むため、簡単な計算しかできない。一方のFTQCはエラー訂正によりノイズを消すことが可能で複雑な計算にも対応可能だ。

このFTQCの実現には10の6乗以上の量子ビットが必要で、順調に進んだとしても完成は2050年頃になるといわれている。

「さすがに2050年は先の話になるので、まずは2030年前後にアーリーFTQCと呼ばれる簡易版を出そうという目標が設定されています」(森氏)

日本でも量子コンピュータの研究は進んでいる。2023年3月には理研による国産超電導量子コンピュータの初号機「叡(えい)」が公開され、同年10月には富士通による2号機が、12月には大阪大学による3号機が公開。さらに2025年4月には富士通が256量子ビットの超電導量子コンピュータを公開し、7月には大阪大学が希釈冷凍機などを含めた全部品が国産の「純国産量子コンピュータ」(144量子ビット)を公開するなど、着々とFGQCの実現に向かっているのだ。

こうした研究の成果が認められ、2024年4月には理研、産総研、NICT、大阪大学、富士通、NTTの共同研究グループが日本産業技術大賞内閣総理大臣賞を受賞している。

高性能なコンピュータといえば、理研の開発したスーパーコンピュータ「富岳」を連想する人も多いだろう。実はこの富岳と量子コンピュータとの接続実験も行われており、それぞれが得意とする計算を補完して連携させるハイブリッドプラットフォーム基盤の構築にも取り組んでいるとのことだ。

また、量子セキュアクラウドと国産量子コンピュータを接続する実証実験も実施しており、セキュア環境で量子コンピュータが使えるようになったという。

大阪・関西万博でも量子コンピュータに関する展示が1週間限定で行われた。「エンタングル・モーメント」と題して、レゴでつくった量子コンピュータの模型を展示したほか、来場者がタブレットを使って大阪大学にある量子コンピュータの実機をリアルタイムで操作できるイベントも実施した。この試みは多くのメディアでも紹介されるなど、大きな反響を呼んだそうだ。

量子コンピュータの基本ソフトウェア「OQTOPUS」とは

森氏が次に紹介したのは、2025年3月に大阪大学を中心に富士通、セック、TISが共同で開発した量子コンピュータの基本ソフトウェア「OQTOPUS(オクトパス)」だ。OQTOPUSの名称は大阪大学のスーパーコンピュータ「OCTOPUS」へのリスペクトを込めて、CをQに変えたものだという。

OQTOPUSのシステム構成はフロントエンド、クラウド、バックエンドの3階層に分かれている。フロントエンド層はユーザーがPythonのライブラリを使ってプログラミングする層であり、QunaSysという大阪大学発のスタートアップ企業がつくったオープンソースライブラリ「QURI Parts」を使用している。またクラウド層はAWS上で管理されており、バックエンド層は実験室に置かれたサーバや制御装置で実行されるコンポーネント群となっている。

  • OQTOPUSのシステム構成

    OQTOPUSのシステム構成

フロントエンド層でプログラミングした結果は、「OpenQASM 3」という共通量子プログラム定義に変換されクラウド層に送信する。バックエンド層の実験室にはスケジューリングを行うサーバが「OQTOPUS Engine」にあり、数秒ごとにクラウド層にアクセスしてジョブを取得、ジョブは基本的に一つずつ取得・実行され、先入れ先出し(FIFO)方式で処理されるという流れだ。

また、「トランスパイラ」という機能もある。主な役割は3つ。ユーザーが実装した量子回路のゲートを量子デバイスがサポートする「ネイティブゲート」に変換する機能、量子プログラムの量子ビットを量子デバイスの量子ビットにマッピングする機能、そして短い量子回路への変換(最適化)である。

こうしてネイティブゲートに変換されたプログラムは、マイクロ波のパルス波形に変換され、それを量子チップに送受信することで計算処理が行われるのだ。

なお、その際には希釈冷凍機と呼ばれる装置で絶対零度近くの10ミリケルビンまで冷やすことによりノイズを防ぎ、その状態で同軸ケーブルを通してマイクロ波を当てるという。

キャリブレーションの自動化と課題

量子チップが完成してもすぐに使えるわけではない。量子コンピュータの制御は、「ネイティブゲート」と呼ばれるパルス波形をマイクロ波として当てて行う。そのネイティブゲートは量子ビットの設計値に応じて量子ビット毎に作成する必要があり、その作業を「キャリブレーション」と呼ぶ。

具体的には、照射するマイクロ波の周波数や強度、パルス長などを複数の実験を組み合わせてつくっていく。例えば64量子ビットチップなら、64個の量子ビットと112個のエッジ(隣接する量子ビット間の接続)それぞれにキャリブレーションが必要となるため、非常に手間のかかる作業だ。

「従来は人力でキャリブレーションを行っていましたが、将来的に量子ビット数が増えていくと対応できなくなります。そこで『QDash』というソフトウェアを開発し、自動的にキャリブレーションできるようにしています」(森氏)

実際にはハードウェアのエラーや室温変化、停電、配線ミス、ソフトウェアのバグなどさまざまな原因でキャリブレーションが失敗することもあるため、現状では完全自動化は難しい。今後はAIも活用しながらさらなる自動化を進めていく予定だという。

発展途上の量子コンピュータ技術、大阪大学では勉強会も開催

現在の量子コンピュータはまだまだ発展途上。量子コンピュータ自体の成長にあわせて、運用のシステム化も必要になっていく。とくにキャリブレーション等の属人性を排除して、量子ビットのスケールに対応することが求められる。

大阪大学では量子ソフトウェア勉強会を講義・ハンズオンとグループワーク形式で開催しているそうだ。量子ソフトウェア分野の研究開発に携わっている人はもちろん、量子技術分野のビジネス動向に関心のある人もぜひ参加してみてはいかがだろうか。