AI時代とも呼ばれる昨今、AIを活用した変革を目指すAX(AIトランスフォーメーション)にも注目が集まっている。パロアルトインサイト CEOでAIビジネスデザイナーの石角友愛氏は、「AI時代には“AIビジネスデザイン”の考え方が重要になる」と話す。AIビジネスデザインとは、技術だけにフォーカスするのではなく、ビジネスにおいて何をする必要があり、なぜそれをするのかという上流工程から一貫してビジネス全体をデザインしていくアプローチのことだ。
10月15日~17日に開催された「TECH+セミナー AIビジネス実装Days 2025 Oct. AIをブームで終わらせず、継続的なパートナーにするために」に同氏が登壇。AIビジネスデザイナーの立場から、DX、AXを推進するために考えるべきことについて説明した。
ビジネスアーキテクトの育成が急務
講演冒頭で石角氏は、IPAが発表した「DX動向2025」の内容を紹介した。まずDXの取り組みにおける成果の創出については、米国ではおよそ9割の企業で成果が上がっているが、日本では6割弱と前年より減少し、日米の差が開いた。また日本での生成AIの導入率は22.6%で、40%以上が予定なしだ。同氏は、「生成AIは早く使いこなせるようになるべきで、様子を見ていることによる機会損失は大きい」と指摘した。
DXが進まない最大の要因とは人材の不足だ。とくに日本企業で不足しているのが、石角氏が「AIビジネスデザイナー」と呼ぶ、取り組みの初期段階から導入、検証までを担うビジネスアーキテクトだ。ビジネスアーキテクトは生成AIによって代替できないため、今後も需要の増加が見込まれる。つまり日本企業がDXを進めるためには、ビジネスアーキテクトの育成が急務なのだ。
DXとAXの第一歩は企業のコアの再定義
石角氏によれば、アメリカではDXは第四次産業革命そのものを指し、クラウド、ビッグデータ、IoT、AIなどが融合することによるネットワーク効果やそれによる成長を意味するという。つまりDXやAXで目指すべきは、ツールを導入して局所的に何かができるようにすることではなく、恒久的にイノベーションを起こし続けられるような状態になることなのだ。
そこでポイントになるのが、企業のコアを再定義しデジタル化することである。生成AI全盛期の今から、企業のコアとなるものがデジタルでどのように変わっていくのかを考え、再定義するのだ。例えば自動車メーカーなら現在のコアは自動車の製造だが、モビリティ革命が起きれば、人や物の移動がコアになる可能性もある。
「企業のコアを再定義することが、DXとその先にあるAXの第一歩になります」(石角氏)
コアを見極めてAXを成功させたのがモデルナだ。同社はコアである薬の開発でDXを行い、クラウドやAIによって85%を内製化する一方で、ノンコア領域については外部ツールを用いて効率化を図った。見極めたコアに対してDX、AXに注力したことが成功のカギとなった好例だ。
DXとAXに立ちはだかる3つの壁
石角氏は、DXとその先にあるAXの実現には「FOMOの壁」「PoCの壁」、そして「イントレプレナーの壁」という、越えなければならない3つの壁があると指摘する。
まず初期段階に立ちはだかるのがFOMO(Fear Of Missing Out、取り残されることへの恐れ)の壁だ。周囲にならってDXをしなければならないと焦るばかりで、課題把握能力が低く何をすべきかが整理できないため実行に結び付きづらい。
PoCの壁は、実行力はあっても課題把握能力が低いため、PoCを繰り返すだけで事業化に結び付けられない。
そして実行力が不足していると、課題選定はできても人材やリソースがないため何をすべきかが分からないというイントレプレナーの壁が立ちはだかる。この中でも深刻なのがイントレプレナーの壁だ。エンジニアやデータサイエンティスト、AIビジネスデザイナーといった人材がいないと、DXやAXを事業部と連携できず、その結果事業化することが難しくなるのだ。
イントレプレナーの壁をパロアルトインサイトの支援で乗り越えた企業の1つが、ホリプロだ。ホリプロでは、SNSの投稿コメントをどう解釈し、どんなアクションにつなげるかを課題としていた。そこでまず少数の主力タレントに絞ってSNS上のコメントを集め、それを基にしたAIモデルをつくった。これによりコメントを分類し、各タレントの好感度の可視化、視聴者の反応の把握ができるようになった。イントレプレナーの壁を超えるにはリソースを集める必要があるが、小さな実証実験によってデータを積み重ねることでその重要性が周囲に伝わり、結果として人材を集めることにつながったという。
AXの成功事例
講演では、AXの成功事例も紹介された。その1つが不二家だ。同社には菓子の製造を行う菓子事業と、ケーキショップを運営する洋菓子事業がある。以前は、売上の7割を占める菓子事業は黒字で、2割を占める洋菓子事業は赤字だった。通常、変革を行う際には黒字部門を対象に選びがちだが、同社では赤字の洋菓子部門にAI導入を決めた。洋菓子の新商品についてAIで出荷量を予測することで、生産コストや廃棄ロスを抑え、黒字化を実現した。ここでのポイントは、社内のどこからAXに取り組むかを考えるのが重要だということだ。短期間で成果が上げられる小さな部門、社内の多くが興味を持つような部門から取り組むことが重要であり、不二家の事例では、少しの改善でも大きな効果を発揮する赤字部門から取り組んだことが成功につながった。
リンガーハットはコロナ禍で従来の需要予測モデルが機能しなくなったため、緊急時における需要の多様な変化をAIで予測するモデルを導入した。ここでのポイントは、需要予測という意思決定の上流工程から取り組んだことだ。需要予測が正しければ発注量や店舗で必要な従業員数、従業員のシフトまで正確に予測することができる。したがって、意思決定の流れとデータの流れをトップダウンで把握して、上流工程から進めていくことが重要なのだ。
リンガーハットでは需要予測と同時にAI搭載のシフト管理アプリも導入した。このとき、事業部のオペレーションをよく知る人材をDX部署に起用したことで、10カ月という短期間で490店舗への展開を成功させた。さらに、現場への説明会の開催や、現場の意見を集約するシステムのリリースなど、現場と密に連携できる仕組みをつくった。これらにより、スムーズな導入と定着が可能になったそうだ。
「AIの導入と定着のためには、現場の声が届くという実感を持ってもらうことが大事になります。風通しを良くした現場中心のAI導入という体制づくりが重要なのです」(石角氏)
AIエージェントの未来とは
最後に石角氏は、AIエージェントの今後の展望について語った。AIエージェントは、決められた手順を自動化するRPAとは異なり、状況認識、意思決定、行動の実行までを自律的に行うもので、すでに活用されている事例もある。例えばユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)では、配送のリスク管理とオペレーション判断を融合したAIエージェントが、盗難や誤配の確率を予測したうえで複数の代替アクションを提示する。アメリカン航空では、AIエージェントが遅延便に対して何分待てば接続客を搭乗させつつ定時性を維持できるかを予測し、何分まで待つ、待たないなど複数の案を提示する。どちらも最終的な意思決定は人間が行うが、そこに至るまでの複雑な工程はAIが肩代わりしている。
AIの普及は雇用にも影響を与えている。スタンフォード大学が発表した論文によると、生成AI登場後には、ITと無関係な職種を含めて22歳~25歳のエントリーレベルの従業員数が2割減少、ソフトウェアエンジニアに関しては26歳~30歳でも急減している。その一方で、30歳以上は増加し続けているという。これらの結果は、エントリーレベルのような自動化できる業務はAIに代替されるが、単純にAIで代替できない中間管理職などは需要が伸びていることを示している。
さらにAIの導入が進む未来においては、ビジネス課題を理解し、AIを使いこなしてどう解決するかをデザインできる人材、つまりAIビジネスデザイナーが価値を持つことになる。経営判断においても、AIを活用した新しい意思決定の仕組みをつくる必要があるだろう。
「AIを使いながら、人間がどのように意思決定していくのかを考え、新しい仕事の仕方をつくっていくことが企業にも求められています。その中で、まず現実的な第一歩は、AIを使いこなせる人になることです。他の人が使えないような面白い使い方ができるということが、AIエージェント時代に大事になるのです」(石角氏)

