生成AIが登場して約3年。企業での導入も進んでいるが、必ずしも大きな成果に結び付けられているとは限らない。では生成AIの導入や活用の拡大を阻むものは何か。AIコンサルタントのマスクド・アナライズ氏は、それが「組織に存在する3つの壁」だと指摘する。
10月15日~17日に開催された「TECH+セミナー AIビジネス実装Days 2025 Oct. AIをブームで終わらせず、継続的なパートナーにするために」に同氏が登壇。プロ野球界で三冠王を3回獲得した落合博満氏の例も交えながら、「3」をキーワードに“オレ流”で壁を乗り越える方法について語った。
生成AIにおける3つの段階での問題点
講演冒頭でマスクド・アナライズ氏は、生成AI導入の失敗には共通するパターンがあると話し、計画、開発、導入の3つの各段階における問題点を指摘した。まず計画段階では、意思決定ができない、費用対効果にこだわりすぎる、目的が決まらない、リスクを強調しすぎるといった理由で失敗する。また開発段階では、予算やスケジュールの超過、その他精度や安全性の低さなどの問題で導入が難しくなる。導入段階でも、誰にも使われない、成果が出ないなどの理由で利用が拡大しないままになってしまうのだ。
その背景には、役職や立場ごとの考え方の違いがある。実際に使用する現場では、自分事と捉えず、生成AIの導入がリストラにつながるという不安もあるため否定的になる。利用を推進する立場の情報システム部門は、権限や人材、予算が不十分であれば進められない。その一方で経営者は導入を急ぐものの、コスト削減ばかり優先したり、生成AIを含むIT知識が不足して適切な施策を実行できないこともある。
同氏はこれらの失敗の原因は3つあると話す。本来やりたかったことに対して選んだ手段が間違っていたこと、目的がずれてしまっていたこと、そして組織内での意思統一ができていなかったことだ。
「最新の技術が最高の選択肢であるという誤解があったのです。最新のものを使えばいいと考えると、生成AIの導入に失敗することになります」(マスクド・アナライズ氏)
組織にある3つの壁とは
現在の生成AIブームにおいてマスクド・アナライズ氏が問題としているのは、組織の中にある3つの壁だ。それは、部門の壁、リテラシーの壁、そして前例踏襲の壁である。部門の壁とは、本来連携すべきである社内の各部門間で、業務やノウハウ、データ、予算などを堅持してしまうこと。そうなると、利用すべき情報が生成AIで利用できなくなる。リテラシーの壁は、生成AIのユーザーそれぞれの知識や意識の違いを指す。これによって、理解度や使用頻度に差が生まれ、認識のずれても生じる。そして前例踏襲の壁は、従来の手法を引き継ぐことにこだわり、生成AIも含めた変化を受け入れなくなることだ。
3回の三冠王、落合博満氏に学んで壁を乗り越える
こうした壁を乗り越えるために何をすればよいか。マスクド・アナライズ氏が見習うべきとして挙げたのは、プロ野球で3回も三冠王を獲得した落合博満氏だ。生成AIと落合博満氏、突飛に思える組み合わせだが、組織の中で、野球なら選手や監督、企業なら管理職や担当者といった異なる立場の人たちが、成果を目指して戦うための組織運営を行うという意味で、共通点がある。
例えば落合氏は試合において状況に応じた打ち分けを行い、場合によっては相手投手の決め球を狙い撃つことでメンタル面から敵を攻略した。これはつまり、目的を明確にし、最適な手段を状況に応じて選択したということだ。企業であれば、業種や社内での地位によってすべきこと、選ぶべき手段は異なるため、最適なものは何かを考えて選ぶことが重要なのだ。
また落合氏は、結果を出すために常に練習を怠らず、いつも野球のことを考えていたと言われている。それが勝利という結果を出し、高年俸という評価につながった。これは、技能習得に対する意欲が低いという問題解決のヒントになる。生成AIを学べば評価が上がる、残業が減る、報酬が上がるといったメリットを明示することで、生成AIに対する意欲を高めるべきなのだ。
監督やGM(ゼネラルマネジャー)を務めたときの落合氏は、資金を投じて他球団から有力選手を獲得することに否定的で、それよりも現存選手の能力の底上げを重視し、徹底的に練習を積み重ねて常勝軍団に育て上げた。企業の生成AIもこれと同じで、外部から専門家を招聘するより、現在の人材をいかに教育して成果に結びつけるかを考えることが重要である。
また、落合氏が解雇やトレードをせず能力を公正に評価することを宣言して選手の意思統一を実現したように、生成AIの導入による現場のデメリットがないことを伝えて不安を払拭し、安心して活用できる環境をつくることも必要だ。さらに、落合氏はプロとしてあるまじき怠慢プレイは厳しく処分したという。生成AIの場合、自分には関係がない、使いたくないといったやる気のない態度に対しては、組織として厳しく接することも考えなければならない。
つまり生成AIを推進するうえで重要なのは、結果を最優先と考えて最適な手段を選択し、必要なことを全て実行したうえで、例外なく評価と処分を行い、批判されることを恐れずに厳しい態度で臨むことだ。もちろん、導入推進チームを周囲の批判から保護する仕組みを上層部がつくっておくことも欠かせない。
成功事例は「オレ流」にアレンジ
生成AIの導入に成功した事例ももちろんある。例えばメルカリは外部から生成AI推進担当者を招聘し、定期的に勉強会を開催するなどして、社員の生成AI活用率95パーセント、エンジニア1人当たりの開発量は前年比64パーセント増という成果を上げた。またパナソニックはグループ全体の意思統一のためにCIOが中心となって取り組んだ結果、デスクワークや設計開発で実績を上げ、今後は工場や設備などに拡大予定だ。北海道庁は1万6000人の全職員が生成AIを活用できるようにしているが、札幌市や上川町など道内の各自治体でも自発的に取り組みが進んでいるという。クマの出没や積雪など、各自治体が抱える課題に対してそれぞれが独自に生成AIを活用しているという特徴があるとマスクド・アナライズ氏は語った。
こうした事例を考えるうえで重要なのは、落合氏の代名詞である「オレ流」だ。他社の成功事例を模倣しても、自社にはそのまま当てはまらないことも多い。成功事例の情報を集めるだけでなく、成功した理由を見極めて、自社の課題に適応するにはどうすればよいか、そのためにどんな準備が必要かをしっかりと検討しなければならない。
「他社の成功事例を模倣するのではなく、業種や立場、業務に合わせてアレンジした“オレ流”の生成AIで壁を越えていただきたいのです」(マスクド・アナライズ氏)
3つの壁を乗り越えるために
最後にマスクド・アナライズ氏は、これらのことを踏まえたうえで、前述の3つの壁を乗り越えるために必要なことについて改めて説明した。まず部門の壁を乗り越えるには、業務改善や技能継承といった短期的、中長期的メリットを示し、理解を得ることが必要だ。そのためには社内営業を繰り返し行って信頼を得ることが重要になる。
リテラシーの壁に対して有効なのは、やはり教育だ。勉強会や体験会で利用のきっかけをつくり、生成AIの必要性を明示しながら不安を払拭するとともに、生成AIを利用することで成果が上がれば評価につながるなど、利用の意欲を高める制度も整備しておきたい。
前例踏襲の壁については、既存の方法では限界があることを示して意識の変革を促す必要があるが、トップダウンで指示を出し、導入推進チームの後ろ盾になるなど、経営陣自らが動かなければならない。
「会社、部門、役職、業務などによって必要なことは変わってきます。その中でどうすべきかを考え、“オレ流”で生成AIを展開していきましょう」(マスクド・アナライズ氏)

