Google Cloudは10月23日、「金融サミット‘25」を開催した。同イベントは金融業界やBaaS(Bank as a Service)事業者に向けて、国内外の金融機関における、生成AI活用事例、デジタル改革成功事例など、Google Cloudの金融向けソリューションが共有された。本稿では基調講演で語られた三菱UFJ銀行における導入事例を紹介する。

リテールビジネスの課題と成功要因

冒頭、三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部 執行役員 部長の山下邦裕氏は、金融機関を取り巻く状況について「“金利のある世界”が到来し、資産運用への意識が高まるとともに、デジタル化によるニーズが多様化している。NISA口座開設数が2560万口座、キャッシュレス決済比率は42.8%に達する」との認識を示した。

  • 三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部 執行役員 部長の山下邦裕氏

    三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部 執行役員 部長の山下邦裕氏

リテールビジネスの特徴として(1)商品・サービスの変化スピードが速い、(2)Winners takes all(勝者総取り)の傾向、(3)収益化まで時間を要するの3点を挙げている。

山下氏は「このような環境における成功要因として、特に当社が重要視していたことは高速な意思決定・PDCA体制、柔軟なサービス開発体制・基盤、中長期目線のコミットメントだ」と語る。リテールでは10年以上取引する顧客からの収益が約8割を占めており、若年時に顧客を獲得して不稼働化させずに中長期的に取引を拡大させていくことが重要だという。

金融サービス「エムット」の概要

こうした状況をふまえ、同行は今年6月に銀行口座、クレジットカード、証券などのMUFGグループの金融サービスを1つのアプリでまとめて管理できる新しい総合金融サービス「エムット」を発表。「つかう」「ためる」「ふやす」「つなぐ」の4領域を網羅している。

  • 「エムット」の概要

    「エムット」の概要

同氏は「お客さまには人生でさまざまなライフステージの変化があることから、ライフステージごとに当社が責任を持って中核となるコアな金融機能を提供する。連携をスムーズにしていくことで、便利かつ利得を感じてもらえるものとして、ライフステージ総合金融サービスと位置付けている」と説く。

エムットは預金・運用・ローン、資産運用、カード・QR決済、ローン・信販、遺言・相続、不動産といったMUFGグループが抱える延べ6000万人の顧客基盤に加え、クラウド・AIやBaaSなどは社外の企業と連携して支えられている。コアとなる金融機能をグループ内に保有し、マネタイズポイントの多様化と迅速な意思決定を可能にしている。

  • 「エムット」を支える企業群

    「エムット」を支える企業群

6月の提供開始以降、2025年9月の口座開設数は前年9月比で約1.2倍、カード発券数は同2倍にそれぞれ拡大し、順調なスタートを切っているようだ。また、来年度にはグループ共通ポイント、ステージ制にもとづくグループとしてのロイヤリティプログラムを提供していく考えを示している。

同氏は「銀行、証券、カードとコアな金融機能を連携させることで、より良い世界を目指す。使えば使うほど便利でお得であり、中長期で資産形成していくためには当社のサービスに関与してもらうことがお客さまのためにもなる。そのカギの1つとして取り組んでいるものが新しいデジタルバンクの設立だ」と説明した。

  • 「エムット」は銀行、証券、カードとコアな金融機能を連携させる

    「エムット」は銀行、証券、カードとコアな金融機能を連携させる

同行では、顧客ニーズの調査を進めながら、デジタルバンクと従来の銀行サービスをどのように差異化していくのかを日々議論しているという。

山下氏は「基本的には、デジタルバンクのためデジタル完結の銀行になる。しかし、資産運用・形成に関するアンケートでは年代に関係なく3割~4割弱の方が検討プロセスの中でプロのアドバイスが欲しいと考えている。そのため、デジタルバンクだけを利用する方でも必要な時には店舗やリモートで相談することが可能にしていく。いいとこ取りの体験をしてもらいたい。デジタルバンクそのものとしても使わない理由がないほど、魅力的な手数料や金利体系を提供していく」と話す。

デジタルバンク構築に向けたGoogle Cloud採用の理由

2026年度中のデジタルバンクの開業に向けて、三菱UFJ銀行が重要視しているものが「勘定系システムのフルクラウド開発」だ。そこで、同行ではシンプルでありながら強固で変化に対応でき、技術力と信頼性を併せ持つクラウド基盤としてGoogle Cloudの採用を決めた。

山下氏は「金融機関のため高い信頼性と堅牢性が求められ、将来の成長に向けたスケーラビリティも確保しなければならない。また、東京リージョンと大阪リージョンによる東西両現用構成が可能など、高可用性とデータの一貫性を評価した。ミッションクリティカルな事業の根幹を支える『Spanner』の技術が導入に際する大きな決め手の1つとなった」と力を込める。

  • 三菱UFJ銀行ではGoogle CloudのSpannerが導入の大きな決め手になったという

    三菱UFJ銀行ではGoogle CloudのSpannerが導入の大きな決め手になったという

Spannerは、Google Cloudが提供するフルマネージドの分散型リレーショナルデータベースサービス。リレーショナル構造で水平スケーリングを可能とし、高可用性でスケーラブルなアーキテクチャであり、SQL互換といった特徴を持つ。

また、同氏は開発スピードが向上できるコンテナ技術を備え、膨大なデータからニーズを先読みするAIと機械学習を有している点をGoogle Cloudの強みとして評価し、採用した理由に挙げている。

今後の展望

こうしたプラットフォーム上でグループ会社のウェルスナビと共同で金融アドバイザリーサービスとして「Money Advisory Platform(MAP)」の開発に取り組んでいる。同氏は「グループ内6000万人のデータと、5月に買収したマネーツリーの650万人の個人ユーザーをもとにAI機能を実装し、パーソナライズされた提案を行う」と話す。

  • 「Money Advisory Platform(MAP)」の概要

    「Money Advisory Platform(MAP)」の概要

また、山下氏は「デジタルバンクの開発は順調に進んでいる。デジタルバンクにおける信頼性や堅牢性、拡張性などを満たす勘定系システムをGoogle Cloud上で構築するにあたり、システムの設計・開発の専門家、クラウド技術に知見を持つ方々にアドバイスをもらいながら開発を行っている。さらに、デジタルバンクに必要な要件をシステムで具現化し、確実に稼働させる仕組みはきめ細かい各種の考慮とベストプラクティスの積み上げが非常に重要。こうした点もGoogle Cloudの特性を活かすことで、プロジェクトを効率的に推進できている」と手応えを口にする。

加えて、要求が高い水準のデジタルバンクを構築するため、Google Cloudが10月23日に公開した日本の金融機関向けの「金融リファレンスアーキテクチャ」に準拠。

  • Google Cloudが公開した「金融リファレンスアーキテクチャ」の概要

    Google Cloudが公開した「金融リファレンスアーキテクチャ」の概要

同氏は「デジタルバンクの構築に際して押さえておくべきポイントがコンパクトかつ網羅的に整理されている。点検する観点に役立っているほか、実務者目線でも内容も入っており、具体的な設計を進めるうえでも有用」と強調していた。