データ活用においては、膨大なデータを分析したうえで行った施策が予測通りにいかない、データを基に議論を重ねてつくり上げた新製品が予想より売れない、といったことも少なくない。こうした課題を解決するヒントになるのが、行動経済学だ。行動経済学博士で行動経済学コンサルタントの相良奈美香氏は、行動経済学とは「一見理解しにくい非合理な行動を科学するもの」だと話す。
8月26日~29日に開催された「TECH+フォーラム データ活用 EXPO 2025 Aug. データを実装し、ビジネスを駆動させる時代」に同氏が登壇。幅広い業界の数多くの企業が現在活用しているという行動経済学の考え方を紹介し、それをデータ活用のために活かす方法について解説した。
行動経済学で、非合理になり得る実際の意思決定を解明する
講演冒頭で相良氏は、経済学と行動経済学の違いについて説明した。伝統的な経済学では、常に合理的であることを前提として、人間は意思の力や脳のエネルギーなど無限のリソースを全て活用し情報を収集、最良の決断をすると考える。しかし実際には、人間は1つ1つの意思決定に時間をかけるとは限らないし、食べすぎたり運動不足になったり、余計なものをネットで買ってしまったり、利害関係や感情に左右されたりする。こうしたありのままの人間を理解し、リソースの制約やヒューリスティック(直感)による非合理な意思決定を、心理学と経済学を融合することで解明しようとするのが行動経済学だ。
「伝統的な経済学は合理的な人間を解明する学問、行動経済学は非合理になり得る実際の人間の意思決定を解明する学問です」(相良氏)
行動経済学では、行動の前には必ず意思決定があり、連鎖していると考える。例えば仕事から帰宅してNetflixで何か見ようとするときには、「時間があるからNetflixでも見よう」という意思決定がNetflixを開くという行動につながり、「疲れているから流し見したい」という意思決定から、流し見できる番組を検索して再生するという行動が生まれる。したがって、行動の「なぜ」を理解するためには、意思決定を理解することが重要なのだ。
同氏は「行動だけを見ていても正しい知見は得られない」と話す。例えば平日の夜にNetflixでいつも同じようなドラマを見ているという行動だけを見ると、ユーザーはそのドラマが大好きなのだと理解してしまうが、その行動の背景には流し見をしたいという意思決定があり、それに基づいてたまたま選んだ番組だったのかもしれない。その意思決定を理解していれば、同じ番組でも流し見できるものを最初に表示してUXを向上させるなど、データ活用をより効果的に行うことができる。
意思決定プロセスのシステム1とシステム2
行動経済学の基本となるのがシステム1、システム2という考え方だ。システム1は、起床後のルーティンや簡単な暗算、ランチで食べるものを急いで決めるなど、直感で情報処理して意思決定するプロセスだ。意思決定は無意識に行われるため効率は良いが、コントロールしにくいという特性がある。日常の意思決定の多くはこのシステム1で処理されている。これに対しシステム2は、複雑な計算や運転免許取得前の初めての路上教習のように、注意力と努力を要し熟考するプロセスだ。こちらは、正確性はあるがリソースを要する。
例えば日本人なら漢字を見ればその意味や読みを一瞬で理解できる。これがシステム1だ。しかし、青、赤といった漢字を別の色で書いて示し、その読みではなく色を声に出して答えさせるというテストを行うと、全て瞬時に正解を出すのは難しくなる。システム1が瞬時に読みを答えようとするのに逆らって、色を判別するというシステム2の処理を行わなければならないためだ。
1と2のどちらで意思決定するかによって、行動も変化する。ある実験では、7桁の数字を記憶するグループと2桁の数字を記憶するグループに分け、焼きたてで良い香りのチョコレートケーキ、またはフルーツの盛り合わせのどちらかを選ばせた。すると7桁のグループの多くはケーキ、2桁のグループの多くはフルーツを選択したという。これは、認知負荷が意思決定に影響を与えたものだ。7桁を記憶するのは認知負荷が高いため、このグループはシステム1によりケーキを選んだ。また2桁のグループは認知負荷が低いため「甘いものは控えるべき」などと考える余裕があり、システム2によってフルーツを選んだと相良氏は説明する。
「同じ選択肢でも、システム1とシステム2のどちらで意思決定するかによって行動が変わってきます。これは企業やビジネスにも応用できることです」(相良氏)
多くの企業ではこのシステム1と2のギャップが課題になっている。例えばファストフードの大手企業が、市場調査により健康的なメニューが求められていることを知ってヘルシーな商品を投入したが、失敗に終わったという事例がある。顧客はアンケートでは熟考しながら回答するため、システム2によってヘルシーなメニューという答えにたどり着く。しかし実際に店に行ってすぐに注文を決めなければならない状況では、システム1によって見た目もおいしそうな高カロリーなメニューを選んでしまう。データを活用するためには、日常の意思決定の多くがシステム1でなされることを認識しておく必要があるのだ。
データの周囲の状況も意思決定に影響を及ぼす
状況やフレーミング(情報提示の方法)も意思決定に影響を及ぼすことがある。例えば、会社の資金600万円が危険にさらされたときに、確実に200万円を回収できる対策Aと、確率1/3で全額回収できるが確率2/3はまったく回収できない対策Bのどちらかを選ばせる実験では、ほとんどが少しでも確実に回収できるAを選択する。しかし同じ条件でも、対策Aでは確実に400万円の損失を被り、Bでは確率1/3で損失ゼロだが2/3で全額失うと言い換えると、ほとんどはBを選択するそうだ。人は、回収できることに着目したポジティブフレームではリスクを回避し確実に得られるものを求めるが、損失に重点を置くネガティブフレームではリスクを求めるのである。
最初に提示された数字が後の意思決定に影響するのが「アンカリング効果」だ。例えばある商品にランダムな価格を提示した後で、この商品にいくらまで出せるかを質問すると、最初の提示額が高いほど、出せる金額も高くなる傾向がある。
さらに、最初に提示された情報が記憶に残りやすい「初頭効果」や、最後(直近)に提示された情報が記憶に残りやすい「新近効果」というものもある。例えば入社試験の面接なら、最初と最後の受験者が有利になるということだ。さらにこれは意思決定のタイミングによっても変わってくる。面接の直後に意思決定するなら新近効果、数日後など時間をおいて意思決定する場合には初頭効果が表れやすくなる。
「このように、データを集め解析する場合にはフレーミングやアンカリングなど、そのデータの周囲の状況も考慮しないと解釈を誤ることがあるのです」(相良氏)
より正確なデータ活用のために気を付けるべきこととは
ではこのような行動経済学を活かしたデータ活用をするには、どうするべきか。まず重要になるのは、意思決定がさまざまな状況やバイアスに影響を受けていることを認識したうえで、チームで共通言語化して理解することだ。そしてデータの背景やプロセスも理解することが、データの正しい活用につながるのだ。
「データドリブン経営はどうしてもシステム2寄りになりがちですが、サービスやプロダクトの利用者の多くがシステム1で意思決定していることを理解する必要があります。データがシステム1と2のどちらによるものかも考慮して解析すると、よりリッチな知見が生まれるでしょう」(相良氏)

