
将棋好きとネットの登場
─ 起業しようと思ったきっかけから聞かせてください。
林 小学校時代の卒業文集に「将来は起業したい」と書いていたほど、もともと起業を考えていました。その後、大学生の頃に楽しい学生生活を送りながらも、何で起業しようかと考えていたときに登場したのがインターネット。「これに人生を賭けよう」と考え、ITの世界で起業しようと決意しました。
─ それでNEC(日本電気)に就職したのですね。
林 ええ。ITが今後重要になってくると考えたときに、まずは起業する前に社会人としてITに関する様々な経験を積める会社で働きたいと思ったことが理由です。NECでは技術開発職としてシステム開発やIT投資といった様々な仕事をさせてもらいました。いろいろな経験を積ませてもらいましたね。
─ 起業は2009年ですから、リーマン・ショックで世界が揺れ動いていたときですね。
林 はい。ただ07年にアイフォーンが登場し、スマートフォンの時代が来たと言われており、まさに時代の変わり目を迎えていました。ですからチャンスだと。そこで何か面白いことができないかと考えていたときにヒントになったのが将棋でした。
─ なぜ将棋?
林 もともと私が将棋好きだったんです。アマチュア全国大会で優勝したり、当時のアマチュア最高段位の六段も持っていました。まさに将棋が趣味だったのですが、2000年ぐらいから「将棋AI」が登場し、自分自身が強くなりたいために、それを利用していました。ただ当時はまだ将棋AIなど全く注目されてはいませんでしたね。
だからこそ、この将棋AIを通じてもっと将棋の楽しさを伝えたいと思いました。それで当社を起業したわけですが、幸運だったのは将棋の縁もあって、現在当社の代表取締役CRO(チーフレベニューオフィサー)の髙橋知裕や将棋AI「Ponanza」や「Apery」の開発者、学生時代は「スーパーコンピュータコンテスト」の常連だった技術者などが当社に集まって来てくれたことですね。
─ AIの技術者が集まったのですね。起業当初から将棋AIが主力事業だったのですか。
林 当初は将棋AIといっても、なかなかビジネスになりませんでした。マーケットも小さかったですしね。ですから、最初はスマホ向けのアプリケーション開発を手掛けていました。その事業はまあまあでしたね。実際、創業から18年に上場するまで9年かかっていますからね。
その中でも当社の拠り所となったのは先ほど申し上げた技術力です。アプリもとにかく素早く作れると。そこはスタートアップらしい特長ではないかと思いますね。調子のよいときには1日1つ、サービスを作り上げていたようなスピード感です。
─ それだけ楽しかったと。
林 はい。アプリを量産する仕組みを作ることができたことによって、私は仕組みを作ることに楽しさを感じるようになりました。例えば、クイズのプラットフォームを作り、それが法律のクイズである場合、エクセルで表を作り、そのデータを流し込めば、自然とクイズアプリができあがるというものです。1時間もあればできてしまうと。
すると、この仕組みを横展開し、他にも税理士に関するものであれば、それ相応のエクセルの表を作成しさえすれば、あっという間にアプリができると。当時の当社はそこまで社員数が多かったわけではありませんから、少ない人数でも事業を展開できるようにするためにはどうすれば良いのか、どうやって仕掛けるかに時間を割きました。
「将棋ウォーズ」でシェア首位
─ 創業から3年経ってゲームアプリをリリースしました。
林 ええ。当社は今でこそ企業向けのサービスも展開していますが、それ以前はコンシューマー向けのサービスが基本でした。その先駆けが日本将棋連盟公認の将棋ゲームアプリ「将棋ウォーズ」です。このアプリは世界の将棋オンライン対戦プラットフォーム市場の7~8割のシェアを占めています。登録者数も800万人以上です。
棋士の藤井聡太竜王・名人をはじめ、ほとんどの棋士さんには馴染みのあるアプリだと思います。実はこのアプリにはAIが搭載されています。将棋は初心者が上級者に勝ちにくいゲームで、チェスやポーカー、麻雀などにある偶発性が少ない。それでは強い人だけしかやらなくなります。
そこで、このアプリにはゲーム性を持たせるために「棋神」というシステムを導入しています。160円の課金を払えば、世界最強の将棋AIが5手指してくれるもので、この結果、初心者でも上級者に勝つことができるようになります。
─ 逆転ができると。
林 はい。世界最強の手を味わうことができるという機能になります。ゲーム性を持たせながらAIという課金サービスによってマネタイズもできる。こういった発想力が当社のもう1つの強みだと思います。
プロフェッショナル向けの将棋AI解析サービス「棋神アナリティクス」
─ そこから他の業界にもビジネスを広げていきますね。
林 そうですね。まずは金融業界でのサービスを開発したのですが、将棋AIを通じて当社のAI技術の高さを証明することができるようになりました。要は、将棋界で言うところの名人の技をAI化したようなイメージです。当社はそういった匠の技をAI化することが得意なので、そのノウハウを金融に広げていったという流れです。
その金融業界の匠の技として挙げられるのがトレーダーです。金融業界は数字やデータが勝負の世界ですし、様々なデータが揃っていることから、AIを活用しやすい領域でもあります。そこで2019年にSMBC日興証券さんと業務提携しました。
株式投資のポートフォリオ支援 建設業界の人手不足対応
─ 同社とはどのような協業を行ってきたのですか。
林 業務提携以前から共同でAIを使った個人向け投資情報サービス「AI株式ポートフォリオ診断」を開発していました。顧客の資金や保有株式、リスク許容度に合わせてAIが効率的なポートフォリオを診断・提案するものです。
金額や銘柄、リスクを入力するとAIが診断し、例えば新NISA(少額投資非課税制度)にどれだけの自己資金をどの銘柄に振り分けるかなどを提案することができます。
他にもAIが国内株式の銘柄ごとに将来のトレンド予測をして、顧客が設定した銘柄の売却のタイミングを通知する「AI株価見守りサービス」というサービスも提供しました。これらの取り組みを経て、業務提携へとつながっていきました。
国の施策として資産運用が促されているものの、どのタイミングでどの株式を買うか、または売却するかと迷う人が多いと思いますが、これらのサービスを使うと顧客に最適な対応をアドバイスすることができますので、運用するためのツールとしてヒントにしていただけます。
─ 金融業界でのAIの実装例になりますね。金融業界以外での展開はあるのですか。
林 あります。建設業界です。中でも竹中工務店さんとは資本業務提携を結んでいます。建設業界でも人手不足が大きな課題になっています。中でも建物の構造設計業務を担当する構造設計士は特に足りないと言われています。これを解決するために「構造設計AI」を当社が開発しました。構造設計の作業を短縮するAIになります。
もともと竹中工務店さんが自社で開発した構造設計のシステムがあったのですが、そのシステムに蓄積されたデータを当社のAIが学習し、設計の支援を行います。その結果、構造設計の時間を削減し、付加価値の提案に費やせるようになりました。
─ 例えば、若手社員でも設計ができるようになると。
林 ええ。これまで若手社員が新しく建物を建てるときには先輩や見積部にヒアリングをして類似案件を調べながら、図面や構造計算書を確認しつつ、半日から1日程度かけて比較表を作成していたのです。しかし、当社のAIを使えば、類似案件の検索と比較表の作成を計15分ほどでできるようになります。
さらに、この作業を終えて実際の建物の大きさや空間配置などが決まると、構造設計者は構造種別や架構形式を検討し、意匠設計に必要な柱や梁の仮定断面を計算する作業があるのですが、これも従来は半日から1日かかっていたところが、5分ほどでできるようになりました。
─ 成果が出たわけですね。
林 一定の成果は出たかなと思っています。もともとコンシューマー向けのアプリ開発を手掛けていましたが、「AI革命を起こし、未来を創っていく」という当社のビジョンの下、将棋で培ってきたAI関連の手法を固有のコア技術にして、BtoC向けとBtoB向けの両輪で事業展開を行っているところです。
AIを駆使して自動化を実現
─ 今後どのような成長戦略を描いているのですか。
林 現在の当社の売上高のうちBtoB向けが大きなポーションを持っています。将棋AIで培ってきた我々の技術力は膨大な選択肢の中から最善肢を探っていくような高精度の意志決定支援で力を発揮します。そして、そこを我々が非常に得意にしてきた経緯があります。そのために当社もスーパーコンピューターを設置するなど、大きな投資も実行してきましたからね。
─ 一方で官公庁から相談などはないのですか。
林 たくさん来ています。生成AIなどを搭載した新しい仕組みがないかといった相談は多いですね。それに対しては当社も何らかのソリューションを提供していきたいと考えているんです。例えば、最近では大阪・関西万博で実証実験を行っている「AIスーツケース」というスーツケース型ロボットの開発には当社も協力しています。

大阪・関西万博で実証実験中の自律型ナビゲーションロボット「AIスーツケース」
視覚障がい者の移動をサポートすることを目的としており、当社は音声対話機能について開発協力を行いました。ユーザーはAIスーツケースのスマホアプリを通じて、目的地やルートを設定すれば、柔軟な移動支援を受けることができますし、音声で質問すると、AIが周囲の様子などを説明してくれます。
─ AIに特化しているからこそ、相談されるケースも増えてきているわけですか。
林 そうですね。昨年、生成AIを活用した法人向けのAIアシスタントSaaSの「HEROZ ASK」をリリースしました。ChatGPTなどの生成AIを活用して社内にある様々なデータの検索・要約・翻訳や音声の文字化を通じて、あらゆる業務をアシストするものになるのですが、これがリリースから1年で、導入企業・団体は250社を突破しました。
最大の特長は生成AIもChatGPT以外にGemini(ジェミニ)やClaude(クロード)などがありますが、その中で最も適したものを選べるという点です。作業ごとに最適な生成AIを使うことができるのです。しかも、1人900円で使うことができますからね。
当社は今後、AIサービスの領域でメインフレームを押さえる存在になりたいと思っています。AIを活用して自動化を実現する領域で次の一手を打てるようにしていきたいと思っています。
