「大豆で世界を救いたい!」 太子食品工業社長・工藤茂雄が挑む豆腐革命

高たんぱく・低カロリーの味付き〝豆腐バー〟がヒット

 青森県三戸町という人口8600人の町にキラリと光る企業がある。豆腐・納豆などの大豆加工食品会社の太子食品工業だ。本社のある三戸町は江戸時代から日本有数の大豆産地であり、旧南部藩代官所最大の大豆集積地であった。社名の〝太子〟は納豆の発明者が聖徳太子だという説にちなんでいる。

 創業85年の同社は、売上高191億円(2024年3月期)で、現在豆腐屋は全国に5000軒あると言われる中、業界では相模屋食料に次ぐ2位の規模。

 この企業で昨年大ヒット商品が誕生した。その商品は、味付きの豆腐を棒状にした「豆腐バー」の『motTOFU』。特に、大手コンビニチェーンのセブン-イレブンと共同開発した『豆腐スイーツバー ガトーショコラ』が火付け役となり、若年層を中心に話題を呼んだ。セブンでの販売好調により、他のコンビニエンスストアではNB商品として販売している。

 これまで豆腐は家庭で調理されて出てくることが多かった。しかし、働く女性が増え、タイパ、コスパ、健康志向が一層強まる中で、どこでも豆腐を食べられるというニーズを喚起。豆腐は高タンパク・低カロリーで、特に1本100㌍以下の豆腐スイーツバーは健康を気にする女性の心を掴んだ。豆腐バーでこの1年間15億円売上を押し上げた。

「裏の原料表示を見てもらえばわかるが、当社の商品は添加物を加えていないのが特徴。一時は品切れで、24時間体制で工場を回しても供給が追い付かない状態だった。やっと増産体制がとれたところ」こう話すのは3代目会長兼社長の工藤茂雄氏。

 同社はこれまで新しい製法を次々生み出す製法技術を磨いてきた。この豆腐バーは同社独自の「きぬ練り製法」を使い、豆腐になる前の豆腐クリームを揚げなめらかな口当たりが特徴。バータイプでも固い豆腐という訳ではなく、揺らすとしなる柔らかさとみずみずしい食感がある。

 こういった植物性のプラントベース食品は、2050年のたんぱく質危機に備え、欧米を皮切りに一時盛り上がりを見せたが、現在成長は失速している。

「今世界的にプラントベース市場の売上が落ちている要因は、美味しさの課題と、原料に添加物が入り本当に健康に良いのか消費者が疑問に思い始めているからだ」と同氏は分析。「大豆は畜産と比べ生産効率が良く、環境にも優しい。さらに血糖値や腸内細菌コントロール、コレステロール低下など、身体によい機能がたくさん備わった食品。たんぱく質危機にも備えられ、食べれば人々は健康になり、国の医療費も減る。豆腐は世界を救う食品だと思う」と訴える。

日本の伝統食品・豆腐の可能性

 さらに工藤氏は「実は豆腐はとんでもない可能性を秘めた食品」と強調。こう話すのには特別な理由がある。

 氏は5歳のときに戦後初の若年性1型糖尿病を発症している。当時はすぐに命を落とすのが大多数だが、同氏の身体は徐々に血糖値をコントロールできるようになっていった。診ていた東京大学や東北大学医学部の糖尿病大家たちは首をかしげた。そこで工藤氏が家業である豆腐と納豆ばかりを食べていたことに注目し、豆腐に何かあるのではと仮説を立てた。そこから大豆の研究が進み、現在では血糖値の急激な上昇を防ぐ役割があると一般的に言われている。

「豆腐が自分の命を助けてくれた」─。この思いに突き動かされ、生き証人として、大豆の研究と技術力向上に人一倍、力を注いできた。1歩間違えれば、自社の商品で自分の命を落としかねない。そのため安全性と品質管理を徹底した商品開発が同社の特徴となっていった。

 例えば豆腐は、製造工程で消泡剤、乳化にがりを原料に使う企業が多いが、同社は大豆とにがりのみのシンプルなつくり。1992年に当時、豆腐の日持ちは3~4日が常識のところ、7日間日持ちする商品を新開発。「添加物を使わない分、プロセスや技術力でそれを補うということをずっとやってきた」(同)。

 消費者の関心を集めたのは、1997年、同社の遺伝子組み換え大豆不使用の宣言。アメリカから遺伝子組み換え大豆が日本に輸入されることになりこれに反発。「遺伝子組み換え大豆を食べて、本当に身体への影響はないのか」─という疑問からの経営判断であった。国会でも答弁し、国や業界から強い圧力を受けつつも、味方したのは食の安全を求める消費者であった。

 豆腐はスーパーで特売品として安価で叩き売りされることが多い。しかし、同社はその価格競争から完全に手を引き、高品質、高価格帯の豆腐で勝負している。原価が高く儲けが少ないことが経営課題でもあるが、「安全と品質」を最優先し、独自の路線を進んできた。その姿勢を消費者は支持しているのだろう。

 工藤氏は現在74歳だが、65歳まで糖尿病の持病を抱えていることを社員には伏せてきた。

「経営者が糖尿病と言ったら銀行はお金を貸さない。休むばかりで仕事をせず遊んでいると、社員は怒っていた」と振り返る。孤軍奮闘で乗り越えてきた苦しみは想像に難くない。

 今後は豆腐バーを軸に海外戦略を強化する方針。香港では、おにぎり屋でおかずとして売られており、高い人気を得ている。

「豆腐バーを海外に広め2030年までに売上5億円を目指す」と今後の展望を語る。豆腐とともに歩んできた人生。世界で豆腐旋風を起こせるか、工藤氏の腕が試される。