LLM(大規模言語モデル)を活用した生成AIサービスが普及し、多くの企業が業務への採用を進める中で、それらのサービスを利用する上での機密情報やプライバシーの保護への関心も高まっている。そこで注目されているのがローカルLLMだ。ユーザーの手元のPCで完結するため、個人情報や機密情報を外部に送信せずに処理できることが大きな魅力とされている。
しかし、ローカルLLMの魅力はプライバシー保護だけではない。Analytics India Magazine(AIM)では、「Why Do We Need Local LLMs Beyond Privacy?」において、ローカルLLMのプライバシー保護以外の利点や重要性について分析している。
プライバシー保護で注目されるローカルLLM
ローカルLLMとは、クラウドではなく、PCやスマートフォン、エッジデバイスといった、ユーザーの個人用デバイス上で直接LLMを実行できる仕組みを指す。
ChatGPTやGeminiなどのオープンな生成AIサービスには、多くの場合、将来のAIモデルのトレーニングにユーザーが入力したデータを使用する可能性があるという警告が付随している。したがって、これらのサービスの利用には個人情報や機密情報の漏えいリスクが付いて回ることになる。
トレーニングへのデータの利用は設定によって拒否できることもある。加えて、通信の暗号化や非データ保持ポリシーなどによってプライバシー保護をうたっているサービスも少なくない。たとえそうだとしても、クラウド事業者の内部でのデータの取り扱いや保存方法はブラックボックスであることが多く、情報管理の透明性に欠けるという問題がある。
多くの企業にとって、これは重大な問題だ。もし社員が入力したデータの中に、機密情報や個人情報が含まれていた場合、それらはクラウド運営者にとってアクセス可能な状態になることを意味する。生成AIの一般的なユースケースであるコード生成では、プログラマーが記述したコードを参考にして、AIが最良なコードの書き換え提案してくれる。このとき、元のコードに意図せず機密情報や知的財産が含まれていた場合、これも重大な情報漏えいにつながり兼ねない。
このようなリクスを軽減する方法の一つとして注目されているのがローカルLLMの利用だ。クラウドホスト型のLLMとは異なり、ローカルLLMではデータの取り扱いをすべてユーザー個人のデバイス内に限定できるため、情報漏えいのリスクを避けることができる。
バージョン固定による安定性と信頼性
とはいえ、ローカルLLMにはプライバシー保護だけではないさまざまなメリットがある。AIMは、実用面・技術面に焦点を当ててローカルLLMのメリットを多角的に論じている。
まず、ローカルLLMでは、AIモデルのバージョンを自分の意思で固定できるという強みがある。クラウドホスト型のAIサービスでは、日々、AIモデルの改善や微調整が行われている。これらの微調整は、ときに予測できない挙動の変化を発生させ、業務のワークフローを中断させる可能性がある。
最近では、OpenAIのGPT-4oが過度にユーザーに同調的な応答を返すようになったり、xAIのGrok 3が突如として反ユダヤ的な回答をしたりするようになるといった問題が明らかになった(参考記事:GPT-4oに発生した「おべっか」問題、OpenAIが原因と対策公表 | TECH+(テックプラス))。これらは各モデルのマイナーな調整の影響で発生したとされている。
ローカルLLMでは、ユーザー自身が使用するモデルを選択し、バージョンアップ前には十分な検証が可能なので、このような問題の発生を防げ。また、企業固有のワークフローやセキュリティ要件に合わせたカスタマイズが容易に行えるというメリットもある。
ネットワーク障害への耐性
ローカルLLMのもう一つの利点は、万が一ネットワークに障害が発生した時でも安定して利用できることだ。クラウドホスト型のAIサービスは、当然ながら、インターネットに接続していなければ使用することができない。もしも重要なプロセスが外部のAIサービスに依存している場合、たとえ短時間のダウンタイムであっても、業務が完全に停止する可能性がある。
ユーザーのデバイス内で完結して動作するローカルLLMであれば、このような問題は発生しない。この特性は、インフラが不安定な地域や、セキュアなオフライン環境を求める現場では特に有効となる。
モデルの進化によって現実的な代替手段に
AIMは、ローカルLLMの性能と信頼性が実用可能なレベルに達したことも、急速に採用が進んでいる理由として挙げている。ローカルLLMの大きな課題はパフォーマンスだ。PCなどの個人用デバイスでLLMの最適な動作を確保するためには、メモリをはじめとする膨大な計算リソースが必要になる。ハードウェア性能が十分でない場合、AIは十分な効果を発揮できない可能性が高い。
この問題を解決するために、LLMの開発者はさまざまな手法でローカル展開に合わせた最適化に注力している。その努力が実を結び、最近ではセルフホスト可能なオープンソースのLLMも十分に賢くなっている。オープンソースモデルの進化と並んで、それらのモデルをプライベートクラウドでホストするインフラ環境も大幅に改善されており、クラウドホスト型AIからの現実的な代替手段になっているという。
クラウドホスト型のAIサービスは急速に進化し、常に新しい機能を提供し続けている。それに対してローカルLLMは安定性と信頼性を提供する。ローカルLLMは今後、プライバシー以上の理由でその存在価値を高めていくことになるだろう。