2019年の経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会 報告書(以下、令和報告書)」が企業法務の新たなビジョンを示してから5年半。コロナ禍、地政学リスクの顕在化、サステナビリティ対応の拡大といった未曾有の経営課題に直面するなかで、法務部門は単なる「守り」の部門から、企業成長を牽引する横断的・戦略的な経営に不可欠なパートナーへと変貌を遂げつつある。

6月26日に開催されたオンラインイベント「TECH+セミナー 法務DX 2025 Jun. 企業の価値創出を担う『法務の力』とは」の基調対談では、上記経済産業省の検討会委員であった2名の有識者として、三井物産 常務執行役員ジェネラル・カウンセル/経営会議メンバーの高野雄市氏と日本組織内弁護士協会 理事(Airbnb・弁護士)の渡部友一郎氏が、この激動の5年半を振り返り、法務の未来を展望した。

  • (左から)日本組織内弁護士協会 理事(Airbnb・弁護士)の渡部友一郎氏と、三井物産 常務執行役員ジェネラル・カウンセル/経営会議メンバーの高野雄市氏

「令和報告書」が示したビジョンと現実

対談の起点となったのは、2019年に経済産業省が発表した令和報告書である。同報告書では、企業法務の機能を「ガーディアン機能」「パートナー機能」に分類し、特にパートナー機能を「ナビゲーション」と「クリエーション」に細分化した。高野氏は当時を振り返り、「特に印象的だったのは、クリエーション機能の議論。法務が新しいビジネス創造に積極的に関与できるか議論されたのは、非常に新しい視点だった」と述べ、加えて、法務人材の経営での活躍を含む「幅広い活躍の可能性に光を当てた点も特徴的であった」と指摘する。

その直後に世界を襲ったコロナ禍は、法務の役割に大きな変化をもたらした。高野氏は、「令和報告書でも、時代や経営の重点によって法務機能の力点が変化すると議論されていた。コロナ禍においては、ナビゲーションやガーディアンの重要性がさらに高まった」と分析。パンデミックという未曽有の事態は、ビジネスモデルの変革を余儀なくし、株主総会のオンライン開催や押印廃止など、従来の慣習やプラクティスを根底から覆した。

コロナ禍が加速させた法務の重要性

この5年半にあった最も大きな変化の1つが、経営陣の法務に対する認識の変化だ。地政学リスクの先鋭化、サステナビリティ対応、経済安全保障など、新しい経営課題が次々と出現するなかで、法務の重要性が再認識されたのである。

「従来のコーポレート体制の枠組みでは対処しきれない問題が多く出てきたなかで、法務が対応できる領域は多くあるのではないかと思い至るようになりました。企業を取り巻く環境の変化が、経営陣に対しても、法務の重要性を認識させる結果になったのです」(高野氏)

この変化は、法務人材の登用にも影響を与えている。「法務人材が法務部門だけではなく、経営やさまざまな部署で活躍するケースが増え、法務人材の活躍の可能性と登用が実際に進んできている」と高野氏は総括した。

法務の知見を経営の力に - ジェネラル・カウンセルの役割

2024年にジェネラル・カウンセルに就任し、経営会議メンバーとなった高野氏は、法務部長時代との違いについて「ジェネラル・カウンセルには、最高法務責任者としての役割、経営メンバーとして貢献する役割、あるいは取締役として機能するなど、会社によってさまざまなかたちがある。私の場合は、経営会議メンバーの一員として、法務の素養をコアに経営者として経営貢献するという発想に転換した」と語る。

経営会議では、経営メンバーとしての意見を述べる一方、「法務の素養が非常に活かせる」と強調する。

「長年法務部門にいると、会社のさまざまな難しい問題が集積し、それが膨大なノウハウになります。若手も日々、会社の核心に触れる相談を受けているのです。1つひとつの仕事をビジネス面も含めて深く理解することで、会社全体を俯瞰し、課題や強み・弱みが見えてきます」(高野氏)

渡部氏も、「法務には各部門からの情報が集まるため、他部門が気付いていない問題を法務が把握しているケースは多い。日々の問題解決の積み重ねが、より大きな経営課題の解決にも応用できるのではないか」と応じた。

専門性と経営貢献のバランス - 「コア機能」の先に広がる可能性

渡部氏は、実際の企業現場での課題についても言及。米国企業での経験を踏まえ、「法務部門では、法務の担当者に情報が届くあいだに、背景事情(コンテキスト)が失われがちだ。背景事情を深く知っていれば、より深く経営に寄り添える。例えば『今期第2四半期までに完了すべき重要プロジェクトだから、まずは最重要な法的リスクだけ指摘し、詳細分析は後で』といった判断ができる。現場のプロフェッショナル(法律の専門家)に徹しすぎると、抽象的な法的問題と答えを往復するだけになりかねない」と指摘した。

この問題意識を受けて、両氏は法務のコア機能とアドバンス機能のバランスについて議論を深めた。経営貢献の重要性が増す一方で、法務の専門性をおろそかにしては本末転倒だと高野氏は警鐘を鳴らす。

「法務に期待されるのは、第一に法的専門性です。契約法務や法律相談といった『コア機能』をしっかり果たせていなければ、新しい分野での貢献、いわゆる『アドバンス機能』には進めません。特に現代は新しい課題が次々と出てくるため、若手もシニアも関係なく専門性をアップデートし続ける必要があります。そのうえで、業務効率を高めて余裕を生み出し、新しい分野での経営貢献に取り組むという発想が大切です」(高野氏)

渡部氏も、「まずは最高レベルの堅牢な法的分析(リーガルサービス)を提供することが大前提。そのうえでいかに付加価値をつけていくかが問われる」と同意した。

テクノロジー活用で法務の未来を拓く

経営法友会の調査では、法務担当者の人員が増加していない、あるいは減少している企業が半数以上にのぼるという。業務が増える一方でリソースが限られるなか、法務部門はどう対応すべきか。高野氏は、「生産性と効率性を高めることが不可欠」とし、その方策として「テクノロジー活用」「アウトソーシング」「業務の棚卸し」の3点を挙げた。

「テクノロジー活用は日々進化しており、AIによる法律業務支援やメール作成補助、ナレッジマネジメントツールなど多岐にわたります。アウトソーシングも、外部専門家ネットワークの構築と、定型業務などを外部委託することの2つの側面があるでしょう。これらを駆使してコア業務を効率化し、アドバンス機能に時間を割けるようにすることが重要です」(高野氏)

渡部氏がAI活用について尋ねると、高野氏は「日常業務での時間節約に加え、ナレッジマネジメントへの活用も進んでいる。データの精度確保や、蓄積されたデータの分析・活用方法も重要。契約書レビューシステムや案件管理システムなど、あらゆる場面でテクノロジーを活用し、ワークフローの効率化と業務品質向上を図り、経営貢献につなげたい」と語った。

渡部氏も米国企業での経験として、「プロンプトエンジニアリングのトレーニングを受け、AIをどう使うかが次のターニングポイントだと感じている。CEOからは『スマートフォン中心のサービスが次はAI中心になるように、法務部門もAI中心に据えた業務形態を模索すべき』との話があった」と明かし、AIが法務の在り方を根本から変える可能性に言及した。

テクノロジーに苦手意識を持つ人へのアドバイスとして、高野氏は「苦手に思う必要はない。とにかく触ってみる、話題に出してみることが大切。私自身も詳しいほうではないが、抵抗感を持たずに話題にすることで、新しい使い方や次の世代の考え方を学べる」と、前向きな姿勢を促した。

令和報告書から5年半が経過し、企業法務を取り巻く環境は大きく変化した。しかし、法務人材が持つ潜在能力と、適切な視点・姿勢があれば、企業成長の重要なドライバーとなり得ることが、この対談を通じて改めて確認された。テクノロジーの活用により効率化を図りながら、より戦略的で付加価値の高い業務に注力していく。これが、今後企業法務の進むべき道筋と言えるだろう。