日立製作所は7月9日、メタバースとAIの活用により、原子力発電所(原発)の安全対策工事や今後の新規建設・保全・廃止措置において、設計、現場施工から資産管理までの作業効率化を実現する「原子力メタバースプラットフォーム」を開発したことを発表した。

  • 原子力メタバースプラットフォームのイメージ

    原子力メタバースプラットフォームで再現される現場空間および関連機能のイメージ(出所:日立)

複雑な調整が絡む原発での作業をメタバースで効率化

原発の新規設備導入や改造においては、最短の工期で現場作業を終わらせるため、精度の高い工事計画と確実な実行が求められる。一方で原発では法令などにより現場への立ち入りが制限されるため、現場調査が可能な期間・回数が限られるほか、運転中の原発であれば立ち入ることができない場所も存在する。そのため原発の工事では、現場状況に応じてさまざまなステークホルダー間の調整が発生するといい、電力事業者を中心に、そうした情報の共有と作業計画の見直しが都度必要になるという。

さらに、2011年の東日本大震災以降には国内の多くの原発が稼働を停止していたこともあり、高度な技術や知識を持つ熟練者の定年退職が進んだことや、原発の新規建設におけるOJT機会の減少、少子高齢化に伴う労働人口減少などを背景として、技術伝承や生産性向上が原子力業界全体の大きな課題となっている。

そうした背景を受け、日立は、原発における最新の現場状況の正確な把握とステークホルダー間での共有を容易にすることで、手戻り作業の削減やリアルタイムでの工程調整などを実現し、生産性向上に貢献することを目的として、原子力メタバースプラットフォームを開発したとする。

原子力メタバースプラットフォームの概要映像(出所:日立製作所エナジーチャンネル)

同プラットフォームは、高精度・高密度の点群データと3D CADデータを重ねて表示することで、メタバース空間に原発を再現するのが特徴で、仮想空間上での現場状況の精緻な確認や、干渉物をはじめとする図面と現場状況の相違点把握などを可能にするという。またAIを活用した自然分による設計図書の全文・類語検索機能も搭載し、メタバース上の位置や指定設備の情報を活用することで、検索の高精度化を図るとのこと。加えて複数ユーザーが同時にアクセスできるため、電力事業者や工事施工会社など、拠点によらないステークホルダー間でのコミュニケーションや、設備などの追設・寸法のリアルタイム共有を実現し、迅速な意思決定を支えるとしている。

加えて日立はプラットフォームの特徴として、メタバース空間上でのセンチメートル単位での高精度寸法測定や、オンライン会議の開催、資産情報の紐づけなどエンジニアリング業務を支援する点を挙げるほか、やり取りの暗号化による情報セキュリティを確保したコミュニケーション環境も強みだとした。

なお同社によれば、原子力メタバースプラットフォームは、設備の信頼性向上とワークマネジメントの改善、それに伴う稼働率向上などといった、電力事業者が抱えるさまざまなニーズ・課題に対し、データ活用による価値提供・課題解決を行うことを目的として構築を目指す「データドリブン発電所」の基盤になるとのこと。そして同プラットフォームは、日立のドメインナレッジとAIを用いてデータを価値に変換し、顧客や社会の課題解決に取り組む「Lumada 3.0」を体現するものであり、原子力事業で培われた知見とデジタル技術を活用して、GlobalLogicと共に開発したとする。

  • 「データドリブン発電所」のイメージ

    日立が目指す「データドリブン発電所」のイメージ(出所:日立)

日立は今後、今回開発された原子力メタバースプラットフォームをベースとして設備状態などの現場データを収集・集約し、故障の事前検知や設備状態の将来予測を通じた最適な投資計画およびプラント保全計画の立案を支援していくといい、これにより、電力事業者が抱えるさまざまな課題やニーズに対して、データを活用した価値提供・課題解決を行うことを目指すとしている。