“木こりのジレンマ”に陥った法務部門は、いかにして業務効率化の突破口を見つけるべきか。6月26日に開催されたオンラインイベント「TECH+セミナー 法務DX 2025 Jun. 企業の価値創出を担う『法務の力』とは」において、KADOKAWA グループ内部統制局 法務部 部長の片岡玄一氏は、事業に価値を届けるための法務部門の処理能力拡張のコツについて講演。日々の業務に追われ、改善のための時間すら確保できない現場の課題に対し、実践的な解決策を提示した。
“木こりのジレンマ”から脱却せよ
片岡氏は講演の冒頭で、“木こりのジレンマ”という寓話を引用し、多くの法務部門が直面する共通の課題について触れた。
木こりのジレンマでは、刃こぼれした斧で苦労しながら木を切る木こりに、旅人が「刃を研いだらもっと効率よく切れるようになる」と助言するが、木こりは「忙しくて刃を研ぐ時間がない」と答え続ける。
同氏は「我々もこの寓話の木こりのように、目の前の仕事に追われていると、効率的な業務を実現するための改善に着手できない状態になってしまう。本当にその業務は必要なのか、事業の役に立つのかといった疑問を持ったとしても、その疑問を検証することすら難しくなってしまう」と問題提起する。
こうした状況から脱却し、より事業に貢献できる法務に変わっていくために、処理能力の拡張が必要だと強調した同氏。法務部門の処理能力拡張の手段として、大きく3つのアプローチを紹介した。
ツール・サービスの活用法 - 課題起点での選定と効果検証の重要性
第一のアプローチは「ツール・サービスの活用」だ。片岡氏はツール・サービス導入を「選定」「決裁取得」「効果検証」の3つのフェーズに分け、それぞれのポイントを説明した。
選定のポイント:「プロダクト起点」ではなく「課題起点」で
最も強調されたのは、「課題起点で選ぶ」という視点だ。多くのベンダーは自社製品の機能をアピールするが、片岡氏は「その『できること』が本当に自社に必要なのか、優先度が高いのかを検討せずに導入を進めると、使われない、効果が出ないという結果に陥りがち」と忠告する。重要なのは、「自社の法務部門が抱えている課題を解決できるか」という問いからスタートすることだ。
例えば、契約件数が少なく、スプレッドシートとクラウドストレージで十分管理できている組織に高機能なCLM(契約ライフサイクル管理)ツールを導入しても、効果は薄いどころか、かえって不便になる可能性すらある。「ツール導入の前に、まず自社の課題がどこにあるのかを特定し、その優先度を決めることが必要」と同氏は説く。
さらに片岡氏は自身の経験として、KADOKAWA転職後にメンバーと課題の洗い出しセッションを行い、「時間をつくること」が最優先課題だと特定した事例を紹介。この結果を受けて契約書レビュー効率化ツールの導入やアウトソーシングの開始など、時間創出に直結する対策を優先的に実施したという。
課題特定と並んで重要なのが、ツール・サービスに関する情報収集だ。公開情報やベンダーの説明だけでなく、「他社へのヒアリングが効果的」と同氏は述べる。特にネガティブな情報は、実際のユーザーからしか得られない貴重な情報となるそうだ。
また、導入が未定でも、自社の課題解決につながりそうなツールがあれば、積極的に情報収集し、トライアルをしてみることを推奨。「説明を聞くだけでは分からなかったことが、実際に使ってみることで明確になる。使うことと知ることでは理解度に大きな差が出る」と、同氏はトライアルの重要性を強調した。
決裁取得のコツ:決裁者の視点を理解し、期待に応える
ツール導入における最大のハードルの1つである決裁取得について、片岡氏は決裁者の視点を理解することの重要性を説いた。
「現場で感じている課題感と、経営レイヤーから見えている課題感が一致しているとは限りません。決裁者が法務部門に何を期待しているのかにアンテナを張り、導入したいツールがその期待にどう貢献できるかを示すことがスムーズな承認につながります」(片岡氏)
例えば、契約審査効率化ツールの導入を説明する際、現場は「業務負荷軽減」を主目的とするが、決裁者が「スピードアップ」を求めているなら、負荷軽減の副次効果としてのスピードアップを前面に押し出すべきだと同氏は説明した。
効果検証:導入はスタート、失敗から学び次に活かす
ツール導入はゴールではなくスタートであり、導入後の効果検証と必要に応じた軌道修正が不可欠だ。導入後の効果検証について片岡氏は、「期待したほどの効果がなかったとしても、『その方法ではうまくいかなかった』ということが分かっただけでも収穫」と、失敗を恐れない姿勢の重要性を強調した。
アウトソーシング活用の新たな可能性
第二のアプローチとして、片岡氏は、法務業務のアウトソーシング(LPO:リーガル・プロセス・アウトソーシング)の活用法を詳説した。
同氏は従来の法律事務所への依頼との違いを明確に区別。従来の法律事務所への依頼が「相談への回答」が主だったのに対し、LPOは「業務そのものの肩代わり」を依頼する点で大きく異なるとする。
LPOの効果としては、リソース拡充、コスト最適化、業務遂行レベルの向上の3点が挙げられた。特に業務遂行レベルの向上について同氏は、「幅広いカバー範囲を求められがちな法務部員とは異なり、外部人材のなかには特定の分野に特化したスペシャリストも数多く存在している。アウトソーシングであれば、スペシャリストの力を必要なときだけ法務業務に取り込むことができる」と説明した。
変化できる組織づくりの要諦
第三のアプローチとして、組織の変化対応力向上について言及した片岡氏。変化への抵抗は「現状維持バイアス」という一般的な傾向であり、特定の抵抗勢力の問題ではないと指摘。そのうえで、変化できる仕組みと文化の構築が重要だと述べた。
仕組み面:暗黙知の形式知化
仕組み面では、まず「暗黙知の形式知化」が挙げられた。個人の頭の中にしかない判断基準やルールを文章化することで、他の人が見直しや改善提案をしやすくなり、書いた本人も客観的に見直すきっかけになる。
また、変更プロセスの明確化と簡略化も重要だ。雛型やプレイブックなどを変更する際の手順が複雑だったり不明確だったりすると、改善の提案が出にくくなる。
文化面:失敗を奨励する環境
仕組みと並んで重要なのが文化の醸成だ。変化には失敗がつきものであり、「失敗を歓迎する文化がないと、誰もチャレンジしなくなる」と片岡氏は断言する。
法務業務は間違いを避けるべき特性があるものの、「まずやってみて、うまくいかなかったら元に戻す」という軽やかなやり方でも問題ないケースもあると指摘。失敗の影響を最小限に留める工夫をしつつ、小さく失敗して学び、軌道修正していくスタンスの重要性を説いた。
文化醸成は一朝一夕にはいかないが、その第一歩として、同氏は「小さく始めて、たくさんの成功体験を重ねること」を推奨。大きな改革よりも、すぐに効果が出て達成感を共有できる取り組みから始めるのがよいという。また、最初から全員を巻き込もうとせず、変化に積極的な人を軸に徐々に広げていくアプローチも有効だ。
片岡氏自身が「これらは試行錯誤のなかから得たTips」と語ったように、完璧な答えを待つのではなく、まず一歩を踏み出し、実践のなかで学び、軌道修正していく姿勢こそが重要だ。法務部門が自らの力で“斧の刃を研ぐ”時間をつくり出し、事業に新たな価値をもたらす存在へと進化していくことを期待したい。