6月19日~20日、日本の製造業が身につけるべき競争力について紐解くオンラインイベント「TECH+セミナー 製造業DX 2025 Jun. 世界をリードするものづくりへ」が開催された。6月20日の特別講演には、三菱重工業 デジタルイノベーション本部 DI戦略企画部長の花田聡氏が登壇。「社会システムの知能化」を軸に、同社が実践したDXによる新たな価値創出の取り組みを紹介した。

知の蓄積、多様性を中心にDXを推進

製造業を取り巻く環境は常に変化し続けている。グローバル社会の変化としては、資源の供給の制約や気候変動などがある。国内の現状では、GDP成長の鈍化や人口減少などがある。顧客視点に立ってみると、人手不足や、自立化・自動化、省エネ・エナジートランジションへの対応が喫緊の課題だ。三菱重工業はこれらに対し、多様な強みを組み合わせて価値提供してきた。花田氏は多様性が強みになっていることを実感しているという。

「多様性が強いと、引き出しからいろいろなものが出せます。状況に応じて組み合わせていくことが、継続していけるポイントです。そこに漏れなくついてくるのが、DXというキーワードです」(花田氏)

同社ではエナジー、物流・冷熱・ドライブシステム、プラント・インフラ、航空・防衛・宇宙という4つの事業基盤があり、それぞれでデジタル技術の活用を高度成長期から長年行ってきた。2022年、事業分野を問わず、さらにDXを加速させるために立ち上がったのが、同氏が在籍するデジタルイノベーション本部だ。

  • デジタルイノベーション本部の組織図と役割

デジタルイノベーションの取り組みはIT領域、OT領域の二軸で進められている。IT領域では内部プロセス変革を通じて、ビジネスの競争力強化や生産性向上を目指している。OT領域では製品の強化に加え、新たなビジネスモデルの創出を掲げる。

  • デジタルイノベーションの領域と、それぞれの取り組み

花田氏によると、三菱重工業のDXは知の蓄積、多様性を中心に進められているという。同社にはコア技術が約50、技術分類は約700、製品が500以上ある。さらに長年「ミッションクリティカル」と呼ばれる高い信頼性が求められる要素に携わってきたことなどから、知の蓄積がなされてきた。これらに製品のノウハウや運用実績といった多様な強みを組み合わせることで、価値提供・課題解決を行っていくアプローチを採っている。

デジタル活動のコンセプトとして掲げられているのは「ΣSynX(シグマシンクス)」だ。Σは“総和”、Synは“同調”、Xは“未来”を示しており、標準ツール、プロダクト、エコシステム、セキュリティという4つの要素がひも付く。そのうえで目指すのは、CO2回収効率化やカ-ボンニュートラル電力の供給などの社会実装の加速だ。

分断しているデータやプロセスの課題解決

ここから花田氏は、IT領域における内部プロセス変革の取り組みを紹介した。三菱重工業にはビジネスユニットが約30あり、それぞれの事業で多様な改善を進めてきた。その結果、各ユニットで分断しているデータやプロセスが課題になっていた。

そこで、シームレスなデータによる全体最適という文脈から製造現場で強く進めている改革が、ソフトウェアの部品化、標準化だ。生産活動の一連の流れにあるコアな共通作業においては、どの事業においても同じやり方で、同じソフトウェアを使っていくことで、無駄を省こうとしている。

「事業も違いますし、事業の規模や生産方式も異なっていますが、生産管理や経理、調達、製造という流れで見ていくと共通項がありました。そこを徹底的に共通化することで、全体最適の実現を狙っています。製品についても、隣の事業部で似たような製品をつくってしまう類似製品や類似ソリューションが出てきているところは無駄になります。それを避けるために、共通の部品を使ってモジュール化していこうとしています」(花田氏)

生産活動は「データが流れていく活動」だと同氏は言う。そこで重要なのが、データマネージメント、ガバナンス、利活用の方法だ。

「つながったデータがどういう意味を持っているのか、データの意味を捉えながら構造化していくことが大切です」(花田氏)

三菱重工業のDX事例

講演の後半、花田氏はOT領域でのDX事例をいくつか紹介した。

ガスタービンの目標出力には、デジタルツインを利用しており、そこに同社の物理モデルを組み合わせることによって、より精緻に分析、解析。予測モデルを作成し、制御の最適化を実現している。

オペレーションの最適化では、ごみ焼却設備の事例を挙げた。従来は運転員が燃焼効率をいかに上げるかを手動で調整していたが、さまざまな計測データから予測モデルをつくることで、先読みして制御することが可能になった。その結果、手動操作回数が90%削減できたそうだ。

また、MR(Mixed Reality)グラスを活用した事例としては、機能据付工事や組み立て作業がある。レイアウトを決めるときに、従来は手作業でマーキングをしていたが、MRグラスを通してマーキング位置をデジタル表示することで、手作業が一切なくなり、97%の工数削減につながった。

その他にも、巡回点検のスマート化の取り組みや、熟練者不足・人手不足解消のためのAIやロボットの導入事例などを紹介した同氏は、現場でデジタルソリューションを活用するときには、UXの観点が切り離せないと強調した。

「人間がどう認知や行動をし、どこに負担があるのかといった要素を分析して課題解決していかないと、最後にアプリケーションをつくった際、意味のあるアプリケーションにならないことが多いと感じています」(花田氏)

アジャイル開発によるEX向上

続いて花田氏は、体験デザインと体験価値について話を展開した。三菱重工業では、従業員体験を設計するためのEXと、顧客体験のデジタル化(CX)の取り組みも進めている。

EX向上のため進んでいるのが 、業務で使用するアプリケーションのアジャイル開発だ。従来は、さまざまな要件をユーザーにヒアリングし、それをどう落とし込んでいくか机上で検討。テストを経て、プロダクトとしてウォーターフォールで積み上げていくアプローチを採っていた。現在は、MVP(Minimum Viable Product)を採用し、よりスピード感のある進め方にシフトしている。

取り組み当初の2020年には38だったEXに関わるアプリの数は、2024年には約1000に拡大。各アプリが業務カテゴリーに分解されて、社内で共通に使える標準アプリケーションになっているため、「どんどんユーザーが増えている」と同氏は話した。

また、EX改善をより促進するために社内コミュニティを活用。誰もがアジャイルでアプリケーションの開発ができるような教育、クオリティを担保するためのガイドラインやルールの策定にも力を入れている。

「スキルを養うときに、我々が重視しているのはコミュニティです。知の積み上げ、創造という建設的なやり取りをしながら、コミュニティの中で開発していくことが非常に重要だと考えています。こういう場を積極的につくって、EX活動を進めています」(花田氏)