デジタルを通じ、顧客に新たな価値を創出することを目標に、ヤンマーグループはデジタル変革に取り組んでいる。その根幹にあるのは「HANASAKA」の精神だという。

6月19日~20日に開催されたオンラインイベント「TECH+セミナー 製造業DX 2025 Jun. 世界をリードするものづくりへ」で、ヤンマーホールディングス 取締役 CDOの奥山博史氏が登壇。「ものづくり復権のためのデジタル変革 by ヤンマー」と題し、同社が取り組んだデジタル変革について説明した。

ヤンマーのデジタル戦略とは

ヤンマーグループは、中期経営計画の戦略の1つとして、「HANASAKAの推進」を掲げている。HANASAKAとは、いろいろな新しいことにチャレンジする人たちを周りの人たちや会社がしっかりサポートし、自己実現や成果に結びつけて、花を咲かせる取り組みを指す。これはヤンマーグループ全体で大切にしているものであり、デジタルの文脈でも活動の根幹になっている部分だと奥山氏は話す。

同グループでは、デジタル戦略として「インフラ整備とセキュリティの強化」「データ基盤の再構築、基幹システムの刷新」「草の根DX施策・グループ展開(Quick win)」「AI・データ活用・分析」という4つを重点取り組み事項として進めている。これらの取り組みを進めるうえで重要なのが「ぐるぐるモデル」、すなわちヤンマー流のPDCAだ。

  • ぐるぐるモデルのイメージ図

「ぐるぐるモデルを1年に1回しか回さない場合は、そこで40%改善しても、1年後に1.4にしかなりません。しかし、1年で365回回すことができれば、1日あたりの改善幅がたった0.1%でも、365日で1.44になり、40%改善した場合を上回ります。40%の改善をするのはすごく難しいですが、0.1%の改善であれば、毎日でもできます。これがまさにデジタル化の要点なのです」(奥山氏)

  • 改善回数と改善率による創出価値

HANASAKA精神でDXのキーマンを育てる

奥山氏は「自ら勉強してRPAを使ったり、機械学習を使ったりして、自分の業務の生産性や価値を上げている人は、どんな組織にも5~10%いる」と言う。

ヤンマーグループではそのような人たちを見つけ出し、コミュニティをつくり、彼らのベストプラクティスを情報共有したり、専門家を呼んで勉強会を開催したりする活動を会社としてバックアップする体制をとっている。社員全員をデジタル人材にするために最初から大きな投資をすることは難しい。そこでまずはデジタルに興味のあるイノベーターやアーリーアダプターに集中的にサポートをして、現場での事例と成果をつくり出すことが狙いだ。ここで出た成果を社内に広め、徐々にデジタルの価値を浸透させていく。同社のデジタルコミュニティは今、約2500名の組織となり、「すでにアーリーアダプターを通り越して、マジョリティまで浸透してきたと実感している」と同氏はその成果を語った。

トランスレーター人材の強化がカギ

では、デジタル化を進めるにあたり、どのような人材が必要なのか。奥山氏は「3つの人材が必要」だと話す。

まずは、実際に顧客に対して直接価値をつくって届けていく「ビジネス」の人だ。次に、ビジネスを通じて出てきた多様なデータを取得して貯める、基幹システムやデータ基盤をマネージする「ITインフラ」の人が必要である。そして、貯めたデータを分析して、顧客に価値があるアウトプットとしてビジネス側に渡す「データ分析」の人も欠かせない。

「ITスペシャリストやデータサイエンティストは、採用も育成も難しいですが、比較的定義しやすいスキルセットです。一方、どういうデータを、どう分析して、どうアウトプットにすると顧客の価値につながるのかを考えるトランスレーターの人材は、どういうスキルを持っていればいいのか、どう育成するのかが見えにくいと考えていました。我々は、ビジネスの側で、もともとデジタルに興味がある人たちをサポートして成長してもらい、トランスレーター人材をつくることを目指しており、こういった活動を『草の根DX』と呼んでいます」(奥山氏)

  • デジタル人材の分類

具体的には、RPAによる自動化、ローコードツールによる自動化、生成AIの活用などを現場で実践。さらにコミュニティをつくって情報共有や相互サポートの場としている。ここで生まれた成果は経営会議で発表したり、動画を全社に配信したりすることで、現場で取り組んでいる人たちのモチベーションを上げると同時に、「『他ではこんなことをやっている』という密かなプレッシャーにもなることも狙っている」と同氏は説明した。

生成AIの活用も推進

ヤンマーグループでは自社版のChatGPTも使い始めており、RAG(検索拡張生成)で内部のデータベースとつなぎ、過去のナレッジを活かす取り組みも進んでいるという。

これまでは、工場の生産設備が故障したときには、何千ページもあるマニュアルから該当する部分を探して修理方法を探していたが、マニュアルをRAGで生成AIにつなぐことで、該当箇所をダイレクトにチェックすることができる機能を実装した。

一方でRAGはドキュメント化されていないノウハウ等を学習させることが難しいとされている。これについて奥山氏は「今後はマイスター型が重要になる」と語った。

「マルチモーダルが進むと動画から学習することができるので、今までなかなか言語化が難しく、AIが学習できなかったことも学習できるようになります。具体的に言うと、機械が壊れたとき、ベテランは何気なく修理してしまうわけです。修理のコツをなかなか言語化できない人もいて、それを初めての人に伝えるのは、チャレンジなところがあります。しかし、修理している姿を動画で撮って、データとして集めてAIに学習させれば、本人が言語化できないことでも、AIが学習できる。そうなれば、マイスターが持っている暗黙値もしっかり継承できるかたちになります。このような点を1つの技術課題として、取り組んでいるところです」(奥山氏)

一方で、スムーズに生成AIの活用が進んだわけではない部分もある。同氏によると、活用の取り組みの進みが遅い事業部は期待値が高すぎて、「これだったら人間がやった方が早い」と、すぐ諦めてしまう傾向にあるそうだ。

「生成AIを使うと何ができるのかという発想で取り組むと、新たに課題をつくらないといけなくなり、取り組みはなかなか進みません。生成AIは人間の生産性を上げるもの、あるいは課題を生成AIでどう解決できるのかという視点を持ち、生成AIに対する期待値を調整することが非常に重要だと感じています」(奥山氏)

同氏は最後に、「ぐるぐるモデルを実現していくと、日本の製造業や産業界も活性化していく。ぜひ一緒に頑張っていけたら」と呼びかけ、講演を終えた。