6月19日~20日、「稼ぐ力」を向上するための具体的な対策や事例を通じて、日本の製造業が身につけるべき競争力について紐解くオンラインイベント「TECH+セミナー 製造業DX 2025 Jun. 世界をリードするものづくりへ」が開催された。
6月19日の基調講演では、シナ・コーポレーション 代表取締役の遠藤功氏が、「デジタルテクノロジーで現場力をアップデートしよう」と題し、製造業の競争力を高めるために必要な現場力について説明した。
成功の鍵は現場力のアップデートにある
遠藤氏は冒頭、製造業全般で見ると、2つの大きな流れがあると指摘した。1つはコモディティ化の潮流で、もう1つはデジタルテクノロジーの活用だという。
コモディティ化とは、製造される製品がどこでもつくれるようなものになり、企業が収益をあげることが難しくなっている状態だ。
「業績をあげている会社は、コモディティ化の潮流に抗うように高付加価値化、他の会社にはつくれないような差別化された価値を生み出すということにフォーカスして、大きな成果を挙げています」(遠藤氏)
デジタルテクノロジーの活用では、新たなテクノロジーを活用することによって、生産性、効率性、品質、さらには新しい付加価値を生み出すことに挑戦していくことが重要で、その根底にあるのが現場力だと同氏は指摘する。
「現場力が高い企業は、テクノロジーを効果的に使い、新しい付加価値を生み出し、生産性や効率性を高めることに成功しています。これからの成功の鍵は、現場力のアップデートにあるのです」(遠藤氏)
同氏は、現場力のアップデートの成功企業として、トヨタ自動車とスーパーのヤオコーを挙げた。この2つの会社には現場力という考え方を経営の中核に据え、現場力を高めることで競争力を高め、収益をあげることに成功しているという共通点があるという。
トヨタの現場力は、二律背反で一見トレードオフになりがちな課題を、現場の知恵、創意工夫で克服する力を愚直に磨いてきた点に強みがある。例えば同社は、コストと品質という一見矛盾する問題を「カイゼン」によって解決し、「世界一の自動車メーカーになった」と遠藤氏は分析した。
一方のヤオコーは、パート社員が決められた作業を淡々とやるのではなく、顧客に喜んでもらうためのさまざまな工夫を自分たちで生み出し、実践することで、顧客に支持される店舗ができているそうだ。
「このボトムアップの力が、競争力の源泉になっているわけです。企業の現場には知恵が眠っています。創意工夫する力があります。しかし、この力は潜在的です。潜在能力があっても、それを発掘し、磨いて、大きな経営の力に変えなければ、競争力にはなりません」(遠藤氏)
現場力が重要な2つの理由
では、なぜ、現場力が大事なのか。遠藤氏によると、1つ目は実行力だ。もともと日本企業は、実行力が強い現場力があると言われてきたが、多くの企業は実行力を失い、実行できない会社になってしまっているという。
2つ目は、戦略は比較的簡単に真似されてしまうからだと同氏は話す。
「戦略が同質化すれば、どこで勝負が決まるかと言えば、まさに実行できるかどうか。現場力という組織能力、ケイパビリティが高い会社は、実行で勝てるのです」(遠藤氏)
ソシオークが取り組んだ現場力のアップデート
遠藤氏は、改善に取り組んで成長している企業として、社会課題を解決する多様なサービスを提供するソシオークの事例を紹介した。
同社はお弁当屋からスタートし、学校給食事業や保育事業などを展開。現在では、自動運転や公共ライドシェアといったモビリティサービス事業、福祉事業など、さまざまな社会課題を解決する事業を行っている。
実はソシオークは約10年前、現場に活気がない、人が辞めてしまうという課題を抱えていた。そこで遠藤氏が、大きな問題をいきなり解決するのではなく、自分たちをより良くするために足元の小さな問題でもいいので、自分たちで知恵を出して改善していくことを提案したという。
ソシオークの改善レポート提出件数は、2015年当初は2000枚程度で、足元の小さな改善が中心だったが、2024年には1万件近い改善レポートが提出されるようになり、「質的にも驚くような改善の成果を挙げている」と同氏は語った。
同社は2015年当時、売上高100億円程度の会社だったが、10年たった今では4倍の400億円に近い売上高を達成している。
「現場力によって生み出される価値が、お客さまに伝わり、マーケットに伝わり、そしてより多くの引き合いをいただくことでブランドになり、会社として成長することができました。まさに、現場力というものが会社をブランド化して、他の会社にはないような存在になるということを証明しているのです」(遠藤氏)
大切なのは微差力にこだわる考え方
遠藤氏は小さな改善を「微差」と呼び、微差力にこだわる考え方が大事だと強調した。
「改善と言うと、大きな改善をしろ、もっと大きな成果を出せ、と考えがちですが、小さな問題を自分たちで解決することによって、現場のオペレーションは安定します。それによって残業が減ったり、つまらない問題がなくなったりします。この微差にこだわって足元を自分たちで改善していくことを、まずは習慣として身につけていく必要があるのです」(遠藤氏)
また同氏は、多くの人が微差を生み出せることが重要であり、問題解決できる人、改善できる人、改善しようとする人を育てることが何より大切だとした。微差を競争力にするためには、全員参加かつ継続的にやることが重要なのだ。
新しい現場力の強化も
講演の最後に遠藤氏は新しい現場力に言及した。これにはいくつかの要素があり、そのうちの1つがテクノロジーの活用だという。その代表例がノーコードローコードツールやAIであり、これによって、今まではできなかったような問題解決ができるようになっていくと話す。
現場においても、これらのテクノロジーを用い、伝達や指示の効率化、情報の見える化など、自分たちで生産性を高めていくことが可能になるのだ。
「一番大事なことは、現場の主体性を取り戻すことだと思います。現場が主体的に問題と向き合い、解決していく、改善していく。現場の主体性がなければ、現場力は強化できません」(遠藤氏)