2025年6月9日~12日にかけ、米国サンフランシスコでDatabricksがデータとAIに関する世界最大のカンファレンス「Data + AI Summit」を開催した。同イベントに参加したデータブリックス・ジャパン 社長の笹俊文氏とエンタープライズソリューション二部 部長の倉光怜氏に、今回のイベントで発表内容、それが日本市場にどのように影響を与えるのか、それらを踏まえた日本の今後のビジネス戦略について話を聞いた。

  • データブリックス・ジャパン 社長の笹俊文氏(右)とエンタープライズソリューション二部 部長の倉光怜氏

    データブリックス・ジャパン 社長の笹俊文氏(右)とエンタープライズソリューション二部 部長の倉光怜氏

新機能への期待と反響、日本が最も注目したのは「Lakebase」

今回のサミットでは「データとAIの民主化」が一貫したテーマとして掲げられた。それを実現するための、多数の新機能も発表された。なかでも注目すべきものとしては「Unity Catalog」の機能強化、AIアプリケーションとエージェント向けの新オペレーショナルデータベース「Lakebase」、コーディング不要でデータパイプラインを構築できる「Lakeflow Designer」、そしてビジネスユーザー向けの統一インターフェース「Databricks One」、AIエージェント構築の新アプローチ「Agent Bricks」などである。

今回の発表全体について笹氏は「Unity Catalogが“Databricksのカタログ機能”という枠を超え、他社ソリューションにもデータマスキングなどの制御が可能なオープンテーブルフォーマットに進化した点が、ユーザーに深く理解された」と分析する。

これは、データが「宝」である一方で、その自由な利用には制御が不可欠との課題に対する解決策として、ユーザーに広く認識されたことを意味する。

  • Data + AI Summit熱弁を振るうDatabricks 創業者兼CEO アリ・ゴディシ氏

    Data + AI Summitで熱弁を振るうDatabricks 創業者兼CEO アリ・ゴディシ氏

また、Lakeflow Designerの登場もかなりのインパクトがある。笹氏は「これによりPythonやSQLが書けない人でもデータの準備ができるようになり、データを使う人と準備する人(データエンジニア)との橋渡しが楽になる」と述べ、ユーザーの使い勝手の裾野が広がる方向性を示す。

Lakeflow Designerは、ノーコードのETL(Extract:抽出、Transform:変換、Load:書き出し)機能だ。ドラッグ&ドロップ操作や自然言語によるAIアシスタントを使い、本番環境に対応したデータパイプラインを容易に構築できる。

一方で、日本の顧客から最も大きな反響があったのは、新しいオペレーショナルデータベースのLakebaseを倉光氏は挙げる。Lakebaseは、レイクハウスとシームレスに連携するPostgresデータベースであり、従来のOLTPが抱える管理の複雑さやコスト、ベンダーロックインのリスクといった課題を解消し、AI時代の高速・高信頼なデータ要件に対応できるとのことだ。

倉光氏は「オンプレミスのデータベースの運用に苦労している顧客は多く、東京リージョンでの即時利用を望む声がかなり多かった」と強調する。笹氏も、Lakebaseの真価は、AIエージェントが大規模に稼働するBtoCシナリオなど、オペレーショナルデータベースに高速・高頻度なクエリが求められる「次の世界」で発揮されるとの見解だ。

さらに、ビジネスユーザー向けのシンプルUIとして発表されたDatabricks Oneも、日本市場での期待が高い。

倉光氏は「これまでの画面は、どちらかと言えばエンジニア向けでビジーすぎるとのフィードバックが多数あった。データを見るだけといったシンプルな利用を望むユーザー向けに、Databricks Oneが提供される意義は大きい」と述べる。笹氏も「ビジネスユーザーの裾野を広げ、余計なことをさせないためにあえて入り口を狭めることは有効だ」と付け加えた。

日本特有の壁、「技術者向け」「オープン性への無理解」「データを貯め込む文化」

今回の各種発表は画期的な内容のものが多い。とはいえ、これらを日本市場に浸透させる上では課題もあるだろう。まずは、Databricks OneのようなシンプルなUIが提供されたとはいえ、全体としてDatabricksは「技術者向け」の印象が強い。

笹氏は「ビジネスユーザーが直感的に操作できるレベルには至っていない。慣れの部分もある」としつつも、エンジニア向けのイメージをいかにして払拭するかが今後さらに求められるだろう。

また、「オープン性」に対する日本市場の理解度のギャップも笹氏は挙げている。同氏は「『オープン性』という言葉だけでは顧客は少し戸惑うが、『ベンダーロックインは大丈夫ですか』と問うと、非常に強い反応がある」という。これは同じ課題を指すが、日本では捉えられ方が異なると指摘している。

日本企業は、過去の経験からベンダーロックインによる価格高騰やデータ活用の制限を問題視しているものの「オープンテーブルフォーマットがそれを解決することを、まだ理解しておらず、そのことが浸透していない」のが現状だと言う。この点は、さらなる啓蒙が必要だとの認識を示している。

AIの採用に関しても、日本の多くの企業が実験段階にある。今回、発表されたAIエージェント構築の新アプローチであるAgent Bricksも「日本の顧客のユースケースとしては、社内文書からの情報抽出や顧客の声分析といった内部改善が中心となるだろう」と倉光氏は述べる。

笹氏も「機能的に可能だとしても、ビジネスの目的に合った成果を出すまでにはタイムラグがある」と指摘。真のビジネス価値創出には、まだ時間が必要とのことだ。特に、AIエージェントが企業内にあるすべてのデータを統合して横断的に活用し、BtoCシナリオで大規模に機能するような世界の実現は日本では少し時間がかかるとの見立てだ。

さらに、データとAIの活用度合いにおいて、米国と日本の間にギャップがあることも課題として認識している。笹氏は、米国のData + AI Summitには、すでにデータブリックス製品を使っているユーザーが数多く参加しており、新機能の発表に対しても参加者から即座に反応がある。

これに対して、日本でのイベント参加者は「今から変えていこう、もしくはこれからDatabricksを入れていこうというユーザーが多いため、温度差が生じる」と説明する。今回のSummitの内容を受けて、これから日本で開催することとなるカンファレンスでは、数多くあった新機能の発表を一度に行うのではなく、優先順位を見極めてトーンを調整する必要がある。笹氏は「日本ではオープンテーブルフォーマットの知識レベルもまだ十分とは言えない」とのことだ。

日本に根強い「まずはデータを貯め込む」という文化も、AI時代への移行を阻む要因となる。笹氏は「AIは『システム納品型』ではなく、教師データや特徴データが変化し続ける『データ循環型継続モデル』との理解がAIをテーマに掲げる企業では進んでいるものの、まだデータを貯めることに注力する企業も多い」と指摘する。

しかし、Databricksとしては「AIをやろうとの明確な目的がなくても、これからデータを貯めるのであれば、AIに対応したデータプラットフォームを入れるべきだ」というアプローチを前面に押し出すこととなる。

AIを活用した業務改革には、組織体制の変革も不可欠だ。笹氏は「Chief Data & AI Officerという役職が出てきているように、データ統合はダッシュボードだけでなく、人事、顧客、サプライチェーンなどあらゆるビジネスラインが絡む。これまでとは違う組織体制でなければ難しい」と指摘する。

一部の先進的な企業はすでに組織体制を変革し、データを見ながら各部署のビジネスシナリオを作る担当者を配置しているともいう。

BIとAIの分断をなくせ、パートナーと共に目指すデータ活用戦略

これらの課題に対し、日本市場でどのように戦略を進めていくのか。笹氏はAIを企業に浸透させるためには、BI(ビジネスインテリジェンス)とAIを分けて考えるべきではないと強調する。

コンビニエンスストアの需要予測の例を挙げ、昨日の売上や今日の販売状況はBIで確認できる。一方で明日の売上予測はAIでやることとなる。とはいえ、ビジネスを進める立場からは、これらは単なる時系列の延長でしかない。同氏は「これらが分断されているのは、ベンダー側の都合に過ぎない」と主張する。

Databricksのプラットフォームでは、過去・現在・未来のデータが同じ基盤上でシームレスに扱えるようになり、今回発表された新機能を活用することで、ダッシュボードからAIモデルによる予測までが一貫して行えるようになった。

これは「データとAIの統合により、ビジネスの意思決定をより迅速かつ効果的に行える」というDatabricksの核となるメッセージを具現化するものでもある。

日本のSIer依存の構造も意識しつつ、Databricksはパートナー戦略でも明確な方針を打ち出している。笹氏は「DWH(データウェアハウス)はやるが、AIは別でやると分けて考えるSIerとは思想が違う。データ統合とAIを単一の基盤でやるためのプロジェクトとして、Databricksを見てもらえるならばそのパートナーとはぜひ一緒にやりましょうと伝えている」と語る。実際、この方向性に賛同するパートナーは増えているという。

一方で、Databricksの顧客はパートナーからの支援を受けつつ、「自分たちのディレクションと意志が非常に強い」と笹氏は現状を紐解く。これは、データ統合やAI活用といった未踏の領域ではERP(Enterprise Resources Planning)のような既存業務の置き換えとは異なり、AIがビジネスにもたらすベネフィットの方程式がない。そのため、企業が自ら主導権を持って、方向性を考えていかなければならないからだ。

笹氏は「顧客内でのイニシアティブと人材配置、組織体制といった点が、今後は非常に重要になる」と見ている。データブリックスは、日本市場でも「データとAIのリーダー」として市場を牽引していく目標を掲げる。同氏は「24時間365日、データとAIのことを考えているのはDatabricksだけだ」と自負する。そのためにも、今後はユーザーの成功事例の発信に力を入れる。

今回のData + AI Summitでの発表は、データブリックスがデータとAIの統合プラットフォームとして、技術者だけでなく、あらゆるビジネスユーザーにその恩恵を届けるという強い意志を示したものだろう。

  • Data + AI Summit熱弁を振るうDatabricks 創業者兼CEO アリ・ゴディシ氏

    Data + AI Summitで熱弁を振るうDatabricks 創業者兼CEO アリ・ゴディシ氏

日本市場では、その技術的価値をビジネス的価値へ転換し、組織変革をも含めた包括的なアプローチで「データとAIの民主化」を推進していくこととなる。Databricksでは技術面で価値のある「武器」がかなり充実してきた。そして、具体的な戦略・戦術でいかに日本市場で存在感を発揮できるかが、今後の日本市場における成長の鍵となりそうだ。