日興リサーチセンター・山口廣秀理事長に聞く!「トランプショックをどう捉えますか?」

中国、アジア、欧州と連帯して対応すべき

 ─ 今は米トランプ大統領の行動、発言に世界の政治経済が振り回されている状況があります。現状をどう見ますか。

 山口 「トランプショック」によって、世界経済は明らかに危機に向かっているという認識を持っておく必要があると感じています。その危機とは何か。トランプ大統領による関税引き上げ策がグローバルに行われ、中国や欧州の報復関税措置を招く事態になっていますが、これはまさに第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時期に起きた貿易戦争と同じ様相を呈しているように見えます。その戦間期の半ば、1929年に株価の大暴落が始まり、世界は大恐慌に陥りました。当時の世界の貿易量は、一気に60%も減少しました。その意味でも今大きな変化が起き、あの激動の戦間期と似た状況になりかねないと思います。もちろん、今すぐにそのような状況になるとまでは言うつもりはありませんが、必要な危機感を持って世界を見て、世界の大きな流れの中で日本がどうすべきかを見極めていくことが肝要です。

 ─ 人類には、その危機を防ぐ手立てはあるのかどうか。

 山口 危機を防ぐためには、日本一国だけでなく、中国、アジア、欧州とも連携して取り組む必要があります。例えば、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)、RCEP(地域的な包括的経済連携)、日EU経済連携協定、QUAD(日米豪印戦略対話)など、既存の多様な枠組みを最大限に活用し、連帯してトランプ政権に立ち向かっていくことが必要です。ただし、これは勝負を決する戦争ではなく、勝ち負けのない戦いだという認識を各国がしっかりと共有した上で、トランプ政権に対して、これまで世界が築いてきたグローバリゼーション、多国間協調主義、自由貿易体制の重要性を、一体となって訴えていくことが大事です。日本と米国との間でも交渉が進められていますが、もちろん交渉は重要です。しかし、単に自国の利益だけを追求するのではなく、大局的見地に立って、世界全体、あるいはアジアのために何が必要かという発想で対応策を打ち出していくことが求められます。

 ─ 大局観が必要だと。幸いにして、欧州など日本と価値観を同じくする国はありますね。

 山口 ええ。トランプ政権は、そうした国々の連携に対して分断を図るところまではまだ来ていないと思いますが、各国が個別の利害のみを考えてしまうと結果として世界がブロック化する危険性があると思います。

 ─ ブロック化では、まさに戦間期と同じ状況になってしまいますね。

 山口 その通りです。ブロック化を避けるためにも、各国が連帯感を持って対応していくことが必要ではないでしょうか。

企業はトランプショックをどう経営に生かしていくか

 ─ 中国は米国の動きを受けて、自由貿易とサプライチェーンの安定性を守ろうなどと訴えていますが、その点では日本と一致できるわけですか。

 山口 その面では一致できると考えます。中国は、グローバリゼーションも大事だと言っていますから、そこは共通の土俵に乗っているということだと思います。日本としても、そうした中国の姿勢を踏まえて、建設的な関係を築いていくことが大事です。ASEAN(東南アジア諸国連合)も同様です。各国ごとに様々な問題はあると思います。しかし、対米国という点で同じ立ち位置に立って共同歩調を取ることができる部分は少なくないと思います。

 ─ 中国、ロシアは米国との関係の中でASEAN諸国に接近するなど、関係が複雑化しています。

 山口 特にASEANの国々は、どういう立ち位置で米国、中国、ロシアと接すればいいのか、相当悩ましい状況にあると思います。そこで日本が議論をリードする立場に立つことができるかどうかが、極めて重要になってくると思います。

 ─ この状況下で、日本企業はどう生きていくべきだと考えますか。

 山口 トランプショックは、日本企業にとっても外圧です。この外圧を、いかにして企業経営の変革や成長に繋げていくかが非常に重要なポイントです。それは大企業もそうですが、中小企業、さらには零細企業にも同じことが言えます。もっとはっきり言えば、どうやって効率経営を目指していくかということです。日本企業にその力がなくなったということではないと思いますし、人手不足の中で、特に中小・零細企業は、生き残りのために必死に知恵を絞っています。そこに、トランプショックが加わったわけです。人手不足で苦労しているところに、さらに貿易問題も加わってきた。それでもなおかつ頑張る、むしろこのような厳しい状況だからこそ、より一層努力していくという気概が必要ではないでしょうか。

米国主導の国際秩序に変化の兆し

 ─ 25年4月には米国の株価、債券、通貨、全てが売られる「トリプル安」の局面もありました。ドルが揺らいだ場合、世界経済がどうなるか、懸念されています。

 山口 難しいところです。トリプル安は、まさに「米国売り」が始まったということを示しています。これに対して、トランプ政権は敏感に反応する必要に迫られています。

 ─ 相互関税を90日間停止する措置を取ったのも、市場を意識してのことという見方があります。

 山口 それも一因でしょう。そして、個人的には歓迎しませんが、景気対策として金利引き下げが必要ではないかという考えも示しています。しかし、それはドル安をさらに進行させることにもなりかねません。まさに痛し痒しといったところでしょう。ただ、トランプ政権も、自らが打ち出した政策が経済にどのような影響を及ぼすのかを多面的に検討しているのだと思います。株価の下落、金利の上昇、為替のドル安といった現象が、どのような意味を持つのかは十分に意識しているはずです。1つだけ言えるのは、極端なドル安は好まないけれども、ある程度のドル安はウェルカムだという思いがあるのかもしれません。今後、ベッセント財務長官と加藤勝信財務大臣との交渉などを通じて、その考え方がより明らかになってくるのではないでしょうか。

 ─ 1971年の「ニクソンショック」の時には、円高に持っていこうとしたわけですね。当時から為替戦争は始まったと言っていいでしょうか。

 山口 要するに、「ブレトン・ウッズ体制」(第2次大戦後に米国を中心に作られた、為替相場安定のメカニズム)が、あの時点で崩壊したわけです。

 新しい体制にしなければならないということで、金・ドルの兌換を停止し、変動相場制へと移行するという大きな転換がなされました。その結果として、日本は1ドル=360円体制から円高へと移行していったわけですが、それでも不十分だということで、1985年の「プラザ合意」(日米英仏独の先進5カ国(G5)がドル高是正で合意)につながっていきました。

 ─ その歴史的流れの中で出てきたのが、今回のトランプショックだと。

 山口 大きな意味ではそうだと思いますが、米国の力はその当時に比べても大きく低下しています。その国力の低下に見合う形でドル安が望ましいと考えるようになっているのだと思います。同時に、ドルが今後も基軸通貨としての地位を維持できるのかどうかという問題意識も生まれてきています。ただし、すぐにドルに取って代わることができる通貨が現実にあるわけではないので、そこまで行く話ではないと思います。しかし、そこまで行かない範囲でドル安を促し、それによって貿易収支を少しでも改善したいというのが、トランプ政権の本音ではないかと思います。

 ─ 日本は世界のGDP(国内総生産)に占める割合が4%を切るなど、相対的に弱くなっていますね。国力が低下していると言われる米国でも25%ほどを占めている。

 山口 日本の潜在成長率は0%台前半まで低下してきています。一方、米国は2%台、欧州も1%台です。このように見ると、日本の国力は相対的位置関係としても低下してきていますし、絶対水準で見ても低いと言わざるを得ません。

 ─ この状況を改善するために必要なことは?

 山口 潜在成長率を引き上げるために必要なことは、「新陳代謝」です。「優勝劣敗」というと厳しく聞こえるかもしれませんが、やはり新陳代謝が作動し、その結果経済全体の生産性が上昇しないといけません。

痛みの伴う政策が時には必要

 ─ 1人ひとりの国民の意識も大事になってくると思うのですが。

 山口 その通りです。特に大きいのは、安易に大幅な財政出動や大規模な金融緩和を求めるような、ある種の「甘え」の雰囲気が国民の側にもあるのではないかということです。改めて、国の政策に頼るのではなく、自助自立の覚悟が求められているのではないでしょうか。様々な意味で政治の役割は大きいと思います。米中対立の中で、日本らしい米国との関係、中国との関係を念頭に置きながら、米中の間に立って両国の調和、ひいては世界・アジアの安定を模索していく役割が日本には求められています。大変困難なことですがやらなければなりません。そのための覚悟を政治にしっかりと持ってもらう必要があります。

 ─ こうした状況下で、日本銀行による金融政策はどうあるべきだと考えますか。

 山口 消費者物価の上昇率が2%を超える状態が3年続いており、デフレからははっきりと脱却したと言えます。政府による電気料金やガス料金などの補助金政策によって物価上昇率が実態よりも低く見えていますが、実勢は前年比3%程度の高い上昇率になっています。国民から物価高への不満の声が出てきているのも、それが原因です。日銀が引き締め方向の政策を行っていくことが、すでに適切な状態になっています。しかし、実質金利はまだマイナスです。これを一気に引き上げていくわけにはいきませんから、少しでも利上げをして、マイナス金利の幅を縮小する努力をしていくということです。それでも実体としては金融緩和の状況に変わりはありません。

 ─ 日銀は国債、ETF(上場投資信託)も大量に保有しています。これをどう減らすかも課題です。

 山口 日銀は長期的な方向感を出していますが、それをさらに進めて、より早いペースで減額する方向に持っていけるかは、いずれ問われると思います。マーケットに大きなインパクトを与えたくないという気持ちは理解できますが、これだけ大量の国債等を保有している以上、多少マーケットに影響が出ることは覚悟しなければなりません。変化の激しい時代に慎重な対応だけを心掛けていたのでは、やらなければならないことを前に進めることはできません。

 ─ 先ほど自助自立という言葉がありましたが、自助、共助、公助の精神で現秩序を見つめ直す必要があると思いますが。

 山口 そうですね。例えば、今後の社会保障のあり方について、政府部内での検討が十分に進んでいるのか、私は心配しています。政府としては、国民に対して、今のままの社会保障を続けていくと将来的に財政が立ち行かなくなる可能性があるという厳しい現実を、責任を持って伝えるべきだと思います。単に年金給付を増やすといった耳ざわりの良いことばかり言うのではなく、時には国民に痛みを伴う改革も必要だということを、明確に言うべきだと思います。

 ─ 国、企業、個人、それぞれが意識の変化を求められていると。

 山口 制度などを変えていく場合には、国民の強い反発が生じる可能性を無視はできません。しかし、必要な改革は勇気を持って打ち出していく、その覚悟が今こそ必要です。長年にわたって指摘され続けてきた日本社会の様々な課題も、トランプショックのような大きな外圧がかかっている今だからこそ、思い切って解決に向けてかじを切ることができる筈です。その意味で、トランプショックは日本にとって「よい外圧」と言えます。あるいは、そう受け止めて、この国をよりよい方向に変えていくためのきっかけにしていくべきだと思います。危機を克服していくには、そういう覚悟が何よりも重要です。日本がそう動くことで、世界、あるいはアジアを変えていく契機になるかもしれません。