
「これまでお会いした社長の中で一番印象に残っている人誰ですか?」と聞かれることが多い。
しかし、一人に絞るのは難しい。社長はみなさん個性的で、かつ、多面性をお持ちで、どこから見るかで、その魅力も変わる。そして、いずれの社長も発せられる言葉に力がある。今回は、その中で印象に残っている言葉をひとつ紹介したい。
「神様は、乗り越えられない試練は与えないんだよ」
この言葉を下さったのは、タビオの越智直正会長(当時)だ。対談したのは2009年、16年も前になる。
越智さんは、15歳で靴下メーカーに丁稚奉公し、28歳で独立。独立当時は、元丁稚奉公先からの嫌がらせもあり、走りくるトラックに身を投げようとしたこともあるという。波瀾万丈の人生の詳細をここで語ることは控えるが、そんな越智さんの冒頭の言葉は、今も忘れられないし、辛い時にいつも思い出す。
2009年当時のタビオは、英国の高級百貨店・ハロッズから出店を求められるほどの企業へと成長しており、その成長を支えたのは、越智さんの靴下に対する揺るぎない情熱に他ならない。「靴下しか知らないから靴下しかないのです」とおっしゃるが、そこにあるのは〝他に選択肢がなかった〟という消極的な理由ではなく、むしろ、靴下を極めようとする圧倒的な覚悟だった。
「油断したら靴下のことを考えていました。ぼーっとしていたら、靴下のことを考えています」と言う越智さんの頭の中は、常に靴下でいっぱいだった。品質、製造、販売のすべてに心を砕き、売れ残りや欠品を防ぐために、自ら勉強して、まだ世の中に言葉として存在していなかった「サプライチェーンマネジメント」の仕組みを確立した。
世界一の靴下をつくり、多くの人々に届けることを追求する姿勢は、単なる「靴下好き」を超え、もはや人生そのものと言っていい。「靴下は自分の競争相手」と言いきる越智さんにとって、経営とは何か。それは、「商品の研究に尽きる」という明快な哲学だった。
小手先の販売戦略に頼ろうとする経営者に対し、越智さんはこう言う。
「商品の研究をして、この値段が正当か、商人として良心的か。それが根本になければ、売り方をいくら研究しても、術は破られます。術を研究するのは、あほがやることです」
ときに関西弁で辛口な表現もあったが、越智さんの言葉には不思議と温かみがある。その語り口からは、靴下とともに歩んできた山あり谷ありの人生が滲み出ていた。