「デジタルの力で新たな価値を創る」——明確なパーパスを掲げ、総合商社の枠を超えた変革を推進する三井物産。5月19日~22日に開催されたオンラインセミナー「TECH+ Business Transformation Summit 2025 May. 課題ごとに描く『変革』のミライ」において、同社 デジタル総合戦略部 部長 浅野謙吾氏がその全貌を明らかにした。
グローバル巨艦、その舵取りの難しさ
浅野氏はまず、三井物産の企業規模と特徴を説明した。
三井物産の事業領域は多岐にわたる。同社は16の事業本部を持ち、それぞれ金属資源、エネルギー、機械・インフラといった7つのオペレーティングセグメントに分類される。これらの事業は、62カ国・地域124拠点で展開。約475社の連結関係会社を持ち※1、グローバルで約5万6400人の従業員を抱える※2。
※1:2025年4月1日現在、※2:2025年3月31日現在
連結関係会社が常に一定ではないという点も特徴だ。新たな投資を行ったり、状況に応じ会社を売却したりと、事業会社群が増減するなかでオペレーションを行う必要がある。また、出資比率も多様であり、100%だけでなく、51%の株式を保有し、他社株主と協働するケースや20%のシェアしか持たないケースもある。
同氏によると、こうした事業領域や地域の広さ、関係会社の数、事業ポートフォリオの入れ替え、出資比率の多様性を考慮しながら、いかにスピード感を失わずDXを安定的に推進するかが、デジタル総合戦略部の課題だという。
デジタルはあくまで手段 - "価値創造"を核にした組織づくり
デジタル総合戦略部のパーパスは「デジタルの力で新たな価値を創る」。浅野氏は「デジタルを使うこと自体が目的ではなく、デジタルの力を活用して価値を生み出すこと、それが我々の目的」だと強調する。
同部では、DXを「人と組織の意識と行動の変革」と定義し、経営戦略とデジタル戦略を一方通行ではなく「連動」させることを重要な基軸としている。「テクノロジーの進化が経営戦略を変えることもある」という双方向の視点は、単なるDX部門を超えた戦略的思考だ。さらに、単体と連結双方のグループ目線、中長期設計、投資効果の明確化、そして人材育成に重きを置く。
2020年にはCIOとCDOを統合し、CDIOというポジションを設置。実務レベルでも、従来のIT推進部と経営企画部内にあったDigital Transformationチーム、各事業セグメント・事業本部に分散していたコーポレートシステム機能を2020年にデジタル総合戦略部に統合した。
経営戦略とDX戦略の連動を実現するため、2009年に設置した「情報戦略委員会」では現在、CDIOが委員長を務め、デジタル総合戦略部が関係部署と一緒に戦略立案し、重要プロジェクトを推進している。
現在、デジタル総合戦略部のグローバル社員は26拠点で約215名に上るという。
事業・データ・人材が三位一体となった総合戦略
三井物産のDX総合戦略は、2020年に策定された以下の3つの柱からなる。
1. DX事業戦略
第一の柱は「DX事業戦略」だ。デジタル技術活用による事業価値向上を、生産効率化「S1」、既存事業の競争力強化「S2」、新規事業モデルの創出「T」の3つのカテゴリに分類する。この3つは独立したものではなく、互いに連動する価値創造の戦略だという。
「デジタル化によって効率化を図ると、例えば10人でやっていた仕事が7人でできるようになります。残りの3人を別の組織に配置転換すれば売上向上につながる可能性があるのです。つまり、S1がS2やTにも波及していくのです」(浅野氏)
また、これらを加速する「戦略的DX支援制度」では、中長期的視点で挑戦的なプロジェクトを支援。約4年で29件が承認されている。浅野氏は、このうち特に興味深い事例を紹介した。
インドネシアの港湾コンテナターミナルでは、紙ベースの作業を全面的にデジタルへ移行し、コンテナ運営効率を飛躍的に向上。レベル4自動運転トラックを開発するT2は、深刻なドライバー不足という社会課題に挑む。さらに森林の木々を航空写真からデジタル計測し、CO2吸収量を可視化して森林クレジットとして販売する新事業も誕生した。
アフリカでの農業サプライチェーン事業では、農場からの品質データをデジタル管理し、消費者の安心と生産者支援を両立。ドットミーでは、デジタルデータに基づく製品開発という、従来の総合商社の枠を超えた新たな価値創造も進行中だ。
2. DD(データドリブン)経営戦略
第二の柱「DD(データドリブン)経営戦略」では、データの一元管理とシステムの統一性確保、クラウドベースの基盤構築によるフレキシブルな対応、サイバーセキュリティの強化などを推進している。
総合商社ならではの課題解決として、クラウド活用のアプローチは興味深い。「多様な地域で事業を展開する我々にとって、特定のクラウドサービスに依存することはリスクになる」と浅野氏は説明する。そこで、全てをクラウドベースで構築しながらも、複数のサービスを組み合わせて一元管理できる体制を整えている。さらに、先の事業会社の入れ替わりという商社特有の課題にも対応。「関係会社が増えたり減ったりするなかでも、クラウドベースにすることでフレキシブルに対応できる」と同氏は強調した。
またセキュリティレベルの維持・向上も総合商社にとっては重要な課題だ。
「約470社の連結グループのどこか1カ所でもセキュリティホールが生じると、連結決算に支障をきたす可能性があります。そのため、サイバーセキュリティ原則を策定し、セルフチェックと第三者によるアセスメントの二段構えで常に確認しています」(浅野氏)
3. DX人材戦略
どんなに優れた戦略やシステムも、それを使いこなし、価値を生み出す人材がいなければ画餅に帰す。三井物産が重視するのは、「ビジネスを理解しつつ、デジタル技術にも精通し、事業の価値を上げていけるような人材」だ。同社はこれを「b人材(DXビジネス人材)」と定義し、その育成に注力している。
具体的な育成メニューとして、知識習得のための研修に加え、ブートキャンプ形式での実践的スキル習得、海外ビジネススクールのDX関連プログラムへの派遣など、さまざまな育成メニューを整備。知識と実践の両面からb人材の層を厚くしていく方針だ。採用面でも、インターンシップやキャリア採用、海外採用を積極的に行い、多様なバックグラウンドを持つ人材を獲得し、育成へとつなげている。
協創で未来を拓く
浅野氏は「三井物産が目指すDXとは、デジタルの力で新たな価値を創造すること。そのためには人と組織の意識と行動変革が不可欠」だと改めて強調。さらに「このような取り組みは1社単独で成し遂げられるものではない。我々のグローバルアセットやビジネスアセットを活用して、共に新しい価値を創造していきたいとお考えの企業様がいらっしゃれば、ぜひお声がけいただきたい」と、他企業との価値共創への期待を述べて講演を締めくくった。
三井物産のDX戦略は、グローバルかつ多岐にわたる事業ポートフォリオという複雑な経営環境のなかで、いかにしてデジタル技術を真の価値創造につなげるかという壮大な挑戦だ。その鍵となるのは、明確なビジョン、緻密な戦略、そして何よりも「人」の変革と育成にある。