《 航空連合で陣取り合戦 》シンガポール航空と共同事業へ ANA HDが進める〝連合作戦〟

家族〟の関係になる共同事業

 コロナ禍からの復活を果たした航空業界。中でも日本では旺盛なインバウンド需要が航空会社の追い風となっている。そのことは「海外からどこの航空会社を選んでもらうか」という観点においては、熾烈な競争が始まっていることを意味する。

「世界を代表する2つのブランドが連携し、シナジーを高めることで、お客様がこれまで体験したことのない最高品質の価値を提供する」─。このように力を込めるのはANA社長の井上慎一氏。

 同社とシンガポール航空が協業を深化させる。これまで2社は日本とシンガポール間の航空路線で「共同運航(コードシェア)」を展開してきたが、今回はそこから更に一歩踏み込む。それがジョイントベンチャー(JV、共同事業)だ。

 JVの契約締結によって「両社の顧客はより多くの選択肢を持ち、どちらの航空会社を選んでもシームレスなサービスを受けられる」(同)ようになる。

 航空業界では特有の提携の枠組みがあり、段階に応じて中身が変わる。インターラインと呼ばれる「連帯運送契約」は同一航空券で複数の航空会社にまたがる旅程を実現できるもの。例えれば〝知り合い〟だ。次に「コードシェア」と呼ばれる共同運航。他社の運航便に自社便名を付け、販売やネットワークを強化する。〝友達〟の関係だ。

 さらにこの友達が複数集まった〝公認サークル〟に当たるのが「グローバルアライアンス(航空連合)」。航空連合に加盟すると、加盟社同士のコードシェアに加えて、マイレージやラウンジなど共通サービスを展開できるようになる。世界的な航空連合は3つあり、ANAは「スターアライアンス」に所属する。

 最後がJV。2社がもはや〝家族〟の関係となり、あたかも同じ会社のように共同で様々なビジネスを展開可能になる。通常なら運賃や運航ダイヤなどを調整することは独占禁止法に抵触するが、JVで各国から独占禁止法適用除外の認可を得ることができれば、それが可能になる。

 今回の事例で言えば、日本―シンガポール間の便が両社を足した13便となり、運賃体系も共通化。収入は共有して分配する。日本―シンガポール線が1日3便しかなかったANAにとっては、シンガポール航空の10便が増えると同時に、ANAが飛ばしていなかった福岡、関西、名古屋とも路線が結ばれる。運賃もエコノミークラスの最安値で往復約30万円だったのが同12万円にまで抑えられる。

 ANAにとってJVは今回が初めてではない。既に北米ではユナイテッド航空、欧州では独ルフトハンザ航空とJVを展開済み。シンガポール航空とのJVで「アジア路線という最後のピースが埋まった」(関係者)。そしてJVの展開で「ANAを使ったことがないお客様にも当社のサービスを受けてもらえる」(国際提携部)。海外での同社の認知度向上が期待される。

 ANAは日本でこそ輸送能力で首位だが、グローバルでは21位。首位のユナイテッドとは5倍近い差がある。ちなみに日本航空は33位で「ワンワールド」に加盟。航空連合内の他社と手を結ぶことで自社が飛んでいない路線にもネットワークを広げることができる点がメリットだ。

一変する航空連合のメンバー

 しかしここにきて航空連合の姿が一変している。再編の波だ。他社の傘下に入ることで他の航空連合に移るケースが増えているのだ。象徴的なのがルフトハンザによる伊・ITA(旧アリタリア航空)の買収。買収でITAが所属していたスカイチームからルフトハンザが所属するスターアライアンス入りが濃厚となった。関係者は「欧州路線の勢力図が変わる」と語る。

 さらにルフトハンザはスペインのエア・ヨーロッパの株式取得も目指しており、実現すれば同社もスカイチームからスターアライアンスに移る可能性が高くなる。一方で、スターアライアンスを離脱するケースも。スカンジナビア航空をスカイチームに所属する仏・エールフランスKLMが出資したからだ。

 ANAにとって脅威なのは隣の韓国。同国首位の大韓航空が2位のアシアナ航空を買収したことによりアシアナはスターアライアンスから脱退し、スカイチームに移籍する可能性が高くなった。「買収した大韓航空の規模は我々より上となるだけに、アジアでの脅威的なライバルになる」とANA幹部も語る。

 こういった〝連合形成〟では日本航空がANAの先を行く。既にJVを米アメリカン航空、欧州勢ではブリティッシュ・エアウェイズなどと、そしてアジアではガルーダ・インドネシア航空などと3極で形成済み。世界上位の航空会社と組んで各路線の需要獲得を目指している。

 目下、トランプ米大統領の関税発動により、製造業を中心とした企業のサプライチェーン(供給網)の練り直しが始まっている。井上氏は「現時点では貨物や旅客の需要は減少していない」としつつも、「世界における物流サプライチェーンの変化や、為替や原油価格などの市況、それに伴うモノやヒトの流れの変化を注視しつつ、柔軟に対応していきたい」と方向性を示す。今後、豪州、インド、インドネシア、マレーシアでも独占禁止法適用除外の認可申請を進め、対象国を増やして対象路線を拡大する考えだ。

 企業の生産拠点の移転などによって「これまでとは異なる路線への需要変化が起こり得る」(関係者)だけに、2拠点間だけでなく連合を組んで〝面〟での陣取り合戦を制するかが航空会社の明暗を分けることになる。

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