BNPパリバ証券チーフエコノミスト・河野龍太郎が考える『トランプ関税の帰結』

米国のみならず、グローバル経済を不況リスクに晒すトランプ関税は狂気の沙汰だ。

 ただ、単に自由貿易の重要性を唱えるだけでは、米政権の説得は難しいだろう。それは、近年、自由貿易にも行き過ぎが起こっていたからだ。

 まず、過去四半世紀のグローバリゼーションやIT革命によって、米国を始めとする先進国では、製造業の生産現場を新興国などにシフトするオフショアリングや省力化・無人化が進み、中間的な賃金の仕事が失われていた。中間的な賃金の仕事を失った人は低い賃金の仕事に流れ込み、低い賃金がさらに低くなるため、高賃金の仕事と低賃金の仕事への二極化が加速した。

 また、グローバル企業が最適地生産のため、生産拠点を海外にシフトしたというが、その実態には、規制アービトラージという側面もあった。つまり法人税減免や緩い労働規制が提示されたから、オフショアリングが加速したのだ。グローバル企業の株主や経営者には巨額の利益が転がり込んだが、外部不経済として、先進国の労働者は多大な負担を強いられた。

 こうした米国の有権者の怒りがポピュリスト政権を再び誕生させたのだ。

 振り返れば、第一次トランプ政権で進められた保護主義的政策は、バイデン政権でも修正されなかった。前政権も有権者の怒りが分かっていたからだ。第二次トランプ政権で採用される極端な政策は将来修正されるとしても、保護主義的政策が元の自由貿易に回帰するとは考え難い。相互関税のベースとなる10%関税が将来も維持される可能性はあるだろう。各国企業は、米国で売るものは米国で生産するという新・地産地消戦略を進めるしかないだろう。

 もう一点、考えておくべき点は、一連の関税策が世界経済を不況に陥れるのか、ということだ。トランプ大統領の目標の一つは、政権の遺産を維持することであるため、3年後の大統領選挙の前哨戦となる来年の中間選挙の前に、自らが米国経済をみすみす不況に陥れる可能性は高くはないと多くの人は考えるだろう。筆者もそう思う。

 ただ、歴史的に気になる逸話がある。1929年の米国の大恐慌が世界恐慌につながったのは、米国の保護主義的政策がきっかけになったという見方もさることながら、覇権国家の不在という国際的問題があった。提唱者にちなみ「キンドルバーガーの罠」と呼ばれるものだ。覇権国だった英国は、第一次世界大戦で国力を失い、世界経済の安定を維持するための覇権国の能力を発揮できなかった。当時の米国は、その能力がありながらも、それを果たす政治的意思に欠けていたから、世界恐慌が避けられなかったのだ。

 現在、米国は、世界経済の安定を図るための国際秩序や多国間協定などのグローバル公共財を自ら破壊している。覇権国の不在が明白になってきたが、残る主要国の協力で、大惨事を回避できるだろうか。