アマゾン ウェブ サービス(AWS)ジャパンは5月7日、量子コンピューティングに関する説明会を開催した。最近、従来のコンピューティングでは太刀打ちできない問題を解決するテクノロジーとして、「量子コンピュータ」「量子暗号」など、量子関連に注目が集まっている。

同社は今年3月、量子チップ「Ocelot」を発表したほか、量子コンピューティングサービス「Amazon Braket」を提供しており、量子コンピューティングの実現に向けて取り組んでいる。

Amazon Web Services General manager, Quantum Technologies シモーネ・セヴェリーニ氏は、「量子コンピュータは従来のコンピュータにとって代わるという意見には疑問を感じる」と語りつつも、量子コンピューティングの可能性を紹介した。

  • Amazon Web Services General manager, Quantum Technologies シモーネ・セヴェリーニ氏

量子コンピューティングの基礎知識

初めに、量子コンピューティングの基礎知識を整理しておこう。量子と耳にすることは増えていても、正確に理解していない方もいるかもしれない。

セヴェリーニ氏は、量子力学は原子の世界であり、レーザー、MRI、トランジスタなどの今日の多くの技術に活用されていると説明した。そうした中、量子コンピュータを作ることができる点で注目を集めているという。

量子コンピュータを構成する技術要素に、量子ビット、それからできている量子チップがある。量子ビットはQビットと呼ばれる。量子ビットはビットに似ているが、より高度な特性を持つ。セヴェリーニ氏は、その特徴として、0と1が共存している、電子の2つのエネルギーレベルが重ねあわされていることを挙げた。

そして、量子コンピュータで行われる量子演算は、量子ゲート(従来の論理ゲート+重ね合わせを生み出す量子ゲート)の集合体となっている。量子回路で2つのゲートを接続する。

セヴェリーニ氏は、「量子コンピュータは高速で動作すると言われることがあるが、そうではない。高度なクラスのアルゴリズムで構成されているコンピュータ」と述べた。

量子コンピュータが注目を集めている理由として、セヴェリーニ氏は、指数関数的に少ないゲート数で複数の問題を解決できることを挙げた。考えられる最初のアプリケーションとしては、スーパーコンピュータの現在の利用状況を踏まえ、量子力学のシミュレーションが考えられるという。スーパーコンピュータではシミュレートできない分子を未来の量子コンピュータなら可能になることが見込まれている。

セヴェリーニ氏は、「量子コンピュータの構築は難しい。それはエラーが発生するから」と述べた。現在、1000回に1回というエラーレートまで実現したが、「このレベルではダメ。エラーは最小限に抑えなければいけない」と同氏。そのため、量子コンピュータではエラー訂正が必要となる。

AWSの量子コンピューティングにおける取り組み

AWSは量子コンピューティングを実現するため、専門組織として、2021年、カリフォルニア工科大学のキャンパスにAWS Center for Quantum Computingを設けた。同センターでは、理論とハードウェアの開発に取り組んでいる。同センターでは、前述した量子エラーの訂正に重きを置いており、その研究を進めている。

同社は量子コンピューティングについて、短期と長期の目標を掲げている。前者は「量子コンピューティングの進化に合わせて顧客に技術を提供すること」。後者は「独自の量子コンピュータを構築すること」だ。

前者を具現化するサービスとして、クラウドと量子コンピューティングを組み合わせた「Amazon Braket」を提供している。同サービスにより、さまざまな量子ハードウェアを利用して、量子計算が行える。

  • 「Amazon Braket」で提供しているサービス

セヴェリーニ氏は、クラウドベースで量子コンピューティングを利用するメリットとして、自前で構築すると高価な量子コンピューティングを必要な分だけ使えることを挙げた。運用の負荷も追わなくてよい。

独自の量子チップ「Ocelot」の特徴とは

独自の量子コンピュータを構築する取り組みの一つとなるのが、量子チップ「Ocelot」だ。AWS Center for Quantum Computingで開発された同チップは量子エラー訂正の実装コストを従来のアプローチと比較して最大90%削減できるという。

  • AWS Center for Quantum Computingで開発された量子チップ「Ocelot」

セヴェリーニ氏は、「量子エラーを最小化するとなると、量子ビットではオーバーヘッドが生じ、これに対応するのが難題」と指摘した。この課題に対処するため、AWSは独自の超伝導量子回路を開発。

量子ビットを構築する方法は多数あるが、AWSは超電導方式をとっている。その理由について、セヴェリーニ氏は「他の領域よりも情報があり、超電導素子を作るプロセスは半導体と似ているから」と説明した。

回路は、5つのデータ量子ビット(キャット量子ビット)、データ量子ビットを安定させるための5つの「バッファ回路」、データ量子ビットのエラーを検出するための4つのトランズモン量子ビットという、合計14個のコアコンポーネントで構成されている。

加えて、Ocelotは「キャット量子ビット(cat qubit)」を採用したエラー訂正を設計の最初から組み込んだ設計となっている点が特徴だ。ビット反転を大きく抑制するキャット量子ビットにより、オーバーヘッドを最小化できるという。

  • ノイズバイアス量子ビット「キャット量子ビット」を搭載

セヴェリーニ氏は「Ocelotはあくまでもファーストステップであり、重要なステップ。さらに、Ocelotを足掛かりにして、フォルトトレラントな量子コンピュータを作っていく」と語っていた。