「日本の製造業はダメになった、空洞化したというイメージがあるが、それは間違った思い込み」だと指摘するのは早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター 研究員教授/東京大学 名誉教授/ものづくり改善ネットワーク 代表理事/FTものづくり研究所 代表社員の藤本隆宏氏だ。しかし“失われた30年”のデフレから脱却した今は、さらに生産性を向上させなければ生き残っていくことが難しい。

3月6日に開催された「TECH+セミナー スマートマニュファクチャリング 2025 Mar. めざす工場の姿をデザインする」に同氏が登壇。日本の製造業が勝ち筋を見極め、生き残っていくためにどう考えるべきかを解説した。

データから分かる日本の製造業の伸び

講演冒頭で藤本氏は、日本の製造業が成長していることを裏付ける統計データを示した。まず2023年の日本のGDP(国内総生産)に占める製造業の割合は約22%、付加価値総額は約120兆円で、80年代末の80兆円台から、緩やかながら拡大はしている。

  • 2023年の産業別付加価値総額比

一方、1990年頃の製造業の就業者数は約1500万人で、高卒・高専卒の初任給から推定される若手労働者の月額賃金はおよそ20万円だった。一方、中国製造業の賃金は推定1万円前後で、就業者数は推定2億人。この実に20倍の賃金ハンデにより日本製造業の「苦難の30年」が始まったが、その間、前述のように付加価値総額は縮小しなかった。

さらに、付加価値総額を就業者数で割った付加価値生産性は、30年で、年間約600万円から約1200万円と、ほぼ2倍になった。産業の約8割を占める非製造業が横ばいであったため日本経済全体の付加価値生産性は伸びなかったが、製造業だけを見れば倍増しているのだ。「この付加価値生産性がもっとも重要な指標の1つだ」と同氏は言う。長期的に人手不足の時代に入った現在、国民が豊かになるには1人当たりの付加価値(付加価値生産性)を上げるしかない。付加価値額が増大すれば、そこから設備投資・研究開発・社会貢献の資金や賃金原資が全て出るし、そのうえで高利益も望めるのだ。

「だから日本企業は、まずは付加価値生産性の向上に注力すべきです」(藤本氏)

  • 付加価値生産性の推移

付加価値生産性は、価格×付加価値率×物的労働生産性で算出できる。物的労働生産性は、例えばトヨタ生産方式を導入し、無駄を省いて付加価値作業時間の比率を高めるなど、「生産改善」で向上できる。しかし、生産改善だけ頑張っても、それだけでは限界がある。設計合理化で直接材料費を下げ、設計品質の向上に見合った良い価格で顧客に買ってもらうなど、「設計改善」「商売改善」で付加価値率アップや価格防衛を行えば、付加価値生産性も上がってくる。

「これは価格転嫁の話ではありません。徹底的に『良い設計』を行ったうえで、お客さんが喜んで買ってくれる『良い価格』を、自信を持って提示するのです」(藤本氏)

生産性を向上させなければ生き残れない

このように、日本の製造業は、平均すれば物的生産性も付加価値生産性も向上させてきた。一方、賃金も価格も売上も上がらない30年のデフレ状況の中で、現場の物的生産性向上をやらなくても、安定雇用ながらわずかの利益が出続ける「『消極的企業』もコスト計算上は存続可能であった」と藤本氏は指摘する。しかし30年ぶりに賃金が上がり始めた今、少なくとも賃上げ分を価格に転嫁できない競争貫徹産業では、物的生産性を向上させない「消極的企業」は存続が困難になる。

「なるべく多くの企業に、生産性向上と需要創造を続ける『積極的企業』に転換してもらいたいです。中国との賃金差は、以前は約20倍でしたが今は約2倍です。ハンデ20倍なら物的労働生産性が10倍でもコスト競争で勝てませんが、ハンデ2倍なら生産性3倍で勝てます。一番の敵はもはや海外企業ではなく、“どうせ負けるんだ”という長年染み付いた『負け癖』なのです」(藤本氏)

改善マインドと付加価値の流れによる全体最適

生産性向上のためには製造DXが必要かもしれないが、「DXの前に現場への改善マインドの注入が重要だ」と藤本氏は言う。DXの成功企業には、現場のリーダー層に、常に生産性・品質向上の因果仮説を立て、データを取って改善の仮説検証を繰り返す「現場サイエンティスト」がいる。そうした改善マインドが不在の「準備不足の現場」に、上から「DXをやれ」と、現場をよく知らないデータサイエンティストをいきなり投入しても、結果は失敗の山である。逆に成功例を見ると有力な現場リーダー層を、DX戦略推進本部などに「短期留学」させ、「現場サイエンティストのデータ教育」をしっかり行っている一方、「データサイエンティストの現場教育」も並行して行い、両者の意思疎通・目的共有を図っている。こうした「DXのための人づくり」によって、現場の改善サイクルが高速で回り始めれば、製造DXも軌道に乗る。

こうした「改善マインド」の共有とともに、「付加価値の流れ」の全体最適を現場全体と経営者が意識することも重要だ。単に自分の担当の設備の生産性が上がればよいという局所的な改善意識だけでは、会社全体の付加価値生産性の向上につながらない。そして、全体の「流れ」を良くするのは工場長(管理層)の仕事である。

「現場のリーダー層と管理層が連携して、改善マインドと流れマインドを醸成し、『付加価値の流れづくり』『流れを作る人づくり』『良い流れによる勝ち筋の見えるDX』を三位一体で推進しているところに、製造DX成功例が多く見られます。(藤本氏)

工場長などの管理層もの教育も不足気味である。現場と経営上層部の間を“翻訳者”としてつなぎ、工場全体の「付加価値の流れ」をつくるのが管理層だ。一方、DX時代の現場リーダー(監督層)は、「現場サイエンティスト」兼「現場アスリート」(いざというときに身体が動く)、つまりホワイトカラー・ブルーカラー混合の能力を持つ「ライトブルー人材」であり、その育成も急務だ。

日本の製造業は、面倒なものをつくることが勝ち筋の基本

では、世界市場で勝ち残るための、勝ち筋の見えるDX(デジタルものづくり)とはどういうものか。それは、「他国の企業が面倒くさがってやりたがらない複雑なものづくり」だと藤本氏は強調する。日本の現場は「多能工のチームワーク」が得意だが、アメリカや中国の現場の多くは歴史的な理由でそうではない。だから、正面から戦うのではなく他国の企業ががパスする「めんどくさいものづくり」に集中する。それが、就業者が1000万人程度の規模感である日本製造業の勝ち筋になる。

「協調型のスマート工場では、現場の『スーパー多能工集団』が、AIやロボットも活用しつつ、面倒な製品を面倒な工程でつくっていく。ここに活路があると思います」(藤本氏)

日本の製造業がそこに集中すれば、設計が複雑な擦り合わせ型アーキテクチャの製品を、多品種・異形・変種・変量といった複雑な流れでつくることができる。これが、日本のものづくりDXの勝ち筋だろう。

最後に同氏は、コテコテのものづくり能力を持つ強い現場、そしてしぶといアーキテクチャ戦略を持つ強い本社が連携して頑張っていくことが重要であり、そこには「産業の軍師たり得る人材が必要」だと話した。

「戦略にも現場にも強い軍師は、本社にも現場にも必要です。そういう人材が若手からどんどん出てきてほしいと思います。それが増えてくれば、日本の製造業はまだまだいけるでしょう」(藤本氏)