Specteeはこのほど、「未来をつくるサプライチェーン・レジリエンス」をテーマにしたオンラインカンファレンス「SFX - SUPPLY CHAIN FUTURE EXPERIENCE」を開催した。本稿では同イベントから、Spectee 代表取締役CEOの村上建治郎氏と早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏による、サプライチェーン・マネジメントにまつわる対談の模様をレポートする。

対談テーマは「メガクライシスに備える!経営戦略から考えるサプライチェーン・マネジメント~VUCAの時代に企業が生き残るためのレジリエンス経営とは?~」。

日本国内においては東日本大震災をきっかけに、サプライチェーンを維持するためのさまざまな取り組みが進められているものの、感染症の拡大や地政学リスク、自然災害など、ビジネスを取り巻く環境は不確実性を増している。

サプライチェーン・マネジメントにおいては、効率化(=コストダウン)の追求の時代は終わり、強靱性(=レジリエンス)を取り入れたサプライチェーンの構築が企業価値に直結する時代へと変わりつつある。

  • (写真左から)Spectee 代表取締役 CEO 村上建治郎氏、早稲田大学ビジネススクール 教授 入山章栄氏

    (写真左から)Spectee 代表取締役 CEO 村上建治郎氏、早稲田大学ビジネススクール 教授 入山章栄氏

トヨタのサプライチェーン・マネジメント、強さの秘訣は?

村上氏:従来のサプライチェーン・マネジメントでは、いかに在庫を抱えずに効率よく生産するか考えられてきました。しかしその一方で、東日本大震災では在庫不足により出荷が止まったことから、在庫を抱えないこともリスクだと考えられるようになりました。サプライチェーンはどのように最適化できるのでしょうか。

入山氏:私は以前、トヨタ・ニッサン・ホンダなど自動車メーカーと仕事をしていました。資源価格の高騰やサプライチェーンの分断が進む中で、トヨタは特にサプライヤーを守ろうという意思が強いように感じます。コストカットとしてサプライヤーに強く当たる大手企業もあると思いますが、それでは中長期的にサプライヤーの力が落ちるので競争に勝てません。

トヨタは需要予測も優れています。自動車の販売は1年先くらいまで見通す必要があるのでリードタイムが長いです。サプライヤーは需要予測能力が低く、OEM(完成車メーカー)の指示に従って生産するので、OEMの予測能力が非常に重要です。OEMが予測を外せばサプライヤー全体に影響があるということです。

トヨタが優れているもう一つのポイントは、需要予測を作り過ぎない点です。需要の波に合わせて生産を急に増減するのでは、サプライヤーは振り回されるばかりです。需要予測を作り過ぎないということは、商品の力が優れていて、需要の波に関係なくしっかり売れる商品を作れていることを示します。生産が安定すればサプライヤーも安定するので、サプライチェーン全体がしっかり機能します。

安定した需要予測と、安定した需要と生産が見込める商品、この2点がトヨタの強みです。

  • ,早稲田大学ビジネススクール 教授 入山章栄氏A@早稲田大学ビジネススクール 教授 入山章栄氏

コープさっぽろはなぜ配送事業を成長させられたのか

村上氏:ほかにサプライチェーンに関連してうまくいっている事例はありますか?

入山氏:日本は工場の生産性が高い一方で、工場と工場の間の流通生産性の低さが課題です。その中で私が注目しているのが、小型トラックの配送マッチングサービスを開発するCBcloudです。小型トラックは個人事業主が多いので相手先が固定されがちですが、CBcloudのおかげでいろいろな荷主とマッチングして稼働率が上がることで、賃金も上がっています。DX(デジタルトランスフォーメーション)をうまくやると賃金も上がるという好例です。

ただし、CBcloudは小型トラック運転手と荷主の2者間をマッチングしているので、仕組みとしては比較的簡単です。サプライチェーン・マネジメントの難しさは、上流から下流まで多くのプレイヤーが連なって参加していることです。どこか一部分だけを効率化しても、全体への影響は大きくありません。

村上氏:きっと現場の方は業務効率化の課題や必要性を感じていると思います。ただし、サプライチェーン全体となると、誰がどのように旗振りをしてまとめるかが難しいですね。

  • Spectee 代表取締役 CEO 村上建治郎氏

    Spectee 代表取締役 CEO 村上建治郎氏

入山氏:それはとても重要なポイントです。今は旗振り役がいないので、サプライチェーン全体のDXが進んでいません。反対に内製化が進みやすいと思います。それがうまくいっているのが、生活協同組合コープさっぽろです。

コープさっぽろは売上が3000億円ほどありますが、うち2000億円はスーパーマーケットにおける販売で、残り1000億円は宅配です。北海道の地方部では特に人口減少や高齢化、過疎化が進んでいるので、スーパーマーケットを出店しても売上が見込めません。だからこそ、宅配事業が伸びています。おそらく全ての生協の中でコープさっぽろだけが宅配事業を伸ばしています。

これは、理事長の大見英明さんが10数年前からコツコツと自社流通網を作ってきたからです。コープさっぽろは「ライバルはAmazon」と言えるほど強い自社流通網を内部に抱えているので、流通全体を最適化できています。

また、先ほどのトヨタの例にも関連しますが、コープさっぽろは定期宅配です。コンビニが参入している宅配はオンデマンド宅配ですよね。定期宅配は配送の曜日や時間が固定されているので、無駄なく配送の需要予測が立てられます。

現場DXに必要なのはデジタルツール導入と人材のシフト

村上氏:サプライチェーンの調達部門を管理している方は割とベテランが多いと感じています。あまり若い方はいません。そうすると、どのサプライヤーからどの部品を調達するかを決める際に経験と勘に頼っているため、管理されているようで実態は管理されていない状態も多いです。

入山氏:仕事のバリューチェーンを上流・中流・下流に分けて説明します。中流の仕事とは情報を整理して上や下に渡す業務で、AIに置き換えやすい内容です。上流とは答えがない中で大きな方向性を決める仕事で、つまり経営です。下流はまさに現場の仕事です。上流と下流はAIに置き換えるのはまだ難しいです。

村上さんが指摘したサプライチェーン管理者の仕事は中流に該当します。AIは情報を整理して正確に分類できますし、24時間稼働しても疲れません。中流の仕事にベテラン人材を割り当てるのはもったいないので、上流または下流に振り分ける必要があります。ポイントはデジタル化です。

村上氏:日本はメーカーや工場など製造業が多いです。「DX」や「AI」という言葉は人を切り捨てるようなイメージがあるのか、業界からの反発が強いような気がします。何か解決策はないのでしょうか。

入山氏:日本は他国と比べてもDXが進めやすい国です。なぜなら人口が減っているからです。大事なのは社内や業界内で人材がシフトすることで、人口減少の今こそDXの最大のチャンスです。最大の障壁は現場の意識です。サプライチェーンの現場にはベテランの方が多く、これまでの経験があるのでAIやDXに拒否反応を示しがちです。

ベテランの方はAIで代替しにくい上流または下流の仕事にシフトしてもらう必要があります。その際に大事なのは、とにかくAIを使ってもらうこと。慣れてしまえば簡単なんです。「勤怠管理をデジタル化します」と言えば、誰だって使い始めますよね。デジタルで出勤簿を付けなければ給料が出ないわけですから。それと一緒で、きっかけ次第です。

  • Spectee 代表取締役 CEO 村上建治郎氏、早稲田大学ビジネススクール 教授 入山章栄氏

人間の仕事に残される「感情労働」とは

村上氏:ここまでサプライチェーン・マネジメントについて教わりました。日本は自然災害を含めてサプライチェーンのリスクが多いですが、これからのリスク管理について最後にメッセージをお願いします。

入山氏:仕事のバリューチェーンの上流・中流・下流の話をしました。中流の仕事をAIに置き換えたときに、これから重要になるのは、不確実なリスクが発生した際の上流の意思決定と下流の現場判断です。

東日本大震災が発生した際の山崎製パンが、非常に興味深いニュースになりました。被災地にパンを運んでいたトラックが立ち往生した際に、運転手が自身の判断で周囲の人に荷物のパンを配ったというニュースです。山崎製パンの社会貢献の精神が上流から下流まで行き届いている証だと思います。この運転手のような現場判断はAIにはできません。

これからの現場仕事で重要なのは、感情や企業ビジョンに基づく現場判断、いわば「感情労働」です。肉体労働はロボットが、頭脳労働はAIがそれぞれ代替できますが、感情労働は最後まで人間の仕事として残ります。上流と下流の仕事の価値が高まるので、リスク対応という意味でも、中流の仕事をAIに置き換えて人材を上流と下流に振り分けていくのが大切だと思います。