播野貴也・タマノイ酢社長の 「人生の転機」【オーナー企業・二世、三世と夜な夜な語り合った日々】

当社は1907年(明治40年)に酢の発祥と言われる大阪府堺市で5つの蔵が集まり、現在のタマノイ酢の前身となる大阪造酢合名会社が創立したところからスタートしています。さらに文献を探っていくと豊臣時代にも遡るとも言われます。『すしのこ』『はちみつ黒酢ダイエット』が長年の主力商品です。

 わたしの生い立ちをお話しますと、大阪府堺市に生まれ、小学校・中学校と地元・堺市の公立学校に通いました。いろいろな家庭環境の人と関わることで世の中にはさまざまな状況の人がいると実感し、当たり前のことが当たり前ではないのだと自分の視野も広がりました。

 大学進学後は、広告代理店勤務を経て2010年にタマノイ酢に入社しました。工場や、営業など現場を平社員として経験することが、いま思うと貴重な時間となりました。

 その後、経済産業省の中小企業大学校・後継者コースに出向したのですが、ここでの1年間がわたしの転機となります。これまで関わる機会がほとんど無かった、創業家二世、三世といった、いわゆる経営者の家に生まれた同世代の人たちと関わる機会となりました。

 授業ではマーケティング、財務、人事、原価計算など一通りの理論を学び、それを自社に当てはめたときにどうなのか、自社分析をすることがメインでした。自社で働く社員に取材をし、分析し、理論と現場をつなげて実際の経営に落とし込むということを1年間かけてやっていきました。

 またそこでは、全寮制で授業が終わったら20人くらいのクラスメイトとの共同生活です。オーナー企業の息子・娘が集まって、風呂、洗濯機、冷蔵庫、キッチンも共同の生活を共にしたのですが、その時間はかけがえのないものでした。夜になると彼ら彼女らと談話スペースで話をしました。それまで子どもの頃から感じていた創業家独特の悩みを誰にも話せなかったのですが、初めて同じ境遇の人たちと出会えて話すことができ、自分にとって非常に意義深い時間でした。

 経営者に共通する悩みというのは、人に関わることも多くあります。社員をどうまとめていくか、モチベーションをどうあげていくか、世代交代の際に年上の部下の方との接し方など、たくさんあります。自分の中で解決しないといけないものも多くあり、色々な相談をしました。時にはセンシティブな親や兄弟の問題も吐き出しながら情報交換できたというのは非常に大きな心の支えになりました。「会社に戻ったらこんなことをしたい」など皆で夢を語り合った日々は、今の経営の活力にもなっています。

自分と同じ境遇の人たちとの出会いで心が軽くなった