「世界で一番使われるグループウェアメーカーになる。Microsoftのユーザー数を超えたい」――こう意気込むのは、グループウェアを手掛けるサイボウズの青野慶久社長だ。
中小企業向けのグループウェア「サイボウズ Office」や、ノーコードでアプリを作成できる「kintone(キントーン)」といった製品を開発・提供する同社は、「世界で一番使われること」を目指してグローバル戦略を推し進めている。
2007年に上海に子会社を設立したことを皮切りに、中華圏、東南アジア、米国を中心に事業を拡大。また、2022年12月に資本提携を結んだリコーと協力し、主力製品であるkintoneの海外展開に注力してきた。2024年12月末時点で、3500社を超える海外企業がサイボウズ製品を導入している。
しかし、グローバル事業の売上高はサイボウズが期待する数字には到底遠い。
最大の課題は「認知度」だ。グローバル市場は、各国で商習慣や言語が違うほか、競合企業が圧倒的に多く、日本国内と比べて競争は非常に激しい。日本では有名なサイボウズだが、世界では広く知られていないのが実情だ。
「世界で一番使われる」という日本のIT企業がいまだ成し遂げたことがないミッションに挑戦しているサイボウズ。どのような青写真を描いているのだろうか。青野氏にグローバル事業の現状と戦略を聞いた。
サイボウズ株式会社
代表取締役 社長 青野慶久社氏
1971年、愛媛県今治市生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現パナソニック)を経て、1997年に愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月、同社の代表取締役社長に就任。社内のワークスタイル変革を推進し、離職率を6分の1に低減するとともに、三児の父として三度の育児休暇を取得。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)などがある。
海外進出の主力製品「kintone」の最大の強み
サイボウズは現在、上海、台湾、ベトナム、マレーシア、タイ、米国、オーストラリアの7カ国に子会社を設立しており、拠点ごとにマーケティングや営業活動を進めてきた。これまでは、海外進出している日系企業をターゲットとしてきたが、現在では現地のローカル企業に注力するための戦略にシフトしているという。
すでに進出している国に加え、ブラジルといった南米の国や地域においても販売体制やパートナー協業を強化している。また、APAC地域でのカスタマーサポート体制をさらに強化するため、「グローバルカスタマーセンター マニラ拠点」を設立した。ロサンゼルスにつづき海外で2つ目のカスタマーセンターで、国内外合わせて7つ目となる。
さらに2024年2月にはkintoneのアップデートを実施し、これまで対応してきた日本語、英語、中国語(簡体字・繁体字)、スペイン語に加え、新たにタイ語、ポルトガル語(ブラジル)の2言語を追加した。
青野氏は「当社の企業理念は『チームワークあふれる社会を創る』ことだ。これは日本の社会だけを対象にしているのではなく、世界中でチームワークあふれる社会を創ることを目指している。日本事業が好調だからと言って満足することはできない。日本事業を上回るような爆発的な成長が、グローバル事業に求められている」と説明する。
海外進出の主力製品であるkintoneは、柔軟にカスタマイズができて自由度が高く、商習慣や文化の違いにも対応しやすいという強みがある。
筆者も編集部内の業務効率化に向けkintoneで業務アプリを開発しているが、ノーコードに対応しているため、ITやプログラミングの知識が乏しくても、理想とするアプリを作れるという点が気に入っている。また、日本らしい丁寧なサポート体制も、現地のローカル企業では高く評価されているとのことだ。
「kintoneの最大の強みは“誰にとっても分かりやすく使いやすいツール”であること。業務のことが分かってさえいれば、ITやプログラミングといった専門的な知識は必要ない。そして、パートナー製品の豊富さも差別化要因だ。それぞれの国によって業種や業態、企業の文化は異なるが、パートナー企業の製品がそれらのニーズに対応してくれる。柔軟なカスタマイズ性と、痒い所に手が届くパートナー製品の存在を武器に、世界の競合企業と勝負していく」(青野氏)
市場に合わせた開発とパートナー連携の強化を推進
一方で、グローバル事業において解決すべき課題は少なくない。
例えば、サイボウズが最初に海外進出した中国市場では、成長の伸び率が緩やかになっている。2024年12月末における中華圏での導入数は約1400社、前年比で1.4%増と他の市場(東南アジアは9.3%増、米国は2.3%増)と比べて伸び率が低かった。
「中国国内で2021年9月に施行したデータ保護法への対応が障壁となり、ここ数年は思うように進展していない状況だ。そのため中華圏では、現地の大企業や日本企業の現地法人にターゲットを絞っている」と青野氏は説明する。
また中国企業からは、圧倒的な普及率を誇る対話アプリ「WeChat(ウィーチャット)」との機能連携を求められることが多いという。「(中国企業の担当者から)『WeChatに通知出せないの?』と聞かれることが多い。その国や地域で普及しているソフトウェアやサービスとの連携は欠かせない。それぞれのニーズに対応した製品を提供できるように、開発やパートナー製品との連携を強化していく」(青野氏)
他方、東南アジアでは着実にkintoneの導入が増えていっている。ベトナムにオフショアの開発拠点を構えるほか、シンガポールやマレーシア、フィリピン、インドネシア、タイ、ミャンマーなど各国の特性などを考慮した上で、現地のパートナー企業と共に日系企業、ローカル企業それぞれに向けて、営業活動を実施している。
2024年10月には、マレーシア・サラワク州政府の公営企業とkintone販売に関するパートナー契約を締結。主に州内の中小企業向けにkintone販売の拡大を推進する考えだ。
マレーシアの保険会社であるWells Insuranceは、業務効率化と紙書類の削減を目指し、Kintoneを導入した。保険契約や書類の管理が簡素化され、リアルタイムでのデータ管理が可能になった。請求業務の時間を20%以上削減し、業務の効率化によって年間の売上高が5%増加し、350万マレーシアリンギット(約1億円)に達したという。
企業文化の違いを好機ととらえ、kintone活用を支援
米国市場ならではの課題もあると青野氏は話す。
サイボウズは、サンフランシスコに拠点を構え米国全域で活動している。ITビジネスの最先端でマーケット規模も非常に大きい米国市場での展開は、サイボウズのグローバル戦略の中心となっている。
特にkintoneが戦っているノーコード分野は、日々競合も増えており、世界屈指のレッドオーシャンだ。世界一を実現するためには、まず世界を席巻する競合がひしめく米国市場で認められる必要がある。米国では、直販メインから間接販売に舵を切っており、パートナーの育成を進めている最中だという。
「毎週のように新しい競合製品が生まれ、存続するのも容易ではない市場だ。好調な日本事業によって安定している財務基盤を生かして、導入数と認知のさらなる拡大を目指していきたい」と青野氏は話す。
一方で、米国に根付く「転職文化」がkintoneの導入・定着の障壁になっていると青野氏は説明する。
「kintoneの魅力の一つは、現場主導でアプリが開発できること。しかし、日本よりも転職が盛んな米国では、現場担当者の歴が浅いことが多い。現場の業務を詳しく理解できていないため『現場の視点ならではのアプリ開発』が難しく、当社の担当者が代わりに作るといったケースも少なくない。kintoneの定着につながらない要因の一つだ」(青野氏)
また、米国ではスタンダードであるジョブ型雇用(職務に対して人材を配置)との相性もやや悪い。なぜなら「現場担当者のジョブディスクリプション(職務記述書)に『kintoneでアプリを作る』というジョブが書かれていない。多くの人が自分の評価には関係ないと考える」(青野氏)からだ。「アプリの開発」というジョブは、IT部門が担当するものだという考えが根強いという。
しかし、青野氏は「手間は必要以上にかかるが、言い換えれば、手間をかければそれなりに使ってくれるということだ」と企業文化の違いを好機ととらえ、「現場の担当者が変わっても、kintoneを問題なく使い続けられる業務プロセス構築の支援に注力する。また、米国には高度なIT人材が豊富なため、彼らがアプリを自主的に量産できるようにアプローチしていきたい」と意気込む。
ユーザー数で勝負「世界で一番使われるグループウェアに」
青野氏は、米国市場への挑戦を「宝くじを買うようなもの」と表現する。
「私の知る限り、これまで米国市場で成功した日本発のソフトウェア企業は存在しない。ライバル企業が圧倒的に多く、日本国内と比べて競争が非常に激しいからだ。米国で成功することは、達成不可能と言っても良いようなミッションで、宝くじを買うようなもの。ただし、当たりを引くには、宝くじを買うしかない」(青野氏)
青野氏は、「ただし、『当選する確率』を努力次第で上げられる点で宝くじと異なる。導入事例を一つずつ増やし、製品の機能やパートナー企業との連携をさらに強化することで、当選する確率はどんどん上がるはず。そして、何より私は運がいいほうだ」と笑顔を見せる。
サイボウズの2024年12月期の連結決算は、売上高が前年比16%増の296億円だった。決算発表会で青野氏は「利益が伸びやすい環境にあるのが今のサイボウズ。2028年度の売上高で、2023年度比で2倍となる509億円突破を目指す」と断言した。
しかし、「世界で一番使われるグループウェアメーカーになる」ことを一番の目標として掲げる同社は、売上高よりも「ユーザー数」の拡大を重要視している。
「世界の競合企業との戦いにおいて、われわれが最も重視しているのが『ユーザー数』だ。Microsoftに売上高で勝つという目標は早々に捨てた。彼らの売上高を抜くことは、私の中ではもうイメージすら湧かない。ただ、その代わりに絶対に譲れないのがユーザー数」と青野氏は強調する。
「kintoneには誰でも使いやすいという強みがある。扱える人材のすそ野が広い。また、サイボウズのビジネスの根幹であり長い年月をかけて築き上げたエコシステムは、他の企業が簡単に真似できないことだ。伴走するパートナーを通じて、世界の隅々までグループウェアによる恩恵を届ける。世界一のユーザー数を実現することは決して夢物語ではないはずだ」(青野氏)