デジタル技術の進展により、世界は急速に変化している。あらゆる活動がデータに基づくものになり、そのデータをいかに活用するかが、各企業や組織の競争力に直結するのだ。では、データを活用するための基盤をどのように構築していくべきか。
2月18日~20日に開催された「TECH+ EXPO 2025 Winter for データ活用 データを知恵へと昇華させるために」に、情報処理推進機構(IPA) デジタル基盤センター長/AIセーフティ・インスティテュート(AISI) 副所長・事務局長の平本健二氏が登壇。政府やIPAの支援策を紹介しながら、データ基盤の重要性や活用するための考え方を解説した。
データを巡る世界の潮流
講演冒頭で平本氏は、今後AIやテクノロジーがさらに進化することでIoTなどのデータ量は増え続け、通信量も膨大なものになると話した。例えば街なかを見ても、交通量、路面データ、エネルギー消費などセンサーから取得されるデータはどんどん増えている。その処理はクラウドで行うべきか、中間点で行うべきか、あるいはエッジでリアルタイムに処理すべきか、今考えなければならないところに来ているのだ。
国連ではSDGsを加速するためにデジタルを活用すべく、2030年に向けた国際目標であるGDC(Global Digital Compact)が採択されている。主な取り組み事項として、デジタル公共インフラやデジタル公共財の整備によるデジタルデバイドの解消、デジタル経済の参加と恩恵の拡大、セキュアなデジタル空間の育成などが挙げられているが、とくに重視されているのがデータガバナンスの推進だ。ルールや標準を定めて相互運用性を高め、データ交換を容易にし、組織内外のデータガバナンスを効かせることが重要なのだ。
「ここまでできて初めて、リスクを軽減しながらAIを使いこなせる。今、世界はこういうことを目指して進んでいます」(平本氏)
世界の新たな動きの1つが、国境や分野を越えた新しい経済圏として「データスペース」が生まれていることだ。例えばクラウドサービスやネットショッピングに国境がないように、データスペースではグローバルな取引市場のルールに従うことになる。そこでは誰もがすぐに取引できることが重要であるため、ソフトウェアをモジュール化し、共通のモジュールを活用するという動きが加速しているという。
もう1つの大きな動きはデジタルエンジニアリングだ。CADやBIMのように設計図に基づいて組み立てるだけではなく、さまざまなものをモデリングしようというのが今の流れで、製造プロセスや取引プロセスもモデリングで書けるようになっている。データスペースにある豊富なデータや、社会にある大量のセンサーのデータを活用すればデジタルツインも容易になるし、AIと組み合わせれば新たなサービスも生み出されるだろう。
「政府相互運用性フレームワーク」でデータやルールの標準化を推進
データ基盤を活用するには、組織や国境を越えた連携が必須となる。そのためには、データの標準や安全性の基準、技術標準などを一致させなければならない。デジタル庁は政府相互運用性フレームワーク(Government Interoperability Framework、GIF)をつくってデータやルールの標準化を推進しているが、同様に社内でもこうしたものをつくれば、事業部間での連携も容易になるし、M&Aの際には他社のデータも容易に統合できるようになる。
こうした標準化を進めておかないとバリューチェーンから外されてしまうリスクもあるし、逆に自社だけが標準化していても相乗効果はあまりない。それゆえ、デジタル公共財やデジタル公共インフラといった共通的なデータモデルを使い、サプライチェーンや社会全体でDXを推進することが重要となるのだ。
日本のDXの現状と政府やIPAの支援策
このように世界が大きく変わろうとしているなかで、日本は少し出遅れた感がある。IMDの世界デジタル競争力ランキングでは日本はかなり下位で、とくに「将来への準備状況」の項目では32位から36位に急落している。実際にDXに取り組んでいる日本企業は少なくないのだが、情報、人材、スキルなどの不足や、直近のメリットが分かりにくいなどの理由から、なかなか取り組みが進んでいないのが現状だ。
「データの世界というのは基盤なので効果が出るのに何年もかかり、メリットが分かりにくいのです。世界各国は2030年にはピカピカのデジタル社会になろうと必死で走っています。我々も2030年に向けてどのようにDXしていくのかが重要です」(平本氏)
経済産業省では経営陣を啓発する目的で、「デジタルガバナンス・コード」を発表している。そのなかではDX調査やDX推進指標といった状況分析とビジョンの策定、そしてデジタル基盤の整備と可視化など、DXのためにすべきことを示し、そのための教材群や事例データベースも提供。これによりDXをさらに加速させようというのが狙いだ。
データ基盤整備を支援する施策は他にも数多くある。例えば政府は共通的な利用ルールを定めるため、利用規約やAPI規約の標準の雛型を用意したほか、データを見つけやすくするために、データカタログを整備し、検索用データを作成している。データをつなげる目的では、官民一体でコネクタやブローカーを整備し始めている。さらに質の高いデータを供給するためベースレジストリの整備に取り組んでおり、IPA(AISI)からはデータ品質マネジメントガイドブックも発表されている。
データ管理、データハンドリングも大きく変化
データの管理については、従来のファイル単位での管理から、データを構造化するデータモデル、そしてさらに正確なセマンティクスへと変わろうとしている。例えば住所なら都道府県、市町村、番地、ビル名というように構造化すればより分かりやすくなる。さらに企業名と法人名、会社名の違いなど、その中身の意味まで考慮するのがセマンティクスだ。こうしたデータ設計についても、政府相互運用性フレームワーク・データモデルが用意されている。これを使用してデータを統一しておけば、品質が向上し、再利用性も高めることができるという。
データハンドリングも大きく変わってきている。従来はファイル単位で送ってそのなかからデータを利用していたが、それではどれが最新のデータか分かりにくいうえ、万一の際には全てのデータが盗まれてしまう。そこで注目されているのが、APIを介して相手のサーバにアクセスし、必要なデータだけを取得する方法だ。これならつねに最新の必要なデータだけを入手でき、全体のセキュリティも強化できる。
また、これまで日本ではRDB(Relational Database、関係データベース)による検索でデータを取得することがほとんどだったが、海外ではグラフ技術が主流になりつつある。例えばWeb検索で法人番号から法人名、本店所在地という順で深掘りしていくのと同様のことを、データベースのなかで実現するものだ。大量のデータ処理に向いているRDBだけでなく、場面に応じてこうした新たな技術も活用していくべきだろう。
経営層がデータ基盤の重要性を理解する
平本氏は「データ整備を進めるためにはデータ基盤の重要性を共有することが必要」だと話す。多くの人は見栄えが良く短期的に収益が出るものに投資するが、中長期的に見るとデータ基盤を整備し、持続させることのほうが重要だ。日本は高度成長期にインフラに投資したことで世界の上位国の仲間入りを果たしたし、デジタル基盤に先行投資したエストニアはデジタル先進国と言われている。これは現代の企業でも同様だ。データのインフラに投資したプラットフォーマーは、データが増えることで多様な選択肢を示せるため成長を続けている。
「こういったプラットフォームやインフラが重要だということを、経営者や管理職、意思決定の方々に理解してもらうことが重要です」(平本氏)
最後に同氏は、データ経営の要点をまとめた小冊子をシリーズ化した「Data Spaces Academy(データスペースアカデミー)」の配布や、DXに対応するための成功事例の共有手法「パターン・ランゲージ」の提示など、経営層に向けてデータ基盤の重要性を訴えるとともに活動を支援する取り組みが数多くあることを紹介して、講演を締めくくった。