サッポロビールでは、現在サプライチェーンの整流化を目指した改革を進めており、サプライチェーンの上流にあたる需要予測にAIを導入している。そしてこれを起点としたデータ主導型の業務改革、需給計画の統合管理にも着手している。
2月18日~20日に開催された「TECH+ EXPO 2025 Winter for データ活用 データを知恵へと昇華させるために」に、同社 サプライチェーンマネジメント部(以下、SCM部) 部長の吉邑大輔氏が登壇。需要予測にAIを導入した経緯や、実際の運用の仕方について説明した。
データ主導型業務でサプライチェーンを整流化
講演冒頭で吉邑氏は、同社のサプライチェーンには解決すべき問題があったと話した。その問題とは、まず計画から製品化までの時間軸が長いことだ。海外からの原料調達には約3~6カ月、主力商品のビールであれば発酵や貯酒などの工程があるため仕込みから製品化まで約1~2カ月、さらに倉庫での在庫や配送などにも1カ月程度のリードタイムが必要となる。また、欠品を回避するため、各部門が独自に予測してバッファを持ち、本来の必要数に対して過剰に在庫を準備されていることも問題だった。
これらの解決策として打ち出されたのが、需要予測をベースにしてサプライチェーンを整流化し、各種計画業務の統合管理体制を構築すること、そしてそのためにデータ主導型の業務変革を行うことだ。具体的には、SCM部の担当は従来、需給計画から生産計画までに限定されていたが、商品設計や受注集計など、計画から製品準備量決定までの一連のプロセスに対して、SCM部が仕組みづくりや運用にも関与し、各種計画の統合管理を目指すことにした。
前述のバッファによる過剰在庫準備の解決にもデータを活用している。関係部門に対してデータに基づいたサジェストを行って予測精度を高め、変動リスクを可視化したうえで協議を行うなど、SCM部門が全体のバッファ量をコントロールすることにした。こうしたデータ主導型業務が適用されているのはまだ一部の領域ではあるが、2024年時点ですでに成果は上がっている。各拠点の在庫量が適正化でき、臨時賃借倉庫費は2022年比で32パーセント、予測齟齬による転送運賃は44パーセントの削減を実現したという。
一部商品の需要予測にAIを導入
こうしたサプライチェーン全体の統合管理の起点になるのが需要予測だ。同社の「サッポロ生ビール黒ラベル」や「YEBISU」などの定番商品、デザイン缶や景品付きなどの企画品については予測が比較的容易であるため、統計モデルを活用している。一方、新発売商品やリニューアル品、毎年同じ季節に発売する定期新商品などは、過去商品を参考にできないため需要予測が難しい。とくに定期新商品ではPOSデータなど発売後の販売実績を踏まえて調整することができず、見込み生産せざるを得ないため、熟練のアナリストによる経験と勘と度胸の「KKD予測」に依存していた。
「SCM部内の予測の仕組みや体制にも課題があった」と吉邑氏は話す。その課題とは、まず予測は経験や勘によることが多く属人化していたため、そのロジックを伝承するのが難しかったことがある。次に人材育成のための教育体制が整備されず、担い手が不足していたことだ。さらに合理的な根拠が不十分であったため振り返りや分析ができず、需要予測の精度検証が難しかったことなどがある。
「需要予測の根本的な見直しが必要だと考え、廃棄ロスの削減、予測根拠の透明化、そして業務の平準化と標準化を目指して、AI予測導入の検討を始めました」(吉邑氏)
まず、どの商品にAI予測を導入するかを検討した。学習するためのデータ量の多さやAI予測モデルの利用頻度、費用対効果を考慮して検討した結果、定番の通常品、企画品は統計モデルを継続することとし、新商品のうち定期新商品とギフトについて、AI需要予測を適用することにした。
予測モデルの構築には、機械学習プラットフォームを活用した。ツールを選択した基準は、自動機械学習(AutoML)機能が充実していること、予測根拠の透明性が高いこと、将来的に内製化が可能であることだが、そのなかでもとくに重視したのは予測根拠の透明性だという。根拠が分からないと関係部門に説明できないうえ、予測がはずれた場合の改善も難しくなるためだ。
予測結果を関係部門に伝える際には、その根拠も見える化し、予測結果だけでなく類似品との比較や販売チャンネルの構成比も示した。これにより予測結果の妥当性やモニタリングすべきチェーンの情報が分かりやすくなり、関係者の理解を得られるようになったそうだ。
「こうした情報のデリバリーの工夫は、関係者の理解や納得度を高めるうえで非常に重要です」(吉邑氏)
「ヒトとAIの協働」「最後はヒトが判断」がグランドルール
運用においては、「ヒトとAIの協働」、「最後はヒトが判断」というグランドルールを定めた。AI予測の結果を人が解釈して修正したうえで、SCM部門と営業部門がそれぞれの予測根拠を提示して議論を重ね、必要数を決定することにしている。
吉邑氏は、「AI需要予測の運用にあたっては、チームやステークホルダーとの連携も重要」だと指摘する。同社の場合は、実務に詳しいDX教育を受けたSCMメンバーとDX専門チームという2つの組織が密接にコミュニケーションをとった。それによってAIと人の力を融合した予測ノウハウを組織知として蓄積、継承することができたという。また営業部門に対しては、AI導入の背景や目指す効果などを共有し、需給会議の運用変更について討議を重ねてきた。その結果、営業部門が店舗ごとの販売数やカバー率に変換した販促効果を示すなど、互いに定量的な根拠を突き合わせた議論ができるようになったそうだ。
「これはまさに、『ヒトとAIの協働』、『最後はヒトが判断』というグランドルールを体現できた姿だと考えています」(吉邑氏)
サプライチェーン改革に向けた今後の取り組み
今後は、AI予測の適用範囲を拡大することも計画している。次期ターゲットとしているのは、容器調達・回収計画と保管配車などの物流計画だ。どちらも物流の2024年問題に関わる重要な領域で、事前の荷量予測精度と、予測が確定情報に変わった後の瞬発的な現場の対応力が重要となる。そこで、荷主である同社の持つ需要予測をベースに、配送台数やピッキング数などをAIで予測し、物流現場へ情報連携することで、データ主導型の荷量予測に変えていこうと計画している。
需要予測を持続可能にするために、人材育成の体制も見直している。後継者を育成し、SCM部が主導的に需要予測を反映できる環境を整備することを目的に、必要なスキルをDXチームからSCMメンバーに移行する育成プログラムを準備している。ここではスタッフ、ミドルプランナー、シニアプランナーという3段階のスキルレベルを設定して育成を行っていく。基本的なオペレーションができるのがスタッフ、情報収集力や知見を有し、根拠ある予測を立案して関係部門と合意形成できるのがミドルプランナー、そして需要予測の高度化に向けたアクションを主導し、AIモデルのアルゴリズム設計・改善ができるのがシニアプランナーだ。
「こうした課題解決に向けた取り組み推進とスピーディーな実装ができる体制は、全社員のDX人材化を目指した人材育成プログラムに支えられています。サプライチェーン改革への挑戦も、人材育成の取り組みをなくしては語れません。当社は今後も、人材育成を通じたデジタル最適化に挑戦し、既存ビジネスの変革、新規顧客価値の創出、新規ビジネス創出を目指していきます」(吉邑氏)