【政界】外患を乗り越えても立ちはだかる内憂 問われる石破茂首相のリーダーシップ

首相の石破茂は米大統領・トランプとの初の首脳会談で、日米の揺るぎない結束を内外に示すことに成功した。予測不能な突発発言などで圧力をかけてくる可能性のあるトランプに対し、石破は周到な準備を重ねて向き合った。難関とされた日米首脳会談を乗り切った安堵は、帰国後は2025年度予算案の終盤審議という「内憂」で吹き飛んだ。年度内成立に辿り着くシナリオは描き切れず、少数与党のリーダーとしての難しい舵取りが続く。

総力で持ち上げ作戦

「昨年の7月だったかと思います。狙撃をされたときに、ひるむことなく立ち上がり、こぶしを天に突き上げた。そのときの写真が非常に印象的でした」

 2月7日昼(日本時間8日未明)、ホワイトハウスでトランプと向き合った石破は「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」と謝意を伝えると、いきなりそう切り出した。

 そして「背後には星条旗がはためき、青い空が映っていた。あの写真は歴史に残る1枚。恐らく大統領閣下は『自分はこうして神様から選ばれたのだ。必ず大統領に当選し、再びアメリカを偉大な国に、世界を平和に』。そのように確信されたに違いない」と続けた。トランプは石破の言葉を反芻するかのように小刻みにうなずいた。

 石破はトランプが大統領就任後にホワイトハウスに招いた2人目の首脳だ。国際情勢が混沌とする中で、対米外交で失敗することは許されない。連日、官邸幹部だけでなく、外務省、防衛省、財務省などの幹部らと協議し、綿密な「トランプ対策」を練った。

 想定外の発言を繰り出すトランプに対しては(1)異論があっても否定はしない(2)提案も結論から先に伝える─ことなどが確認された。想定問答も整え、ペーパーを見ないでも受け答えできるように頭に叩き込んだ。

 会談冒頭の発言で「神」という表現を使ってトランプの気持ちをくすぐったのも、石破がトランプと同じキリスト教宗派であることを意識したからだといえる。徹底した「持ち上げ作戦」ともいえそうだ。

 持ち上げるだけではなかった。「日本と合衆国は今、非常に緊密な関係にある。全て第1次トランプ政権で大統領閣下と今は亡き安倍総理の2人によって礎が築かれた」。石破は元首相・安倍晋三の政敵だったとされるため、安倍の名前を出すことで安倍と蜜月関係にあったトランプの警戒を解こうとした。通訳には、安倍の首相時代の英語通訳で、トランプのお気に入りとされる外務省日米地位協定室長・高尾直を登用した。

 さらに首脳会談では、トヨタ自動車会長の豊田章男やソフトバンクグループ会長の孫正義の名前を挙げながら「政治家のみならず、民間人にもトランプ大統領閣下が就任したことを喜んでいる者がたくさんいる」と持ち上げた。

 そして「アメリカで多くの投資をこれからする」として、対米投資を1兆ドル(約151兆円)規模に引き上げる「土産」も打ち出した。まさに総力戦だった。

会談内容は満点?

 こうした周到な準備が奏功したのか、バイデン政権によって阻止され、暗礁に乗り上げていた日本製鉄による「USスチール」の買収計画で、トランプが態度を軟化させた。トランプは会談後の共同記者会見で「買収ではなく、投資を行うことで合意した」と語り、交渉の余地を残す格好となった。

 ただ、買収計画は日鉄がUSスチールの株式を141億ドル(約2兆円)で100%取得して子会社化するというものだが、トランプは首脳会談後の9日、「日鉄はUSスチール株式の過半数を保有しない」と語った。合意した投資の詳細も明らかにしていない。

 それでも日本政府は「これまでと全く異なる大胆な提案を検討している」(官房長官・林芳正)として、USスチール問題の局面打開に自信を見せる。

 また、日本政府が警戒していたトランプによる防衛費のGDP(国内総生産)比3%への引き上げ要求や、在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)の増額要求は会談では出なかった。トランプが就任直後から中国やカナダ、メキシコに対して打ち出したような「トランプ関税」の適用も議題にならなかったという。

 しかも、安全保障の分野では対中抑止で足並みを揃えた。米国の対日防衛義務を定める日米安全保障条約5条が尖閣諸島にも適用されることを改めて確認。トランプは記者会見で「友好国、同盟国を100%守る」と強調した。

 共同声明には、台湾情勢について「両首脳は国際社会の安全と繁栄に不可欠な要素である台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を強調した」と明記した。これまでの日米首脳の共同声明にはなかった「力または威圧によるあらゆる一方的な現状変更の試みに反対した」という中国を意識した文言も新たに盛り込んだ。

 ただ、懸案とされたUSスチール問題や関税問題、安全保障問題では一定の成果をあげたとはいえ、具体的な各論までは踏み込まずに和やかなムードで初会談を終わらせようとした印象は否定できない。

 石破は12日の参院本会議でトランプとの会談について報告し、「日米同盟の揺るぎない結束を国際社会に力強く示すことができた」と胸を張った。与党議員からは「初対面の日米首脳会談は内容的にも満点だった」(自民党議員・佐藤正久)、「個人的な信頼関係を築く重要な一歩となった」(公明党議員・秋野公造)などの評価を得た。

 野党からも「安全保障分野での成果は十分に得られたのではないか。個人的な関係も築かれた印象を受けた」(立憲民主党議員・福山哲郎)との声があがった。

 それでも具体論が見えてこないためか「対米投資を1兆ドルに引き上げると表明した。いつまでに、誰が、どのように投資を積み上げるのか」(福山)、「大統領が繰り出す〝関税攻勢〟をいなしつつ、日米が互いに利益を確保できるところに着地できるのか。会談での合意内容は不明確で曖昧だ」(日本維新の会議員・柳ヶ瀬裕文)といった質問が相次いだ。

党内にくすぶる火種

 石破は衆院で自民、公明両党で過半数割れしている〝少数与党〟として厳しい国会運営を強いられているが、自民党内での基盤も盤石とはいえず党内政局の流動化につながる火種がくすぶり続けている。特に選択的夫婦別姓制度と対中外交が今後の焦点となる。

 選択的夫婦別姓制度については、自民党内に導入に積極派と慎重派が同居している。かつて法務相の諮問機関「法制審議会」が導入のための「民法改正案要綱」を答申し、1996年と2010年に改正案が準備されたことがあるが、党内がまとまらずに国会提出は見送られている。

 石破は以前、積極的な姿勢を示したこともあったため、立憲民主党は今国会での導入を目指して必要な法案を国会提出する構えをみせ、揺さぶりをかけている。25年度予算の成立後は自民党内だけでなく、与野党の駆け引きも激しくなりそうだ。

 石破は自民党内の議論を見守る方針を示しているが、「制度面だけでなく、心情の面もあり、積極派と慎重派が歩み寄るのはなかなか難しい」(ベテラン議員)とされる。石破が強引に着地させようとすれば、党内が2つに割れる可能性がある。

 対中姿勢についても疑問視する声が自民党内に根強い。石破政権が昨年12月、中国人向け観光ビザ(査証)の滞在可能日数を15日から30日にするなどの緩和措置を決めた際は、「中国に対して前のめりで融和的過ぎる」「事前に党側に説明がなかった」など異論、不満が噴出した。

 トランプとの首脳会談で、対中強硬路線で歩調を合わせたとはいえ、今も石破には「米中をてんびんにかけるようなことをしかねない」との疑念がつきまとう。今後、中国との距離感を誤れば、党内で「石破おろし」が広がりかねない。

 もちろん、そうした火種を気にするよりも先に、まず年度内に予算を成立させる必要がある。野党の協力が欠かせないだけに、与党は日本維新の会とは高校授業料の無償化を巡り調整しており、国民民主党とは所得税がかかり始める「年収103万円の壁」の引き上げについて落としどころを探っている。

 予算案の修正を前提としているので、両党と協議する時間は限られている。合意にこぎ着けるまでの道筋はなかなか見えてこない。

奇策のディールか?

 そうした中で、永田町では「首相が予算成立のためディール(取引)を仕掛けるのではないか」との見方がくすぶり始めている。石破がトランプとの首脳会談で一定の成果をあげたことが背景にありそうだ。

 これまで、予算成立のため国民民主党衆院議員・玉木雄一郎(代表の役職停止中)を首相指名で担いで、自民・公明・国民民主の3党連立に踏み切るのではないか、といった観測もあった。

 さらに今は、自民党が割れることも覚悟のうえで、夫婦別姓制度の導入と引き換えに立憲民主党の協力を得て、予算成立を図るのではないか……ということまで囁かれ始めた。石破政権は、衆院予算委員会だけでなく、選択的夫婦別姓制度の導入法案を審議する法務委員会の委員長ポストも立憲民主党に譲っているため、ディール説を後押ししているようだ。

 そうなれば、自民党だけでなく、与野党全体に大きな波紋が広がる。もっとも、トランプとの首脳会談に臨んだときのように、周到な準備をしている動きは見られない。立ちはだかる幾つもの関門を突破するだけのシナリオは描き切れていないようだ。

 ワシントンは「仮定の質問にはお答えいたしかねます」という即妙な答弁で乗り切れたとしても、永田町は乗り切れそうにない。参院選を控えた野党勢力には「持ち上げ作戦」も通用しないし、安倍元首相が築いた足場も活用できそうにない。石破のリーダーシップが問われる局面が続きそうだ。(敬称略)

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