JALカードは現在、データ・ビジネス・カンパニーとしての成長を目指した取り組みを行っている。同社 代表取締役社長としてデータドリブン経営を推進しているのが西畑智博氏だ。80年代にJALに入社して以来、ビジネスとITの融合をテーマとしてさまざまなDXに携わってきた同氏は「いつも新しい部署を立ち上げ、リーダーとしてチームで格闘してきた」と話す。

2月18日~20日に開催された「TECH+ EXPO 2025 Winter for データ活用 データを知恵へと昇華させるために」に同氏が登壇。これまでに携わってきたDXの事例を紹介しながら、その豊富な経験から学んだことについて語った。

DXの下半身、上半身、頭脳とは

講演冒頭で西畑氏は、DXには下半身、上半身、そして頭脳という3つの領域があり、それぞれ必要とされる能力が異なると述べた。まず下半身はITの領域で事業を支える基幹システムのことを指す。JALでいえば予約発券システムで、これを刷新したのが、同氏が担当した「SAKURAプロジェクト」だ。ここでは固定費を変動費化しながら安定稼働させ、業界標準のSaaSに合わせていくという課題に対応する能力が求められた。

上半身はデジタルの領域で顧客との接点を持つことを指す。ここではテクノロジーの進化を踏まえた柔軟な開発が必要であり、アジャイルとウォーターフォールのハイブリッド型で開発を進めることが求められる。そして頭脳にあたるのが創造的思考の領域で、ここではデータとAIを掛け合わせ、アジャイル型でスピード感を持って試行錯誤しながらデータドリブン経営を推進することが必要になる。

  • DXの3つの領域のイメージ図

「これらに加えて人間が何をすべきか、経験や感性も含めた人間力も重要であり、それがこれからの大きな課題だと思っています」(西畑氏)

西畑氏は、「VUCA時代と言われる今は、個の力とリーダーシップが重要」だと言う。やりがいがあり、モチベーションが高まることは、Will(やりたいこと)、Can(できること)、Must(すべきこと)の3つが重なる領域にある。個の力を高めるためにも、リーダーはこうした場を増やすことを考えるべきなのだ。

ビジネス部門側で一体となるOne Boat体制でDXを成功に導く

西畑氏が携わってきたDXの中で上半身の領域にあたるのは、90年代にJALが取り組んだインターネットビジネスだ。航空券はそれまで平日に店舗で買うしかなかったが、インターネット経由でいつでも予約できるようにした。インターネット上で顧客と24時間365日直接つながるというのは今では当たり前だが、これを始めたのは1996年。まだインターネットの黎明期だった。

下半身の領域としては、2011年からスタートしたSAKURAプロジェクトがある。これは1967年から稼働していたJALの旅客基幹システムを刷新するもので、国内線、国際線のプログラムを全て刷新、航空券の予約データと発券データの1300万件をグローバルスタンダードに移行した。

同氏が「成功のカギだった」としたのは、ITと業務部門、現場がビジネス部門側で一体となって責任を明確化する「One Boat」の体制を採ったことだ。また開発にあたってはエンタープライズ・アジャイルという手法を採用した。システムには機能やサービスが多く、機能ごとのプログラムが合計13回ドロップされて全体が完結するというものだったため、アジャイルとウォーターフォールを組み合わせて対応したのだ。

共通のプラットフォームに“身体”を合わせることを容認したのも大きかったという。現場、ビジネス部門、IT部門が一体となってプライオリティを付けたうえで、どうしても必要なものは開発する方針でプロジェクトを進めたそうだ。

「これが日本ならではのハイブリッドモデルではないでしょうか」(西畑氏)

このプロジェクトでは、マーケティングの考え方も採り入れた。これは、プロジェクトメンバーのほかに関係部門、経営陣、グループ会社やパートナーを巻き込むためのコミュニケーションと、プロジェクトを社内外に認知してもらうためのブランディングを大きな柱としている。コミュニケーションについては、西畑氏自ら国内外に足を運び、現地の空港や予約センター、ベンダーも含めたパートナー企業などのスタッフにプロジェクトの必要性を説いて回った。一方、プロジェクトのロゴをつくり、Tシャツや暖簾も制作するなどブランディングにも取り組んだ。その結果、「One Boat」の合言葉の下で全員が一丸となってプロジェクトを進めることができたそうだ。

AI活用で目指すのはデータ・ビジネス・カンパニーへの転身

JALカードは現在、データとAIを活用してデータ・ビジネス・カンパニーへの転身を目指している。これは頭脳の領域の取り組みだ。JALカードは会員数が350万人を超え、会員一人あたりの利用金額も多い。これらの数多くの優良顧客に飛行機の搭乗でマイルを貯めてもらうだけでなく、その他の生活の場でのコンタクトも増やそうというのがこの取り組みである。そのためにJALで導入したのが「JAL Life Statusプログラム」で、レストランやホテルの特約店など飛行機の搭乗以外のさまざまな場所でのJALカードの利用でポイントが付与され、積算ポイントによって会員ステータスが上がるという仕組みをつくっている。

さまざまなデータ分析やAIによって顧客や社内のデータを活用する「データアソシエイト活動」も数年前から始めている。AIを従業員体験(EX)の向上に活用するのは当然だが、この取り組みではそれよりもトップラインの向上やマーケティング施策の成長を重視している。こだわっているのは、単なる分析で終わらせず、「ビジネスの仮説を立てる力を養うこと」だと西畑氏は言う。その目的はゴールを明確化し、収益向上やコスト削減に向けた施策につなげるためだ。

2025年にはNTTデータと共同で、AIによってトップラインを向上させる取り組みもスタートさせた。顧客データをペルソナ化したバーチャル顧客を会話させ、そこからJALカード会員への効果的なマーケティング施策を導出しようという試みである。この会話を基にした効果検証もすでに実施し、良好な結果が得られているという。

「データ分析からはリアルなファクトが得られるため、それに基づいて地位やポジションに関係なくフラットな議論をすればよいと思っています。つまりデータドリブン経営とは、仕事の民主化なのです」(西畑氏)

経験から学んだ「イノベーション18カ条」

最後に西畑氏は、自身の経験から学んだことをまとめた「イノベーション18カ条」を紹介した。最初の構想の段階から実践、その後の実現の段階までのそれぞれに必要なこと、重要なことを挙げたものだ。例えば構想段階では楽観的発想力を持って夢を語ること、未来をイメージしてバックキャストで考えることが重要であるし、実践の場においては外部の人と知り合い、変化に対応しながら学び、失敗からも学ぶこと、実現の段階では人材とテクノロジーを掛け合わせた「ハイブリッド力」、全体を俯瞰してプロジェクト化する交通整理力、社内外を巻き込む力などが必要になるといった内容だ。

  • 西畑氏オリジナルの「イノベーション18カ条」

このほか、「敵をつくらないことも重要」だと同氏は指摘する。敵が現れると、それを突破するために本来の仕事ができなくなる。

「そうならないためには『広い心』と『肯定のあいづち』を意識すべきなのです」(西畑氏)

西畑氏がビジネスで大事にしているのは「Well-being」で、全ては世のため人のため、家族のためと考えているそうだ。そのために、業界やポジション、国籍を問わずさまざまな人たちとフラットな関係を構築し、信頼と感謝を忘れないことが重要だと続けた。

「心のエネルギーは、これからの新たな資本になります。BS上に見えない心のエネルギーがたくさんあればその会社は強くなり、それが成長の原動力になるのです」(西畑氏)