グローバル経営をどう進めていくか? 答える人 キヤノン会長兼社長・御手洗冨士夫

先が読めない、 対応が難しい世の中に

 ─ 米国ではトランプ大統領が就任しましたが、緊張が高まる米中関係やロシア・ウクライナ紛争など、世界が分断・対立しています。こうした混とんとした状況下をいかに生き抜くか。御手洗さんは世界の現状をどのように見ていますか。

 御手洗 1989年のベルリンの壁崩壊以降、グローバリゼーションが広がったことにより、EU(欧州連合)の改革が進んだり、NAFTA(北米自由貿易協定)、APEC(アジア太平洋経済協力)といったブロック的な経済圏が立ち上がりました。

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 さらに各々の経済圏が交流を始め、ヒト・モノ・カネはもちろん、石油や天然ガスなどを含めた様々な経営資源が、時間と距離の壁を越えて行き来し、「価値の交換」が進みました。その結果、世界中が豊かになったわけです。

 グローバリゼーションで豊かになった国の一つは中国でしょう。鄧小平政権によって打ち出された改革開放政策の流れにも乗って中国が豊かになり、アジアの国々も豊かになりました。

 ─ 地球規模でヒト・モノ・カネの流動性が高まり、アジアの国々も発展していったと。

 御手洗 その通りです。ところが、2008年のリーマンショックを契機に、世界経済はマイナス成長を経て、低成長時代を迎え、例えば、ブレグジット(英国のEU離脱)などに代表されるように、グローバリゼーションが衰退してしまいました。

 そのような「経済の分断」という混乱の状況下でロシア・ウクライナ紛争に代表されるような「政治の分断」までもが表層化し、各国による保護主義・自国第一主義が台頭してきました。

 自国第一主義というのは非常に危険です。過去を振り返っても、戦争の原因の多くは、自国第一主義の台頭です。その意味でも、今、世界は非常に危険な状態と言えるでしょう。

 ─ 世界が自国第一主義に陥っていることが分断・対立を生んでいるのだと思いますが、そうした中で、企業はどう舵取りをしていくべきですか。

 御手洗 まずは二つの戦争がどのような形で終結するかですが、依然として不透明です。この先が見えないという状態が一番困ります。また、1月からトランプ氏が再び大統領になりましたが、トランプ氏は政治的信念で動くのではなく、ディールの人です。したがって、こちらも先が読めない。それゆえ、非常に対応の難しい世の中になっています。

 世界全体が自由主義経済・市場経済の原則で動いていたところから、自国第一主義の台頭によって様々な壁ができ、難しい舵取りを要求されています。

 ─ その中で、キャノンは約8割を海外で売り上げているわけですね。

 御手洗 わたしが社長に就任したのは1995年ですが、23年間の米国駐在の経験から、企業活動を日本国内中心に行っていては、会社を大きく成長させることはできないと考えていました。そこで、当時は支店扱いのような位置づけにあった海外の販売会社を全て現地法人化し、一定の独立性を持たせたわけです。

 23年間の米国駐在のうち、最後の10年間はキヤノンUSAの社長でしたが、会社を成長させるためには、独立した販売会社として、各々の地域に根差した経営をしなければならないことを痛感していました。したがって、自分が本社の社長になったことを契機に、それぞれの販売会社は、その国で一流の会社になることを目指せる体制にしたわけです。

 ─ 海外で受け入れられるために、どんなことを心掛けたのですか。

 御手洗 海外でビジネスをする際に重要なことは、現地の社員の信頼、取引先の信頼を獲得することです。それなしには、きちんとした経営はできません。わたしの経験でも、その信頼を獲得するには最低10年はかかります。そのくらい信頼関係を築くのは難しいのです。

 わたしは23年ほど米国に駐在していましたが、今の米国販売会社のトップは米国に19年、ヨーロッパのトップは39年、中国のトップは中国だけで20年、米国も含めたら44年は海外で仕事をしています。

 すでに日本から全てを指揮命令し、コントロールできる時代ではありません。世界の各地域の変化を現地で感じ、それに対応できる体制にしています。

続きは本誌で