関東甲信越や東海地方の1都14県に134店舗の大型スーパーをメインに展開するベイシアでは、同社がこれまで抱えてきた課題の解決のために、デジタルの活用を推進している。その中心となっているのがID-POSデータの整備だ。

11月12日~14日に開催された「DCSオンライン×TECH+セミナー 2024 Nov. リアルとECの融合で実現する顧客体験価値向上の最新トレンド」に、ベイシア 執行役員 マーケティング本部 本部長の井上博之氏が登壇。顧客の利便性の向上や新規顧客の獲得を主な目的とする、課題の解決に向けたデジタル活用の取り組みについて説明した。

  • ベイシアの概要

ベイシアが抱えていた5つの課題

井上氏は冒頭、同社の抱えていた5つの課題を挙げた。1つ目は、1 to 1マーケティングができていなかったことである。POSデータの活用はしていたものの、それだけではターゲットを絞り込むことができなかった。

2つ目は、業態ごとに購買行動に違いがあることだ。すぐに消費する自分のものを買う「自己消費」がほとんどのコンビニエンスストアとは異なり、スーパーでは家族のための食材や、家族に頼まれたものを買う代理購入が中心となる。そのためコンビニエンスストアと同様のダイレクトマーケティングは通用しない。

3つ目は新規顧客の誘引だ。顧客が来店して購入すればPOSデータに記録が残るし、会員であればデータを活用したリピート施策も可能である。しかし来店したことのない顧客とはそもそも接点がなく、最初のトライアル購入につなげるためのコミュニケーションが必要になる。

4つ目は売場の分かりにくさだ。同社では、「スーパーセンター」と呼ばれる売場面積2000~4000坪の店舗を中心に大規模店舗を数多く展開している。売場が広いため、商品の置き場が分かりにくいという声が寄せられることもあったそうだ。

5つ目は、実店舗以外のニーズへの対応だ。環境や体調などさまざまな理由で、買い物はしたいが店に行くことができないという顧客も存在する。こうした人たちに商品を届けるためには、顧客の都合に合わせていつでもどこでも買い物ができるような環境をつくる必要があった。

ID-POSの活用とバスケット分析で1 to 1マーケティングを実現

ベイシアでは、デジタルを活用することで、このような課題を解決する取り組みを始めている。例えば1 to 1マーケティングの実現のために、ID-POSデータを活用することにした。ID-POSから顧客それぞれの購入データを取得し、購買行動を分析するのだ。ある商品の購買確率が高い会員のタイプなどが分かれば、ターゲットセグメンテーションも容易になる。

スーパーならではの代理購入にターゲットを設定するために、バスケットの中身を分析することにした。きっかけになったのは店頭での顧客行動の観察だ。一部店舗で販売している「手づくりクレープ」は、ID-POSデータからは女性がターゲットだとされていたが、実際にこの商品を手に取るのは男性も多かったという。

「ご家族で来店された場合、男性が商品を手に取っても、女性が『そんな甘いものばかり食べてはダメ』と売場に戻される。しかしどうしても欲しい男性が、『それなら二人で食べよう』と提案して2つ買っていくのです。こうしたことは購買データからは見えません。スーパーにおいてはID-POSだけに頼ってはいけないのです」(井上氏)

バスケットの中身を分析すると、例えば肉、魚、野菜といった素材を購入する顧客は、商品の質が高くないと購入しないことが分かった。また、主として総菜を買う顧客は、野菜や肉はおそらく他店で購入しているはずで、それは同社の商品の質に満足していないからだと考えることができる。こうしたデータに基づいて、同社では商品の内容や仕入の改善も始めているそうだ。

ID-POSによるセグメント情報とバスケット分析を合わせて活用すると、顧客ごとに適した販促を行うことができる。例えば、酒類をよく購入する顧客にビールのクーポンを配布する際につまみの情報も提供するが、バスケット分析からいつも一緒に買うつまみの種類が乾きものなのかチーズなのかといったことまで把握できているため、より購入につながりやすい商品を薦めることが可能になるというわけだ。逆に、未成年の会員に酒類の情報を送ってしまったり、ペットを飼う環境にない顧客にペットフードのクーポンを出したりといった無駄も省くこともできる。

「ID-POSを活用することで、お客さまが必要なときに必要な情報だけを送ることが可能になりました」(井上氏)

未購入の顧客との接点をつくり、リピートにつなげる施策とは

一度も来店していない顧客との接点をつくるには、自社ID-POSやアプリの会員データを活用する。例えば、新商品のビールをよく買うのは30代から40代の男性というように購入確率の高い層をターゲットとし、年齢や性別、エリアなどに応じてSNSなどで広告を配信する。代理店から視聴ログのデータをもらえば、あるエリアに住む30代男性が毎朝の通勤時にニュースアプリを見るといったことが分かるため、広告を配信するメディアや時間帯も絞り込むことができ、広告の効果を上げることができる。

未認知、未購入の顧客を来店に導くことも重要だが、一度トライアル購入した顧客をリピートにつなげ、ロイヤルカスタマーへと育成することはさらに重要だと井上氏は話す。そのために現在、取り組みを検討しているのが、いつも同じ銘柄、同じブランドの商品を購入する顧客に対して、別ブランドを提案するブランドスイッチだ。同じ銘柄の商品を購入する顧客に別の商品を薦めるだけでなく、豚肉がメインで売れているエリアで牛肉の良さをアピールしたり、生鮮品の購入者に、あとは焼くだけというタレに漬け込んだ商材を薦めたりするなど、幅広い商品を手に取ってもらえるような工夫をしていくことも検討している。

売場とチラシ、サイネージを連動させて店内を分かりやすく

売場の分かりにくさについては、売場とチラシを連動させることで対応している。例えばチラシに「えっ安い!」という文言があれば、その商品を置く売場にも同じ文言を掲示し、「チラシの品」と大きく掲示することで、目指す商品がどこにあるのかを分かりやすくした。今後は、購買履歴から買い回りの導線を分析し、広い店内でも無駄な動きをせず商品を探せるよう、店内の配置も改善する予定だ。

店内のサイネージも、チラシやアプリの情報と連動させたり、その売場の商品に対するコメントや同カテゴリーのお薦め商品などを表示したりといった工夫で購入につなげている。ピザの売場では、商品開発者の写真とともに、開発者が商品に開発にかけた思いや、より美味しくする調理方法の動画を流したところ、売上が大きく伸びたそうだ。

「チラシや広告をきっかけにご来店いただき、売り場ではサイネージで購入意思決定の材料をご提案して、最終的にレジで履歴データをいただく。こうしたサイクルによって、リピートにつながらなかったお客さまがいた場合に、どこに課題があったのかを探ることができます」(井上氏)

来店できない顧客に向けてネットスーパーを展開

さまざまな事情で買い物に来られない顧客に対しては、ネットスーパーで対応することにした。ネットスーパーの不安材料となる商品の質については、注文のたびに最新の商品を選ぶことを確約しているほか、スタッフの手書きのメッセージカードを添えるなど接客にも配慮している。

同社のECは現在楽天市場に出店しており、全国向けのECになっている。ここでは「実店舗であまり売れないものでも、企画提案することでよく売れることがある」と井上氏は言う。例えば高級食材やレア商品、産直商品などを提案すると、よく売れるのだそうだ。

同氏は最後に、今後のECの方針について、さらに規模を拡大し、「最終的には独自に開発した商品も取りそろえ、独立した自社のオリジナルECサイトを確立することを目指している」と結んだ。