セブン-イレブン・ジャパンは全国47都道府県に2万1000以上の店舗を展開し、自社のアプリには2400万人もの会員がいる。顧客接点が多く、日々膨大なデータを取得できるのが同社の強みであり、これを活かそうと現在取り組んでいるのがリテールメディアだ。
11月12日~14日に開催された「DCSオンライン×TECH+セミナー 2024 Nov. リアルとECの融合で実現する顧客体験価値向上の最新トレンド」に、セブン-イレブン・ジャパン マーケティング本部 リテールメディア推進部 総括マネジャーの杉浦克樹氏が登壇。顧客体験価値を向上し、リピーターにつなげるために、同社がどのようにリテールメディアに取り組んでいるかを話した。
環境の変化に対応することが重要
講演冒頭で杉浦氏は、昨今の社会環境の変化が小売業に大きな影響を与えていることを説明した。例えば人口減少や高齢者比率の増加といった社会構造の変化は客数の減少につながるし、世帯収入が上昇しない経済状況では消費意欲も減退する。さらに最低賃金の上昇や社会保険料の増加などにより、経費は増加傾向だ。
逆に、プラスを生み出す変化もある。技術革新から新たなサービスが生まれているのがその好例だ。例えばUber Eatsが近年大きく伸びているのは、社会や技術、経済などの変化に対応したためだ。時代の変化は常に起こるものであり、事業にとってはその変化にサービスとしてどう対応するかが重要になる。
セブン-イレブンは1975年に24時間営業を始め、その後POSシステムの導入、収納代行サービスの実施、セブン銀行(当時・アイワイバンク銀行)の開設、プライベートブランド商品の発売と、時代の変化に合わせてさまざまな商品やサービスを提供してきた。そして昨今の変化に対応すべく、現在取り組んでいるのがリテールメディアである。
ファーストパーティデータを持つ小売業にメリットが大きいリテールメディア
広告の世界には、90年代まで主流だったテレビや新聞などのメディアを介して広告を配信するマス広告、2000年以降に急速に拡大したインターネット広告などがあるが、現在注目されているのがリテールメディアだ。顧客に最も近いところにいる小売業が、自らの持つデータを活用して広告ビジネスを展開すれば、顧客と広告主の両方の満足度を満たせる可能性が高くなる。また、サードパーティクッキーの規制や個人情報保護の法令など、データを取り巻く環境が変化していることも、顧客から許可を取ったファーストパーティデータを利用しやすい環境にある小売業にとっては追い風だ。
同社では「セブン-イレブンアプリ」、店舗のサイネージやレジに加え、外部メディアでも広告配信を行い、消費者が商品を購入すれば店舗での売上になるほか、広告費の収入も得られる仕組みとしている。これは、単に商品を売るよりも「利益率が高いビジネスモデル」だと杉浦氏は言う。
「国内のリテールメディア市場はまだそれほど大きくはないですが、この後どんどん伸びる可能性があり、大きなチャンスがあると考えています」(杉浦氏)
膨大なデータを持つ自社の強みを活かす
セブン-イレブン・ジャパンは全国に2万以上の店舗があり、レジ通過客数は全店舗合計で1日2000万人にも上る。この顧客接点の多さに加えて、ファーストパーティデータとなる「7iD」と呼ばれるID POSデータを持っている。リテールメディアは、こうした質、量ともに国内最大級のデータを持つ同社の強みを活かせるものだ。
同社がリテールメディアで重視するのはファネル、顧客行動をいかに購買に近づけるかということだ。つまり店舗内で広告を見せ、目の前の商品の購買につなげることを指す。それだけではなく、購買のための認知を広め、広告依頼主のニーズに応えることを目的としてYouTubeやLINEなどの外部メディア広告も配信する。それによってフルファネルのサービス提供を目指しているという。
セブン-イレブン・ジャパンのリテールメディアの柱となっているのは、前述のアプリからの広告配信や外部メディア、店舗メディア、そしてファーストパーティデータとPOSデータを活用した効果測定によるメーカーへのレポートの4つだが、このうち特長的なのが店内メディアだ。これは店舗外を通過する顧客も対象とし、外からでも見えるようにしている。それを見て購買意欲の高まった顧客にもう一度店舗メディアで背中を押し、さらにレジなどの出口メディアで次の来店につなげるという。店舗内のデジタルサイネージとレジによる広告については、配信する広告の内容も重視している。例えば気温が上昇しているときにはサイネージに冷たいドリンクを表示するなど、さまざまな外的要因とサイネージを連動させる取り組みも始めている。
企業ごとに異なる課題に寄り添い、最適な配信内容を提供する
外部企業と連携したリテールメディアの取り組みも進めている。その1つが .me (ドットミー)との連携による「Cycle.me」と呼ばれる健康意識にアプローチした商品での事例だ。2022年2月から一部店舗で販売を開始、その後取扱店舗を拡大したが、顧客へのさらなるアプローチと訴求をかけるべく、リテールメディアによるテコ入れを行った。アプリを通じ、広告とともに半額や3割引になるクーポンも配信したところ、一時的に売上が伸長。しかし、効果の持続性がなかなか見られなかった。
「クーポンの値引きが大きすぎると、クーポンがあれば買うがその後は買わなくなる。それでは販促費用の無駄遣いです」(杉浦氏)
そこで、トライアルからリピートにつなげるためにターゲティングの精度を高め、クーポンも2割引に抑えた。またこの商品は時間帯ごとにターゲットになる顧客が異なるという特長があるため、サイネージ広告の設置店舗では配信内容も時間帯ごとに変えることにした。すると、サイネージ未設置店に比べ、設置店では販売の伸長率が1.5倍高まった。
さらに、パウチゼリー、野菜飲料、無糖コーヒーなどの購入履歴を持つ、健康に興味のありそうな顧客に対し、アプリ広告の効果を検証した。その結果、同社プライベートブランドのゼロサイダーの購入者はリーチ率、トライアル率ともに低かったが、リピート率は5.98パーセントと最も高かった。また全ての顧客の合計では2万2000人がトライアルで新たに購入し、うち761人がリピートで再購入しているという結果が出た。杉浦氏は「こうした数字を捉えられたことで、継続アプローチにつなげられるのが有意義な点」だと話す。
「企業ごとに異なる課題や悩みに寄り添いながら、最適な配信内容を提供することが重要です。私たち小売業が持つデータを使って顧客理解の解像度を上げ、LTVを高めるために継続して取り組むことに価値があります」(杉浦氏)
今後はAIの活用を推進し、“5方良し”のビジネスモデルを目指す
今後について同氏は「AIの活用が鍵になる」と述べた。実際に、数カ月間来店しなかった“休眠会員”に再来店を促すための広告やクーポン配信の内容をAIで検討したところ、それまでの購入履歴とは全く異なるカテゴリの商品の値引きクーポンが有効だという回答が得られた。その結果、この顧客は以前よりも頻繁に来店するようになり、クーポンに関係ない商品も含めて購買金額も増加したそうで、AIの有効性を再確認できたという。同社は今後、POSやID-POSのデータを活用した新たなリテールデータ事業も展開していく予定だが、ここにもAIを積極的に使うことにしているそうだ。
最後に杉浦氏は、「今後目指すのは5方良しのビジネスモデル」だと語った。“5方”とは、顧客、取引先、加盟店、地域、そして本部だ。小売業として顧客に最適なサービス提供を行いながら、取引先や加盟店の売上に寄与し、地域に合わせた広告配信を実現する。その結果本部の収益につなげていくことを目指していく。
「リテールメディアの世界は、5方良しのビジネスモデルを構築できるものです。だからこそ、さらに挑戦をしていきたいと考えています」(杉浦氏)