「多種多様な安心を届けられる、企業グループになりたい」─日本生命保険社長の清水氏はこう話す。介護大手のニチイホールディングスをグループ化し、同社の持つ介護・保育・医療事務事業を地域活性化に生かす他、生保の世界最大市場・米国で、現地生保に6000億円の出資を決定、利益拡大を図る。それらは全て「安心の多面体」という企業のあり方を実現するための方策。清水氏が目指す会社の形とは。
相場が変動しても安定した事業運営を
─ 実体経済を見ると米国の景気後退が懸念され、日本も利上げを契機に相場が大きく乱高下する局面がありました。現状をどう見ていますか。
清水 株価が振れやすい展開なのだと思います。FRB(米連邦準備制度理事会)の金融政策に対してはインフレへの対応が遅れているのではないかと言われていましたが、その後はうまく抑えてきて、軟着陸できると思われていたところに、思った以上に実体経済が悪いのではないかという指標が出てきた。
金融政策への懸念、実体経済が悪いという数字が出てきて、好調を続けてきた株式市場が過剰反応をしたと。日本もたまたま金利を上げた時期でしたから、米国景気が悪化した時に、日本の金融政策、実体経済はどうなる?という心配が、やや過大に受け止められて大きく下落することになったと思います。
今回は株価は戻りましたが、日米の金融政策の転換、実体経済や米大統領選の行方など、今後も不透明感が高まってくると思われますから、動きの大きい、一喜一憂する相場展開になるのではないかと見ています。
─ 資産運用も手掛ける生命保険会社としてはどう対応していますか。
清水 生命保険会社は、ある程度、複数のメインシナリオを想定しながら、上下に触れても大きく動かないように対応することが大事です。相場の変動がどんなに大きくても、安定した事業運営ができるような準備をしておくことに尽きます。
成長市場の米国で生命保険会社に出資
─ 2026年度までの中期経営計画の中で、長期的に目指す姿として「安心の多面体」を掲げましたね。ニチイホールディングスのグループ化や、直近には米国の生命保険会社に出資を決定するなど手を打っていますが、今後目指すものは?
清水 今回は2035年の姿を描いた上で、それを実現するための最初の3年間として中計を立てましたから、従来とは違う特徴があります。
今回の中計で打ち出したのが「誰もが、ずっと、安心して暮らせる社会」の実現を目指すというものです。いま言われている言葉で言えば日本生命グループの「パーパス」(存在意義)です。「誰もが、ずっと、安心して暮らせる社会」をつくっていくために社会課題を解決し、成長していくというのが大前提にあります。
我々は生命保険、資産形成、ヘルスケアで安心をお届けしてきましたが、今回ニチイホールディングスがグループ入りして介護、保育が加わり、多種多様な安心を届けられる企業グループになりたいと考えています。それを一言で言うと「安心の多面体」としての企業グループになりたいということになります。
この「安心の多面体」になるためには、それなりの利益が必要ですから、柱である生保事業もレベルアップが必要です。その1つとして、世界最大の生保マーケットである米国での生保事業に、今回本格的に参入することを決めました。
─ それが米生保のコアブリッジ・ファイナンシャルへの約6000億円の出資だったと。
清水 そうです。日本より相対的に成長性の高い米国でコアブリッジに出資することで、配当の形で利益をもらい、「安心の多面体」づくりに生かしていく。さらに、彼らは世界最大のマーケットでしのぎを削っていますから、商品開発、リスク管理、内部管理などで日本より優れている部分があります。それを持って帰って、日本生命のガバナンスに生かしていく。これが出資決定の主な理由です。
─ 改めて、生保の存在意義をどう捉えていますか。
清水 不安がなくならない限り、生保の必要性、生保事業に期待される役割は、これまでと変わらずあり続けると思います。
一方で、人口が減少する中、生保事業がこれまで通りに発展するのかという疑問を抱く方もおられます。しかし、私の信念ですが、成長率は低くとも、人口減少の下でも生保事業は確実に発展すると考えています。
─ そう考える理由は?
清水 1つは必要保障額が掛けられていないことです。世界的にも「プロテクションギャップ」(経済損失額と保険による補償額の差)が言われています。日本だけでなく世界的に、生保も損保も必要な保障が掛けられていない状態にあるのです。例えば損保であれば自然災害に遭った時に、その損害をカバーするだけの保障、仕組みができていないということです。
また、日本の場合には、超高齢社会の中で、社会保障が一定程度の枠組みで抑えられた時に、それをどう民間で準備していくかが問われますが、準備がまだまだ足りていません。プロテクションギャップを埋めるための企業努力によって、事業が発展する余地があると思います。
別の言い方をすると、現在の20代の加入率は5~6割ですが、20~30年前であれば7~8割でした。若年層の加入率の低さもプロテクションギャップの表れですから、この世代への保障をきちんと提供していくことが大事になります。
もう1つは、超高齢社会では、より健康で長生きしたいと誰もが思います。そのために医療やヘルスケアなど新たなニーズが高まってきますから、これも生保事業にとってはプラスの環境につながります。
デジタルと「人」の関係をどう考える?
─ 若年層は将来不安もあって結婚せず、子供も産まないという問題があります。保険加入が進まない一因だとも思いますが、どう対応しますか。
清水 私もそうでしたが、若い頃は目の前のことに集中しますから、なかなか遠い将来のことを考える余地がありません。かつては職域で、営業職員が企業に入っていって必要性を話し、それに感化されて加入するという形でしたが、今は立ち入りが制限されているのでできません。
それによって金融機関での販売や保険ショップも出てきたわけですが、自ら動かなければならないのでハードルが高い。必要性を認識できる環境がないことは加入率が低い理由の1つだと思います。
それに対し我々は、営業職員全員がスマートフォンを持っていますから、メールやLINEを教えていただければ文書や動画などデジタル情報で必要性をお伝えすることができます。
それで興味を持たれる方もいますが、やはりデジタルと対面では強さが違い、デジタルは時間がかかります。デジタルや電話などを重ねて、保障の必要性を訴えていますが、まだやるべき余地はあると思っています。
─ 日本生命には約5万人の営業職員がいますが、全産業界的に人手不足が言われます。デジタル化も含め、今後どう対応しますか。
清水 日本生命グループには生保、損保合わせて約1500万名のお客様がいます。単純計算で営業職員は1人が300人のお客様の対応をすると考えると、なかなかこれは難しい。従って、6万人、7万人いれば、より丁寧なサービスができるようになるということです。
もちろん6万、7万を目指すという具体的な数字はありませんが、営業職員の数は多いほどいいですから、増やす方向で考えていきたいと思います。
さらに、デジタルを使えば営業職員の働き方が一定程度、標準化できます。営業の結果を受けて拠点長や上司が、その後の対応を指示するのですが、うまくいくケース、いかないケースがある。それもあっての大量採用対応だったと思います。そして個別ケースの塊ですから標準化できていなかったのです。
これに対し、デジタルを使えば、メールやLINEを送って、反応を見て次はこう返そうということが、ビッグデータの活用で標準化できます。
このモデルが営業職員の活動の一定程度を占めてくれば、初めて営業活動に携わる人でも入りやすくなります。人手不足下で人材を採用するためには、営業職員活動の魅力を高めることはもちろんですが、活動の標準化をデジタルで進めることも重要だと考えています。
─ デジタルだけでなく「人」と融合させると。
清水 そうです。先日、ある支社を訪れたのですが、その場でもデジタルがいかに発達しても営業職員の必要性、力は変わらず、むしろ高まるということで意見が一致しました。
お客様がどんな不安を抱えているかは、自ら言葉にはしづらいものです。それを営業職員が、それまでの経験を生かして、会話の中で上手に引き出すのです。やり取りの中で不安の中身を明確にし、共通理解を得て、保険提案に結びつけるのが営業職員の力ですが、それがAI(人工知能)にできるとは思えません。
デジタル、AIができることは当然あります。それによって営業職員が余裕のある働き方ができ、力を発揮しやすくなります。デジタルが進めば進むほど、「人」の力がより価値を持つというのは確信に近い思いです。
─ 顧客が抱える思いを形にするのは「人」にしかできないということですね。
清水 ええ。特に生命保険は入る時が大事なのではなく、入ってから5年、10年という長期の商品です。ご自分の生活環境が変わった時に、最適な保障なのかを自らチェックすることが必要ですが、営業職員がアフターフォローすることで、最適な保障をご提案できます。このように、デジタルではカバーできない領域は大いにあります。
─ 「貯蓄から投資へ」の流れの中で新NISA(少額投資非課税制度)も始まりました。貯蓄性商品を扱う生保としてどう取り組みますか。
清水 特に今の若者は堅実ですから、NISAを含め資産形成に極めて真面目に取り組んでいます。その現状を見た時に、当社では資産形成を支援する商品の品揃えが不足しています。保険、保障の必要性を訴えるだけでなく、資産形成商品を取り揃えて、生保サービスの幅広さを打ち出したいと思います。
ニチイHDと連携して実現したいこととは?
─ グループ入りしたニチイHDと、どう連携して事業を進めていきますか。
清水 1990年前後に2カ所の有料高齢者施設をつくるなど、当社も介護に関心を持ち続けてきました。その後、99年にニチイと提携し、様々なサービス提供をしてきた中で、今回はいい巡り合わせでグループに入ってもらうことになりました。
当社として、サステナビリティ重点領域として「人」、「地域社会」、「地球環境」を定めています。「人」は生命保険で安心を提供する、「地球環境」はカーボンニュートラルの実現です。
そして「地域社会」は、当社は135年事業を続けていますが、全国に支社を展開し、その地域に住む営業職員を雇用して保険を提供していますから、昔から地域の発展が事業の発展とイコールでした。
ところが今、少子化・高齢化の中で地域の活力が失われていますから、我々が何とか地域の発展を支えたいという思いがあります。そのためには様々な要素がありますが、高齢者の方が安心して元気に働き、暮らせる。子供が生まれて、その土地ですくすく育つ。これらは地域の活力を維持する基本的な要素です。
ニチイは介護に加えて保育も手掛けています。当社も介護に関心を持ち、保育も細々ながら力を入れてきましたから、当社がやってきたことにニチイの力を合わせることで、さらに広く展開できるのではないかという期待を持っています。
─ 「失われた30年」と言われてきましたが、日本の潜在力をどう見ていますか。
清水 期待感が大きいですね。政権が資産形成の旗を降ったことで資産の有効活用が進んでいます。さらに賃上げを明確に打ち出したことで民間も呼応して、大企業を中心に多くの企業が賃上げを行いました。日銀もタイミングを見ながら、金融政策の正常化に動いています。
企業は金利が上がることで事業環境がよくなりますから、それをどのように新規事業、設備投資、人的資本投資をして、成長をしていくかを考える段階に入ってきました。
政府、個人、企業が三位一体でデフレから完全脱却して、次の成長に向かうという共通した意識を感じますから、経営者として、この千載一遇のチャンスを逃さないように取り組みたいと思います。