リクルートにおいて、社内の各プロダクトの意思決定の量と質を最大化し、各プロダクトが最高の施策を実行できる状態を実現するために活動しているのがICT統括室だ。社内ICTの提供だけでなくICTサービスを進化させる役割も担っており、2020年にはデータ分析基盤を構築するなど、データ利活用の推進にも取り組んでいる。

8月22日~23日に開催された「TECH+EXPO 2024 Summer for データ活用」に、同社 ICT統括室 人事・共通プロダクトユニット 人事・共通プロダクト部 データマネジメントグループの和田妥氏と同 内海裕二氏が登壇。全社的にデータ利活用を推進するための取り組みについて説明した。

成功事例の創出・共有で機運を醸成

講演冒頭で和田氏は、自身がICT統括室の前身組織に着任した2018年当時、社内でのデータ利活用があまり進んでいなかったと明かした。その理由は、機運が不足していたこと、データの中央化コストが高くデータが中央になかったため施策スピードが遅かったこと、そして人材がいなかったことだという。そこでICT統括室では、まず少人数でデータ利活用をけん引するところから始めて、データの一元管理という仕組み化、人材育成による組織化、横連携による発展という4つのステップを踏むことで、これらの問題を解決していくことにした。

  • 社内ICTサービスの概要

機運の不足については、ICT統括室で成功事例を創出して共有することで、効果と重要性を認識してもらうことが有効だと考えた。そこで統括室メンバーが各プロダクトに出向いて困っていることを聞き取り、約80件の要望を集めた。これら1つずつについて、データを探して集め、加工、可視化し、レポートやダッシュボードとして依頼元に提供した。また、その事例を次の依頼者に共有。1年がかりで約80件の依頼を解決していった。これにより、社内のデータ利活用に対する理解が深まり、新たな依頼が寄せられるようになった。

依頼が集中しすぎてICT統括室がボトルネックになってしまうこともあったが、それはプロダクトのメンバーが自分たちでデータを利活用する方法が分からなかったためだ。そこでスキルをシェアするため、OJT形式の伴走支援プログラムを始めた。施策実行の3~6カ月の間、データ収集から分析、実行、効果測定、改善までを伴走しながら進めた。この伴走により、データ利活用のスキルを体系的に学び、プロダクトチームが自ら施策を進められるようにした。

データのETL処理を一元管理する基盤を構築

伴走支援プログラムを実施するなかで、データがどこにあるか分からず施策スピードが上がらないという新たな課題も見つかった。当時は中央化コストが高かったためデータが分散しており、ETL(収集:Extract、加工:Transform、保管:Load)を手動で実行していた。そのため担当者が変わると表記ゆれが発生するなどデータの信頼性が低下、場合によってはデータ収集にかかるリソースが大きすぎるためデータ利活用をあきらめてしまうことすらあったそうだ。

そこで、一連のETL処理を一元的に開発、管理し、手動で対応していた部分を自動化する基盤を構築した。データをデータウエアハウスに保管し、分析の際にはそこに接続するだけで必要なデータが揃うという仕組みをつくったため、施策のスピードが上がり、データの品質も改善された。

  • データ分析基盤の構成イメージ

内海氏によれば、この基盤のコンセプトは3つあったそうだ。

1つ目は、誰でも簡単にデータ連携が可能なことである。そのために、ファイルをクラウドストレージにアップロードするだけでデータ連携が完了する方式を採用。アップロード以降はICT統括室側で一元的に開発、管理することにしたため、データ加工ロジックの統一、データ品質の向上も実現できたという。

2つ目は、低コストで運用可能なことだ。基盤のコストのうち要員費については、最小限の人員で運用できるよう設計し、ETL処理はPaaSを利用することでサーバー運用に関する工数をゼロにするなどしてコストを抑えた。クラウド利用料については、ETL処理は非稼働時に停止し、アップロードされたファイルのサイズによって自動的にスケールして処理するよう設計したため、従量課金の発生も抑えられた。

3つ目は、拡張性が高いことだ。データ加工の際にはフォーマットの統一や統計分析、クラスタリングなどの要件が発生することがある。そこで、さまざまなデータ分析や加工に対応するため、Pythonで自動化を実現し、効率的なデータ処理を行えるようにした。

「この基盤を数年間運用・開発してきましたが、コンセプトの通りに活用できています」(内海氏)

データの一元管理によって、データ利活用のフローも変化した。データ提供者側では、データ提供依頼が複数あった場合でも、分析基盤に一度データを渡しておくだけでよい。また利用者側では、まず分析基盤を見ればよいので、誰からデータをもらえばよいか迷うこともなくなった。

実践的なハンズオンセッションで人材育成

データ利活用できる人材の数は、前述の伴走支援プログラムによって増えてきた。しかし効果総量を増やすためには、その質も向上させる必要がある。そこで開発したのが人材育成を目的とする可視化/分析力向上プログラムだ。実際の業務で使用するデータを扱うことで理解しやすくなるし、得たスキルを日々の業務に流用でき、業務効率の向上も期待できることから、実践的なハンズオンセッションを提供することにしている。

プログラムの卒業生が、次の教師役を務めることになっているのも特徴だ。この経験により、卒業生自身のスキルも向上し、組織内にノウハウが継承されるため、退職や異動があっても活動が可能となる。 実際にこの取り組みによって、組織全体のデータ利活用のレベルの底上げ実際にこの取り組みによって、組織全体のデータ利活用のレベルの底上げができていると実感しているという。

横連携の場を設けてデータ利活用の発展につなげる

現在注力している取り組みは、データ利活用を発展させることだ。そのためには事例を生み出す土壌をつくる必要があり、横連携の場を設けることが重要となる。そこで、データに関する困りごとを相談できる場を設け、例えば「データパイプラインの構築方法」や「ログデータの分析手法」といった具体的な相談も受け付け、それを踏まえて協業につなげる仕組みをつくった。相談からデータ利活用の“タネ”を拾い上げて事例創出につなげたいという考えもあり、気軽に相談できるようルールは最低限に抑え、会話しやすいオープンな場所も設けた。チャットなどオンラインでも相談を受けているという。

「これらの取り組みによって、少人数でのけん引から発展まで、4つのステップでの課題はほぼ解決できました」(和田氏)

機運醸成から一歩ずつ進めば、必ず成果は出る

こうした取り組みによって施策スピードが上がった一例が、スマートフォン端末のライフサイクルマネジメントだ。従来、業務効率に影響を及ぼす旧型端末を特定し、利用状況や契約状況を見ながら入れ替える作業は、担当者が手作業で行っていた。しかし、データ分析基盤を活用し、データを基にした自動化プロセスを構築することで、端末のライフサイクル管理が効率化され、施策のスピードも大幅に向上した。そのきっかけは和田氏らが共有したデータ分析事例で、それを見た担当者が伴走支援プログラムと可視化/分析力向上プログラムに参加。かつ、データを中央の基盤に連携させ、ダッシュボードも自分たちで作成するという成果につなげたという。

「我々に依頼する分の時間が削減され、施策のスピードが上がりました。ここまで多くの時間がかかりましたが、1歩ずつ進めば必ず成果が出ると感じています」(和田氏)

今後については、比較的データの利活用が遅れているバックオフィス、スタッフ領域を中心に、他領域の支援を拡大することで、会社全体を進化させていくことを考えているという。最後に和田氏は改めて、「機運をつくり、データ基盤によりデータを一元管理し、データを使って効果を創出できる人材を育成して自立させることが必要」だと述べた。

「今、ゼロからデータ利活用を始めるなら、まずは機運の醸成から始めてみてはいかがでしょうか。機運ができることで組織から支援を受けることができ、さらに次のステップへ進めるでしょう」(和田氏)