過去最多の候補者が出馬した自民党総裁選が白熱している。9月27日に新総裁が決まり、10月初旬には新内閣が発足する運びだ。首相就任後、直ちに衆院解散・総選挙を行うと明言した候補もいて、派閥のパーティー収入不記載を巡る裏金事件による「派閥なき総裁選」は様々な意味で前代未聞の展開となっている。いずれにせよ、日本の経済状況の行く末への不安、人口減少といった長期的な課題、そして不穏な国際情勢を鑑みると、誰がリーダーとなっても道のりは険しい。
議員票の奪い合い
裏金事件を受けて首相・岸田文雄が派閥の解散を宣言し、岸田派をはじめ、多くの派閥が「消滅」して初めてとなった今回の総裁選は、これまで常識だった派閥の縛りが原則なくなった。だからこそ、多くの候補者が名乗りを上げたわけだが、自由行動となった議員票の奪い合いが熾烈を極めている。
8月下旬以降、国会議事堂近くの赤坂の飲食店では、ひっきりなしに自民党若手議員らによる会合の姿が目撃されている。ある支援グループの会合の個室の隣の部屋で、別のグループが会合をしているという光景もザラだ。会合中の議員に「誰を支援するか、もう決まっているの? まだなら私をぜひよろしくお願いします」といった支援依頼の電話が複数の候補予定者から次々とかかってくる場面も珍しくない。
一方で、解散したはずの派閥が「復活」している気配もある。ある派閥に所属していた若手がぼやく。
「派閥の縛りがなくなったと思ったら、旧派閥の『幹部』から、『なんで○○を推さないんだ。うちはみんな○○で固まるのが原則だ』と叱られた。そんなこと言われる筋合いはないのに……」
安倍派のある若手は、前回の2021年の総裁選は、存命だった元首相の安倍晋三から「(現経済安全保障担当相の)高市早苗を応援してくれ」と指示されたことを理由に、「他の人は推せないと支援依頼を断ることができた」と振り返る。依頼してきた相手も、安倍の指示とあっては「仕方ない」とあきらめたという。
ところが、2年前に安倍が死去して初めてとなる今回の総裁選では、水戸黄門の印籠よろしく、「安倍の指示」のような問答無用の断る理由を見つけられず、何度も断っても複数の陣営から支援の依頼が舞い込んできた。
父そっくりの小泉
日夜うごめく永田町界隈だが、新総裁の最有力は元環境相の小泉進次郎との見方が広まっている。
小泉は「決着」をキーワードに6日の記者会見で正式に出馬を表明し、憲法改正の実現や選択的夫婦別姓の法案化、解雇規制の緩和などを訴え、首相に就任した場合は、直ちに衆院を解散し、総選挙に臨む考えを示した。
小泉は、父・純一郎が首相として断行した05年の「郵政解散」を表明した際に口にした「国民の声を聞きたい」と全く同じフレーズを繰り返した。「改革」も連呼し、親子うり二つの記者会見だった。翌7日は東京のど真ん中・銀座4丁目交差点で街頭演説を実施。5000人超の聴衆を集め、早くも「ソーリー」の声が飛ぶ人気ぶりだった。
小泉は報道各社の「次のふさわしい総裁」に関する世論調査でトップクラスを維持し、元幹事長の石破茂をしのぐ結果も出ている。中堅・若手議員を中心に幅広く支持の動きがあり、同じ神奈川県選出の前首相・菅義偉が支援していることで議員票も手堅くまとめる見通しだ。総裁選に勝利すれば、43歳での首相は、初代首相の伊藤博文の44歳よりも若く、歴代最年少となる。
とはいえ、過去最多の立候補者数となり、議員票(367票)と党員・党友票(同)の計734票で争われる1回目の投票で過半数を占める候補は現れず、上位2人による決選投票にもつれ込むとの見方が一般的だ。その場合、小泉以外では、石破と高市のどちらかが上位2位に食い込むとみられるが、最終的に小泉が当選する可能性が高い。
永田町では、早くも真偽不明の「小泉政権」の人事構想が飛び交う。官房長官は、衆院初当選同期の経済産業相・齋藤健との話題で持ち切りだ。今回の党幹部・閣僚人事は派閥解消後初めてとあって、慣例だった派閥の閣僚推薦がなく、前例のない形となる。若手の積極登用といった小泉流のサプライズもあるかもしれない。
幅広い支持を集める小泉の背後にちらつくのが菅の影だ。脱派閥を掲げる菅だが、無派閥議員による「菅グループ」が形成され、総裁選でも小泉を下支えする。菅は首相退任直後から、自身の政権を支えてきた意中の官僚を小泉の下に定期的に派遣し、「帝王学」を学ばせてきた。小泉は人事で重鎮に頼らざるを得ない局面がありそうだ。小泉が勝利すれば、岸田とそりが合わなかった菅が久々に主流派として復権することにもなる。
一方、安倍政権や岸田政権で主流派を形成した、もう1人の「キングメーカー」である副総裁の麻生太郎は今回、非主流派に陥る危機に直面している。麻生は、自ら会長を務める麻生派所属のデジタル相・河野太郎を支援すると表明したが、派としての一本化は見送った。
実態は「見送った」のではなく、「見送らざるを得なかった」だった。裏金事件後も残る唯一の派閥として麻生は今回、まとまった行動をとる考えだった。再選に意欲を示していた岸田を支援することも選択肢の1つだったが、不出馬を表明。岸田とともに「三頭政治」を築いてきた幹事長の茂木敏充と良好な関係にはあるが、総裁選で支援を打ち出すほどの深い関係でもない。
普通に考えれば身内の河野の一本化で収まりそうなものだが、麻生派の前幹事長・甘利明が「まな弟子」の前経済安保担当相・小林鷹之の支援に早くから動くなど、一本化はそもそも無理な話だった。麻生の側近は「(麻生)会長は〝勝ち馬〟に乗りたがっていたが、時機を逸した」と語る。
麻生は「反岸田」で動いた菅が背後にいる小泉を支援することも嫌う。菅と共に小泉を支える元総務相の武田良太とは同じ福岡県選出で、骨肉の争いを繰り広げていることも小泉支援に回れない大きな理由の1つだ。
麻生政権時に、農水相でありながら首相退陣を求めた石破とも関係が良くない。小泉と石破の決選投票となれば、選択肢がなくなることを懸念した麻生は告示前、各社の世論調査で3番目に人気が高い高市と極秘で接触した。支援先がバラバラの麻生派だが、高市が上位2位までに滑り込めば、決選投票では麻生派54人の「組織票」で高市に乗る可能性がある。
解散最短記録も
早期解散を明言する小泉だけでなく、誰が新総裁、すなわち新首相に就任しても、衆院選は11月との見方が支配的だ。だが、ことはそう簡単ではない。
永田町では、遅くとも10月4日までに新内閣が発足し、7日に新首相の所信表明演説、9~11日に衆参両院で代表質問をそれぞれ行った上で11日に解散し、29日公示、11月10日投開票との日程が出回っている。4日に新内閣発足の場合、新首相は就任から8日目に衆院を解散することになる。
岸田は就任から11日目の21年10月14日に衆院を解散した。当時は衆院議員の任期満了が同月21日に迫っており、解散の有無を判断する余地がなかったので、参考にならない。実際、このときの投開票は任期満了後の同月31日で、現憲法下で初めて任期満了後の投開票となった。
このケースを除いた上で、新首相が就任してから何日目に衆院を解散したのかをみると、最短は1955年の鳩山一郎の46日目だ。2000年の森喜朗の79日目がそれに続く。今回、新首相が直ちに解散すれば、大幅に最短記録を更新する。
過去にも、就任したばかりの首相が即解散する構えを見せたことはあった。08年9月に首相に就いた麻生は解散を検討したが、リーマン・ショックによる金融不安対応を優先して断念した。その後、タイミングを逃し続け、結局、衆院議員任期満了まで残り約1カ月半の09年7月に解散を断行。衆院選で惨敗し、自民党は下野した。
今回、前提が大きく異なるのは、現在の衆院議員の任期満了(来年10月30日)まで残り1年以上あることだ。先の日程で衆院選に挑んだ場合、敗北、すなわち退陣すれば新首相の在任は約1カ月半となる。歴代最短である東久邇宮稔彦内閣の在任54日よりも短命に終わる。新首相が「今回無理をせずに実績を残した上で解散すればいい」という心理に傾く可能性は大いにあり、まずは新首相がどう判断するか。
とはいえ、来年夏には連立与党の公明が重視する東京都議選、そして参院選が行われる。参院選が実施される年に衆院選も行われたのは、1986年の衆参同日選が最後で、久しく行われていない。
いつ外交デビュー?
衆院選のタイミングによっては、外交への影響も出てくる。10月6~11日にはラオスで日本とASEAN(東南アジア諸国連合)関連の首脳会合が予定されている。毎回、軍拡を進める中国が話題に上り、通常は日本の首相が出席する重要な国際会議だが、先に触れた国会の日程を踏まえると、極めて困難だ。
仮に11月10日投開票ならば、同日から16日まで南米ペルーの首都リマで行われるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の閣僚・首脳会議、引き続き19日までブラジル・リオデジャネイロで行われるG20(主要20カ国・地域)首脳会議への新首相出席も確約できない状況となりそうだ。
11月11~22日には、地球規模の課題となっている脱炭素化などを協議するCOP29(国連気候変動枠組条約第29回締約国会議)が中央アジアのアゼルバイジャンで開催される。
解決の糸口が見えないロシアによるウクライナ侵攻、10月7日で1年を迎えるパレスチナを巡るイスラエルとイスラム組織ハマスの衝突、そして覇権主義を強め続ける中国による不穏な東アジア情勢などを踏まえると、日本の新しいリーダーが国際社会でなかなかデビューできないこと自体、国益を損ねることになりかねない。
衆院選が11月10日投開票の日程ならば、選挙期間中の11月5日に米大統領選が行われる。共和党の前大統領・トランプと、民主党の副大統領・ハリスとの対決は予断を許さない情勢だが、どちらが勝利しても、分断が固定化されつつある米国の政治動向が大きく変わることが予想される。
総裁選を勝ち抜く新リーダーに、こうした混迷の時代を生き抜く素養があるのかどうかも、我々は見極める必要がある。
(敬称略)