大和総研副理事長・熊谷亮丸氏の視点「岸田政権の成果と積み残された課題」

2024年8月14日、岸田文雄総理は自民党総裁選への不出馬を表明した。

 今年の春闘では33年ぶりの賃上げ率を達成し、名目GDP(国内総生産)は年率換算で600兆円、設備投資は100兆円を超え、6月の実質賃金が27カ月ぶりにプラスに転じるなど、岸田政権は着実な成果をあげている。また、岸田政権は、①成長と分配の好循環を目指す「新しい資本主義」の推進、②こども未来戦略「加速化プラン」の策定、③防衛力の抜本的な強化、④「資産所得倍増プラン」の策定、⑤G7広島サミットの開催、⑥経済安全保障の強化、⑦強固な日米関係の構築、⑧日韓関係の正常化、⑨原発の再稼働やGⅩ(グリーントランスフォーメーション)等を含むエネルギー政策の転換、⑩DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進、⑪最低賃金の大幅な引上げといった、数々の業績を残した。

 他方、岸田政権で積み残された課題は、以下の通りである。

 第一に、早ければ9月中にも発足するとみられる新政権は、国民に適正な負担を求めることを正面から訴え、財政健全化を図るべきだ。岸田政権の財政運営に関しては、防衛力強化、少子化対策、GX、半導体産業への支援等の分野を中心に、「受益(歳出)の拡大ばかりを先行させて、負担増(財源確保)については先送りしてきた」と批判する向きが多い。

 第二に、継続的な賃上げを実現するためには、労働生産性の引き上げが急務だ。そのためには、①企業の新陳代謝を促進、②労働移動を円滑化、③人的資本を中心とする無形資産投資を促進して、労働者の「エンプロイアビリティ(雇用され得る能力)」を向上、④GX、DX、規制改革、スタートアップの増加等を通じて、企業の成長期待を高める、⑤外国人高度人材の活用や女性のさらなる活躍を推進して、ダイバーシティ(多様性)を高め、イノベーション(技術革新)を起きやすくする、⑥デジタル化や組織のフラット化等を進めて、企業や政府の業務効率を改善、⑦コーポレート・ガバナンス(企業統治)を強化といった、労働生産性引き上げに向けた施策を同時並行的に講じる必要がある。

 第三に、全世代型社会保障改革こそが、公的な分配戦略の柱となる。

 第四に、成長戦略の柱として、GXやDXを推進することに加えて、医療・教育分野、エネルギー分野、「ライドシェア(自動車の相乗り)」等を中心に、成長戦略の「一丁目一番地」である規制改革には、引き続きしっかりと取り組むべきだ。

 第五に、「資産所得倍増プラン」や「資産運用立国」の実現に向けた施策を継続することが肝要である。

 筆者は、自民党総裁選において、これらの経済政策に関する議論が一段と深まることを大いに期待している。