まるでドラクロワの名画『民衆を導く女神』のような写真が世界中で拡散され、11月の米国大統領選挙の流れを変えた。共和党候補のドナルド・トランプ氏が銃撃後に流血しながら拳を突き上げる姿が78歳のトランプ氏有利の趨勢を作りつつある。
トランプ銃撃を受け、高齢批判がやまなかった現大統領のバイデン氏は選挙戦から撤退。民主党からは59歳の女性で黒人・アジア系(非白人)の副大統領・ハリス氏が大統領指名を確実にしている。「トランプ氏から女性蔑視や非白人蔑視の発言が出る度に、ハリス氏が有利になる構造ではないか」との声もある。7月下旬の世論調査では両氏の支持率は拮抗。まさに米国内でも〝分断〟が起きている。
大統領交代で政策の行方が大きく変わる業界の1つが自動車業界だ。特に前回、トランプ氏が大統領だった2017年から21年の間は、世界中の自動車メーカーが翻弄され続けた。
トヨタ自動車も例外ではない。トランプ氏が大統領に就任する直前、同氏はツイッター(当時、現X)でトヨタがメキシコに新工場を作ることを批判し、「米国に工場を作れ。さもなければ、高い関税を払え」と発信。初めて日本企業が標的になり、トヨタも投資内容の変更を余儀なくされた。
仮にトランプ氏が再選すれば自動車に対する政策は180度変わる。象徴的なのはEV(電気自動車)だ。既にトランプ氏は「EV普及の義務を(大統領就任)初日に終了する」と述べ、バイデン政権が進めてきた重要政策を撤回する考えを示している。石油増産などを通じ「物価高の危機を終わらせる」とも強調し、気候変動対策を否定する姿勢を改めて鮮明にしている。
「徹底的な現実路線で対応する」とトヨタ関係者は語る。既に同社内では大統領選挙の行方を注視。特に同氏はSNS「X」上で政策を発信することもしばしば。トヨタ社内では毎日十数件更新されるXをチェックする人員を配置している。それだけ混沌とする米国大統領選に神経を尖らせているわけだ。
北米はトヨタの販売台数で3割弱を占める最大市場。24年3月期の連結決算では営業利益が5兆円を突破したが、その原動力が円安とハイブリッド車(HV)。HVはEVより2割ほど安く、燃費効率も良い。加えてEVのような充電不安もゼロだ。
実際、この1年間でHVを含めた電動車の販売台数は約100万台増加。「90万台はHVで、北米で最も多く売れ、日本、中国と続く」(副社長の宮崎洋一氏)。米国市場でのトヨタのHVのシェアは6割近くになる。
「トランプ氏が大統領となってEVを締め出せば、販売車種としてのHVの存在感は増す」(アナリスト)。そこでトヨタは30年までに北米の主要車種全てにHVを搭載する方針。これもトランプ・リスクを勘案してのことと言えるだろう。
一方でハリス氏が大統領に就任すればバイデン氏が進めたEV路線は堅持されると見ており、26年から米国で新型EVを生産するため、電池生産などを中心に大規模な投資を継続。大統領選の行方次第で政策も大きく変わることが見込まれる中でも、事業を将来へと〝つなげる〟ために徹底的な現実主義を貫くのがトヨタの考えだ。
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