「暗号資産」や「ビットコイン」という言葉を聞いて、あなたは何をイメージするだろうか。
国内口座数が1000万を超え(4月末時点)、ビットコインの価格が高騰していることから、暗号資産に対してポジティブな印象を持つ人もいる一方で、過去に起きた交換業者の破綻や暗号資産の流出、価格の暴落などでネガティブな印象を抱いている人も少なくないだろう。
DMM.comグループで暗号資産交換業を営むDMMビットコインのハッキング事件が記憶に新しい。同社は5月31日、482億円相当のビットコインが不正に流出したと発表した。また、2018年には大手交換業者のコインチェックで約580億円相当の不正流出が起きた。コインチェックの事件では、従業員の端末がマルウエア(悪意あるプログラム)に感染したことが原因だった。
暗号資産を持ったことがない筆者はどちらかと言えば、暗号資産に対して「怪しい、危ない、難しそう」といった気持ちを抱いている。しかし、心のどこかでは「ちょっと気になるから始めてみたい」とも思っている。
そう思うのは、暗号資産がどんどん身近になってきているからだ。メルカリ子会社で23年3月に暗号資産サービスを開始したメルコインの影響も大きい。同社は2023年3月にビットコインの取引サービスを開始したが、約1年で利用者数が200万人を突破し、直近では220万口座を突破した(2024年5月16日時点)。
業界全体の暗号資産の口座数は2023年3月からの1年間で前年の3倍となる約310万増えたが、このうち6割超をメルカリが占めた。メルコインのサービスでは、フリマアプリのメルカリで不用品を売った売上高でビットコインを購入することができ、逆にビットコインを商品の購入時の決済に使うこともできる。
こうした便利さが全世代にウケており、口座開設者の約8割は暗号資産取引の未経験者だったという。普段からメルカリを使う筆者にとっては、ぜひとも利用したいサービスであるが、先述した通り暗号資産に対する不安が拭い切れない……。
筆者のように、暗号資産を始めるか始めまいかというジレンマに悩まされている人は、まずは暗号資産がどういった技術なのかを理解する必要があるだろう。そこで、素朴な疑問を抱えて、メルコイン 最高経営責任者(CEO)の中村奎太氏に直撃した。
株式会社メルコイン
CEO 中村奎太氏
大学在学中にインターン生としてサイバーエージェントでプログラミング教育サービスの立ち上げや、DeNAで動画サービスでの感情分析基盤導入などを行う。その後、メルカリの研究機関「R4D」にインターン生として参加。2018年に新卒入社後はブロックチェーンエンジニアとして、R4D内で進められていた「mercariX」プロジェクトに携わる。その後、グループ会社であるメルペイへ異動し、分散台帳開発やAMLsystemチーム、金融新規事業(Credit Design)にてPMを担当。2021年4月よりメルコインに所属し、Product部門のDirector、CPOを経て、2023年4月より現職。
謎の人物が発明したビットコイン
--「何をいまさら」感がありますが、ビットコインなどの暗号資産はどのようなもので、どのような仕組みなのでしょうか。
中村氏:暗号資産は、とても簡単な言葉で訳すと「デジタルな通貨」という意味になります。
暗号資産を語るうえで「ビットコインの登場」というトピックは欠かせません。暗号資産の代表格であるビットコインは、もともとは誰が作ったかはっきりとは分からない技術なのです。
「サトシ・ナカモト」という正体不明の謎の人物が2008年10月に公開した1つの論文が業界に衝撃を与えました。電子データだけで決済する新しい仕組みによって世界が変わるかもしれないと、その論文は世界中で注目を集めました。
そして、その論文をもとに複数のエンジニアがオープンソースでお金を発生させずにシステムを作り、2009年1月にビットコインが誕生しました。
ビットコインをはじめとする暗号資産の核となる技術は、ブロックチェーンと呼ばれる技術です。ブロックチェーンは、簡単に言えばネット上の帳簿で、「データの破壊や改ざんをほぼ不可能にする技術」と表現できます。つまりインターネット上の取引を、客観的に信頼できるようになる技術だということです。
私たち日本人は当たり前のように国の通貨、つまり現金を使っていますが、これは国や銀行を信頼しているから実現されていることですよね。しかし、世界に目を向けると、国自体の仕組みや財政が破綻していて、その国の通貨が本物か証明できず、違う国の通貨を使っている国は少なくありません。
ビットコインはブロックチェーン技術により、お金が持つ機能を代替できる存在です。インターネットが当たり前となった現代では、暗号資産は「グローバルな価値の伝播方法」になり得ます。実際に中米のエルサルバドルはビットコインを2021年に世界で初めて国の法定通貨に導入しました。
ビットコインがこれからどのように社会に浸透していくかは未知数ですが、新しい時代において「ビットコインに価値はない」という状況は訪れないと確信しています。
ビットコインのすごさは分かりました。ただ、暗号資産に対する「怪しい、危ない」といった気持ちが拭え切れないです……。
中村氏:暗号資産に対して、何となく怖い、難しそう、損しそうという印象を持つ人は多いです。
ビットコインに関するこれまでの歴史を振り返ってみると、多くの人がそういう気持ちになってしまうのはある意味当然なのかもしれません。
初期のころは、ビットコインが投機対象だというイメージが強く、大きく儲けた人や、結果的に大損をしてしまった人もいました。そのイメージが根強く残っています。
そして、これまでに何度か発生したハッキングによる暗号資産の流出事件や経営破綻のニュースが、みなさんの不安感を煽っている大きな原因だと思います。
先ほど説明した通り、ビットコインをはじめとする暗号資産はブロックチェーン技術によって本質的には盗まれるという概念はありません。ブロックチェーン上にデータが存在する以上、絶対に改ざんできないことを担保しているので、不正することはできません。
ブロックチェーン自体の不正は難しいですが、暗号資産交換業者はブロックチェーンの外で顧客の暗号資産を管理しているため、ハッキングなどにより流出被害が出てしまうケースはあります。
日本では、こうした流出の事例を受けてより強固なルール整備やセキュリティ技術の向上が求められますし、業界を挙げて取り組んでいく必要があると感じています。
ビットコインの「4年に1度の半減期」とは?
--「冬の時代」と言われてきたビットコインですが、2024年3月に価格は初めて1000万円を突破するなど、ここにきて再注目されています。
中村氏:ビットコインの注目度が高まっている大きな要因の1つとして、4年に1度訪れる「ビットコインの半減期」が考えられます。
日本では、通貨は政府と日本銀行によって発行・管理されます。しかし、ビットコインには中央銀行のような管理者はいません。では、ビットコインは誰によって生み出されているのでしょうか。
答えは「マイナー(採掘者)」と呼ばれる人たちです。マイナーは、ビットコインを新たに生み出す作業「マイニング(採掘)」を行っています。
ビットコインには運営者はいませんが、ある取引に対して、その取引が正しいことを確かめて複雑な計算処理を行う人やリソースが必要です。
そこで、ビットコインにはインセンティブプログラムが設けられていて、高性能なコンピューターと大量の電力を使い、いち早く計算処理をできたマイナーには、報酬としてビットコインが支払われるようになっています。つまり、マイニングによってビットコインが新規発行されているのです。
そして、このマイニングによって得られる報酬は約4年に1度のタイミングで、半減するようにあらかじめプログラムされています。2024年4月20日に4回目の半減期を迎え、マイニング1回あたりの報酬は3.125ビットコインになりました。
「採掘」と表現される通り、ビットコインは商品としての「金(ゴールド)」の仕組みと似ています。地球上に埋蔵されている金の総量に限りがあるように、ビットコインに発行上限(2100万枚)や半減期を設けることで、価値が薄まるのを防いでいます。
2012年、2016年、2020年の過去3回の半減期を振り返ってみると、半減した後にビットコインの価格は上昇しました。またビットコインの価値が上がると、ほかの暗号資産もつられるように価値が上がります。半減期だけが価格上昇の要因ではありませんが、注目される大きな要因の1つです。
急成長するメルコインの狙い
--メルコインが提供するビットコイン取引サービスは、提供開始約1年で口座数が200万を突破しました。急成長している理由を教えてください。
中村氏:メルコインが注力してきたこと。それは「とりあえず(暗号資産を)持ってもらって慣れてもらう」ことです。ビットコインが何かイマイチ理解できず不安を抱えている人に対して、少額でもいいからまずは持ってもらうというアプローチを取ってきました。
そのためには、簡単に始められるということが重要です。メルカリの月間利用者数は2200万人を超えていますが、そのうち約1600万人は本人確認済みのユーザーです。本人確認済みのユーザーであれば、最短30秒でビットコインの口座開設が簡単にでき、1円から購入できます。
もちろん購入したビットコインは売却も可能で、売却額はアプリのメルペイ残高に計上されます。メルカリで使わなくなったモノを売って得た売上金を活用してビットコインを買うこともできるし、メルカリでの商品購入時に保有しているビットコインを決済に使用することもできます。
UX(ユーザー体験)にもこだわっています。例えば、アプリ上で表示するビットコインの保有金額は円で表記しています。現在、1ビットコインは1000万円(2024年5月30日時点)を超えており、ビットコインで表記しようとすると小数点が多くなり、初心者には分かりにくくなってしまうからです。
20代~50代以上まで全世代で幅広く利用されている点もメルコインの特徴です。当社の調査によるとユーザーの8割以上が初心者で、「思ったよりも簡単だった」「少額で始められた」と、6割以上の人がポジティブなイメージに変わったと回答しています。
--2024年5月には、ビットコインに加えて新たにイーサリアムの取引を提供開始しました。狙いを教えてください。
中村氏:イーサリアムには、ビットコインが持っていない魅力があります。
ビットコインはあくまで通貨としての機能しか持ちませんが、イーサリアムはブロックチェーン上でプログラムやアプリケーションを動かせることができます。つまり、プラットフォームとして利用できます。
ブロックチェーン技術で開発されたアプリケーションは「DApps(ダップス)」と呼ばれ、金融や不動産、ゲームなどさまざまな分野で実用化されているのです。ビットコインよりも先に進んでいる暗号資産ですね。
まずはたくさんの人に暗号資産に慣れてもらうため、ビットコイン取引のみを提供してきましたが、取引量がビットコインに次ぐイーサリアムの取引サービスを開始することは既定路線上にありました。また「ビットコイン以外の暗号資産を取引したい」というユーザーからの声も多かったです。
ビットコインの売買と同じようにメルカリ上でイーサリアムが取引できるようになり、ビットコインとイーサリアムの価格の動きを比較しながら、取引することができるようになりました。
特徴が異なる新たな暗号資産を提供することで、ユーザー体験の幅を広げていきたいと考えています。
--最終的にメルコインが目指す世界とは……?
ブロックチェーンや暗号資産は、これまでの世界だと感じられなかったような体験を生み出す可能性が大いにあります。
暗号資産が実現する世界は、怖い世界ではなく、体験が新しく楽しい世界です。
ですが、今の時代にデジタルな資産を持つことは、まだ世間に浸透していないじゃないですか。浸透していないこの領域を、メルコインが急速に切り開いていこうと思っています。
具体的には、(業界全体の)国内の暗号資産口座数が、証券口座数(約3640万口座、2024年3月末時点)を超えることを目指しています。まずは、220万(2024年5月16日時点)を超えたメルコインの口座数を1000万以上に拡大させていきたいです。
ちょうど2024年8月からは、自動的にビットコインをつみたてられる新機能も追加されます。ビットコインの購入タイミングの見極めが難しいといった方でも始めやすく、NISAやiDeCo同様に、資産形成の裾野を広げるサービスをを目指しています。
まだ暗号資産を持ったことがない方には、あまり臆せず、気軽に手軽に、まずは手に取ってもらえると嬉しいです。