製造業における長年の課題の1つに、人手不足がある。技術者の高齢化、新規就労者の減少により、日本のものづくりが衰退してしまうのではないかと懸念する声も多い。このような課題を解決すべく、今さまざまな取り組みが始まっている。中でも、ここ数年増えているのがAIを活用した取り組みだ。

石川県金沢市で自動車や半導体関連の自動化事業を営んできたアルムは2021年、製造業向けのAIソフトウエア「ARUMCODE」をリリースした。同ソフトウエアは製造の現場において約半分のコストを占めるというNC(Numerical Control:数値制御) プログラミングの作業を自動化するものだ。リリース後、導入社数は順調に増え、2024年5月には独立系ベンチャーキャピタル・DIMENSIONをリード投資家とした総額7.6億円の資金調達にも成功。2025年以降の海外展開を目指しているという。

投資家が関心を寄せたARUMCODEとはいかなるものなのか。大型の資金調達を叶えた決め手はどこにあったのか。

今回は、アルム 代表取締役の平山京幸氏と、同社への出資を担当したDIMENSION ビジネスプロデューサーの家弓昌也氏に話を伺った。

  • アルム 代表取締役の平山京幸氏

  • DIMENSION ビジネスプロデューサーの家弓昌也氏

リーマンショックを機に、工場の全自動化を目指す

アルムは2006年、各種産業機械の設計・製作などを請け負う企業として設立された。その2年後に起こったのがリーマンショックだ。平山氏はこれまで取引のあったNC加工の技術を持つ中小企業がばたばたと倒産していくのを目の当たりにし、このような中小企業にこそ、デジタルやAIの力が必要なのではないかと感じたという。そこで同氏は、製造現場の全自動化をするための仕組みづくりに着手した。

「加工の現場は職人に依存する場合が多く、デジタル化やIT化とは縁遠い企業ばかりです。弊社では大手メーカーに向け、機械装置などを展開していましたが、本当は中小企業にこそ、人に依存せず加工が行えるものが必要なのではないかと感じ、開発を始めました」(平山氏)

製造現場の全自動化にあたり、まず必要になるのは多くの工作機械に備え付けられているNC装置に指示を出すためのNCプログラミングの自動化だ。そこで同氏らは独自にNCプログラミングの自動化ができるAIソフトウエアの開発に取り掛かったという。

ここで役立ったのが平山氏の学生時代の経験だった。同氏は高等専門学校在学中にプログラミングやAIのアルゴリズムの開発をした経験があり、「その知識を活かして何か開発できないか」と考えたそうだ。

NCプログラミングには4つのフェーズがある。第一段階では製作する部品の形状を解析し、第二段階で最適な加工の種類を判断して、第三段階で加工に用いる工具を選択する。そして第四段階では工具の回転数や力加減を決めていく。各フェーズで平山氏が持つ専門知識を活かした算出方法や分析方法を採り入れたほか、アルムでCTOを務める神戸大学大学院工学研究科 准教授の西田勇氏の知見も活かし、自動化に向けて開発を進めていった。

データ蓄積のために企業買収も

平山氏は当時を振り返り、「機械装置メーカーとしての経験は豊富だったものの、機械装置を構成する金属部品に対する知見は浅かった」と話す。そこで同氏は、AIソフトウエアを完成させるためのデータを蓄積するため、2015年に秋田県で金属などの精密部品加工を行うオーエスイーを子会社化。そこで得たデータを駆使し、どの素材とどの工具の場合にはどのような条件を数値化するのかなど、イメージ通りに加工するための切削条件をAIで出力する方法を模索した。実際にAIを用いて加工した部品は30年以上の経験を持つ技術者にも見てもらい、そのフィードバックをエンジニアへ伝え、再度改良し……というプロセスを複数回繰り返したという。

「5年ほど前には、ようやくデータベースがまとまり、ソフトウエアの試作ができました。しかし、いざ動かしてみたらまったく上手く製造することができず、皆でがっくりと肩を落としたこともありました」(平山氏)

こうした取り組みを経て、着想から約10年を経た2021年、ARUMCODEが完成した。

DIMENSIONが出資を決めた3つの理由とは

ARUMCODEは現在、大手メーカーから中小企業まで約100社に導入されている。富山県のある企業では、従来、60分かけてNCプログラムを作成していたが、ARUMCODEにより、1~2分に短縮できたという。また、ある半導体製造装置のメーカーでは16時間かかっていたプログラミングが15分になり、「大変驚かれた」(平山氏)そうだ。

そんなARUMCODEの存在を見つけたのが、製造業の人材不足を解消するサービスを検索していたDIMENSIONの家弓氏だ。興味を持った同氏は2023年10月、アルムに直接問い合わせをし、平山氏らと接点を持った。

日々、あまたある企業から出資先を探す家弓氏がARUMCODEに惹かれたポイントは、次の3つだったと同氏は説明する。

1つ目は、平山氏の経歴である。「20年近く製造業の現場に携わりつつ、ソフトウエアに関する幅広い知識を持つ経営者は稀有」だと家弓氏は話す。

2つ目は、アルムが豊富な実加工データを持っていることだ。同氏は「データの独自性と質が、AIの品質を決める」と言い、「アルムが長い間データを蓄積していたという先見の明に着目した」と語る。

3つ目は、ARUMCODEがどのような現場でも使えるという点である。大手メーカーなどで同様のソフトウエアを開発する場合、社内向けに独自の仕組みを構築する場合が多いが、アルムの場合、外部での使用を想定して開発されているため、どのような現場でも使用でき、対象となる市場も大きい。また、自社開発のため、コストが低いというメリットもあるそうだ。

では今後、競合の増加が予想される製造業向けAIソフトウエアの分野において、アルムが持つ強みは何か。家弓氏は「実際に現場で使われていること」だと力を込める。

「製造業に向けたAIソフトウエアはいくつもありますが、現場レベルまで行っているものはあまりありません。ARUMCODEはまさに今、現場で結果を出しつつあります。これが進んでいけば、現場の製造データがさらに増え、ソフトウエアもより良くなり……と、市場におけるアルムの優位性がどんどん高まるのです。やがてトップランナーになるのではないかと思っています」(家弓氏)

技術流出への対策を慎重に行いながら、海外進出を目指す

DIMENSIONらから総額7.6億円の資金を得たアルムが見据えるのは、2025年初頭の海外展開スタートである。まずは米国、カナダ、中国、韓国、インドでARUMCODEの無償アカウントの発行を開始する予定だという。無償での提供には製造業向けソフトウエアならではの理由があると平山氏は説明する。

「製造業は歴史が古く、その国にどれくらいの企業があるのか、母数を事前に知ることが難しいのです。そこでまず無償アカウントを発行し、利用社数を知ることで、市場規模を把握したいと考えています」(平山氏)

海外展開に向け、平山氏らが考えるべきことはいくつもある。例えば、言語への対応だが、1つの言語につき1週間ほどで構築が可能であり、それほど大きな労力はかからないそうだ。また、展開先の国でARUMCODEを使用できるクラウド環境があるかどうかという点も検討事項となる。これについては、Microsoft Azureであれば各国で使用できることがすでに分かっているため、特別な開発も必要ない見込みだ。

目下、課題となっているのは、日本の持つ製造技術を応用したAIソフトウエアの海外輸出に関する規制対応だと平山氏は語る。例えば、アルムではARUMCODEを搭載した工作機械自体も開発しているが、こちらを海外展開する場合、輸出貿易管理令の別表第3に指定された「グループA(旧ホワイト国)」にしか輸出ができないという輸出規制が敷かれている。工作機械にかかるプログラムにも同様の規制が存在することもあり、技術流出の懸念が無いことを説明するため経済産業省などとのやり取りが続いているそうだ。

「このような議論は民間企業では対応できないため、政府とも協議をしながら進めていく」と語る平山氏の言葉に、家弓氏も「我々も慎重に手順を踏んで進められるよう協力する」と支援の姿勢を見せた。

「最大のライバルはシーメンス」- 2030年がマイルストーン

出資するDIMENSIONとしては、2030年のアルム上場を1つの指標とし、日本国内と海外の両方で事業を展開するためのサポートをしていきたいと家弓氏は言う。

一方、平山氏は海外市場での売上を2030年までに100億円にするという目標を掲げている。今のところ、最大のライバルはドイツのシーメンスだと言い、「世界に2000万事業所あると言われる金属加工の市場で、シーメンスとどう戦い、勝ち得ていくのかのプランを練りたい」と意欲を見せた。

「ARUMCODEは工場を全自動化するための要素の1つとして開発しました。将来在るべき工場の姿を実現するために、どうしても必要なものだったのです。これからも製造業のAI化、全自動化のため、がんばっていきたいと思います。また、これからも同じ志を持つメンバーや、共に製造業の発展を目指す企業さまを募り、さらなる改良を進めていきます」(平山氏)