LINEヤフーは3月29日、同社が運営する「Yahoo!ニュース」主催の「ベスト エキスパート 2024」授賞式を開催した。式典では各分野の専門家が集うプラットフォーム「Yahoo!ニュース エキスパート」に参加する約2,600人の「エキスパート」の中から、2023年に最も日々の生活やニュースへの視点をアップデートさせたエキスパート14名が表彰されたほか、AIや食のトレンドをテーマにしたパネルディスカッションも行われた。

その中から本稿では、AIをテーマにしたパネルディスカッション「With AI時代 発信者はAIにどう向き合うか」の内容を抜粋し、お届けする。

3者はAIをどう捉え、どう活用するのか

「With AI時代 発信者はAIにどう向き合うか」に登壇したのは、書籍『東京都同情塔』(発行:新潮社)で芥川賞を受賞した作家の九段理江氏、Yahoo!ニュース エキスパートでエキスパートとして記事発信も行う“医療の翻訳家”の市川衛氏、戦場カメラマンとして知られる渡部陽一氏の3名。モデレーターはLINEヤフー 上級執行役員 生成AI統括本部長の宮澤弦氏が務めた。

冒頭、宮澤氏はYahoo!ニュースに掲載されているAI関連の記事が約13000本あることを示した上で、「注目度は高いが、もちろん(利用にあたっては)リスクもある。どうAIに向き合っていくのか議論したい」と切り出した。

自身の著作の執筆過程で生成AIを壁打ち相手として活用したという九段氏は「言語の可能性を考える中で、新しい技術である生成AIを使うことは自然なことだった」と話す。実際の執筆過程ではChatGPTに対し、「刑務所という名称を現代的な価値観に基づいてリニューアルしたいです。どのような案が考えられますか」と聞いたところ、全ての回答がカタカナの入った名称だったことから、主人公がカタカナ嫌いという設定が生まれたというエピソードも明かした。

  • 作家の九段理江氏

記事作成に生成AIを活用しているという市川氏は当初、記事にしたい内容を項目立て、生成AIに文章をつくってもらうことを考えたが、結果的に「“ザ・良い子ちゃん”のようなつるっとした記事になってしまった」と語る。そこで、記事を書いてもらうのではなく、編集者としてAIに活躍してもらおうという考えに変えたという。具体的には、自身の書いた記事を入力した上で、「この記事でもっと補足すべき情報はありますか。または冗長で、もっと削った方がいいところはありますか」と尋ねたそうだ。その結果は「本当に編集者の人が返してくれたような感覚」だったと市川氏は振り返った。これを受け、宮澤氏は「AIには具体的な立場を指示するとなりきって回答してくれる特性がある」と説明した。

生成AIを使用したことがなく、「メカに弱い」と言う渡部氏は、ChatGPTのデモンストレーションを見た感想を「AIの回答を目にした時に、人と話しているような個性や愛着を感じた。ロボットというよりも友人、家族のような温かい観点でアドバイスしてくれている」と語った。また、戦場カメラマンとして自身の業務におけるAI活用を考えた際は、日本にいながらいくつかの取材に向けた段取りを確保できるのではないかとした。これに対し、宮澤氏は「戦場カメラマンの仕事はなくならないが、AIが現地での仕事をサポートするという部分はますます進化していくのではないか」と見解を語った。

クリエイターが考える、人でなければできないこと

市川氏は「自分で発信するクリエイターにとって不安になるのは、これが独りよがりではないかとか、本当に分かりやすいのかということ」だと話す。これまでは自身の記事を家族や友人に読んでもらっていたそうだが、読んでもらう労力、時間、心理的負担があったという。

「AIであればどれだけ文字量があっても短い時間で回答してくれます」(市川氏)

さらに市川氏は今後、「この記事を読んだ時に拡散したいと思いますか」というようなことを生成AIに問いかけ、コンテンツを届けたい対象をより意識した文章の書き方や構成をしてみたいとした。

一方で九段氏は「次の作品で生成AIをどう使うかはあまり考えていない」と言う。それは、『東京都同情塔』執筆中にあるデメリットを感じたからだ。

「AIで質問と解答を繰り返していく中で、パターン化していくのを感じました。AIが何を返すか、予想ができるようになってしまったのです。小説を書き終えた後はあまり使わなくなってしまいました」(九段氏)

さらに九段氏は「芥川賞受賞作品は生成AIを使って執筆した」と公表した後に、「真面目にやっている人に失礼だと思わないのかという意見をもらった」とも言う。しかしそのような意見は「人間が機械に置き換わるのではないかということに恐れを抱いている人たちが 過剰に反応しているだけ」だと続け、より有効にAIを活用するにはどうすべきかを議論することが重要だと述べた。

「人間が生成AIをどう使っていくのか。どう使えば、人間の限界を超えるような使い方ができるのかということをもっと議論できれば、より有効な活用ができるのではないでしょうか」(九段氏)

「(小説に求められるような)強烈な個性は、まだ今の生成AIに求めることはできないのではないでしょうか」(市川氏)

「生成AIはどんどん賢くなり、しかもどんどん安くなっていく。できることは増えるけども、利用価格は下がっていく特殊な世界です」(宮澤氏)

市川氏はこれらの発言を踏まえ、知識量や共感性では生成AIが勝る可能性があるため、「人間はオリジナルのアイデアや、社会に対し伝えたいメッセージがあるというような、意思のある記事を書かないといけない」とまとめた。

AIのリスクを理解した上で、向き合い方を考える

さまざまなシーンで活用が進むAIだが、リスクがあることも忘れてはならない。

渡部氏は今年2月から3月にかけ、パレスチナ・ガザ地区を訪問したことを挙げ、「短期間で極端に多くの犠牲者が出ている場所では、AIに管理された無人ドローンが使われており、AIがターゲットをロックオンしてしまうと、周りにいるのが一般人であれ、攻撃してしまうことがある。AIによって、世界中の戦争が大きく変えられてしまっているのは事実だ」と述べた。

「ジャンルを問わず、どの取材も同様だが、必ず自分の足で現場に行く。そこで目の当たりにしたことを、AIや第三者の情報に重ねていくのが良いのではないか。(現場に行くという)原点は、これからの時代により問われていくでしょう」(渡部氏)

  • 戦場カメラマンとして知られる渡部陽一氏

生成AIのリスクについては九段氏も「AIが提案してくるものを批判もせず受け入れる、 AIが示すものが正解だと思い込んでしまうのは危険だと感じている」と話す。

「AIは人間のサポートとして使うにはすごく有用です。AIに置き換えられるタスクをAIに委ね、浮いた時間を自分のクリエイティビティに使うのが良い向き合い方なのではないでしょうか」(九段氏)

市川氏は「これからはフェイク動画や偽装記事が情報空間に溢れるだろう。Yahoo!ニュースでは情報空間をどう守っていくのか」とモデレーターの宮澤氏に問いかけた。

「今は、悪意のあることができるツールがある状態です。一方で人間は、真実は何なのか、信頼できる情報は何なのかを欲するものです。我々は信頼できるメディア空間をどうつくるか、嘘の含まれた記事や動画をどう阻止していくべきなのか。エキスパートやクリエイターとの関係もアップデートしていかなければいけないと考えています」(宮澤氏)

これに対し、市川氏からは「With AI時代に、行動規範、ガイドラインになるようなものがつくられていくと良い」と要望が上がり、宮澤氏は「AIの時代に合わせた我々のルールや規約をつくっていかなければいけない。一方で、AIでもつくれるような記事は無限につくれるので、ほぼ価値がゼロになる。価値のある記事は誰にも真似できないもの」だと続けた。

  • 左から、LINEヤフー 上級執行役員 生成AI統括本部長の宮澤弦氏、“医療の翻訳家”の市川衛氏

この大変革期に人々は何をすべきか

渡部氏はAI時代の到来を、フィルムカメラからデジタルカメラに置き換わったときと同じくらいの大きな変革期だと捉えているそうだ。その上で「今日のお話を聞いていて、僕は決断しました。AIやります」と宣言。市川氏も「フィルムからデジタルカメラ、もしかしたらそれ以上の大変革期」だとした上で、「今後さまざまな問題が出てくる可能性はあるものの、クリエイター、プラットフォーム、あるいは国レベルでどうしていくべきかを考えなければならない」とし、会場に集まったエキスパートらに「クリエイター側もAIに触れてみるのが良いのではないか」と呼びかけた。