2012年にリリースされた無料語学学習アプリ「Duolingo」。手軽に語学学習ができることから、日本でも多くの人が利用している。では、Duolingoを手掛けるDuolingo社が2016年から英語能力試験「Duolingo English Test(DET)」を提供していることはご存じだろうか。

DETの特長は、申し込みから受験、試験結果の確認までオンライン上で完結することだ。結果スコアは世界の5000以上の教育機関の選考プロセスなどに活用されており、ここ数年で受験者は大幅に増加。現在は、日本でも受験者数が伸びつつあるという。

だが、いつ・どこからでも受験できるオンライン試験で、どうやって公正さを保ちつつ、正確に英語能力を判定しているのだろうか。――そこで活用されているのがAIだ。

今回はDuolingo社のHead of Proctoring OperationsであるRose Hastings(ローズ・ヘースティングズ)氏にDETにおけるAI活用について話を聞いた。

  • Duolingo社 Head of Proctoring OperationsのRose Hastings氏

“受験のため、紛争地帯へ”が原体験

――DETはどのようなコンセプトで生まれた試験なのでしょうか。

Hastings氏:弊社のCEOであるLuis von Ahn(ルイス・フォン・アン)は、教育は全ての人に届くべきだと強く考えています。そこには彼の原体験があります。Luisはグアテマラの出身で、米国の大学を受験する際、TOEFLのスコアが必要でした。しかし当時グアテマラではTOEFLを受けることはできず、隣国のエルサルバドルへ行くことになったのです。この時エルサルバドルは紛争地帯になっており、まさに“命懸けの受験”だったと話していました。このような経験から、彼は地理的な障壁に左右されず教育にアクセスできる環境を整えたいと2014年にはDETの前身となる「Duolingo Proficiency Exam」を提供し始めました。当時はオンラインで受験でき、大学などの高等教育機関で採用されるような英語能力試験はあまりなかったため、「試験会場に行けない国や地域の人にも高等教育にアクセスするための試験を受けられる機会を設けたい」という思いからDETは生まれたのです。

――DETはそのアクセスの良さが評判のようですが、新型コロナウイルス感染症の流行によりさらに注目が集まったのですね。

Hastings氏:コロナ禍で多くの試験会場が閉鎖になった際、オンラインのみで完結するDETに注目が集まったのは事実です。先ほどお伝えした通り、我々としては、コロナ禍よりも前からオンライン試験を手掛けていたのですが、コロナ禍で物理的に会場に行けないという課題が顕在化したことが追い風になりました。ポストコロナ時代になってもなお、そのアクセスの良さが教育機関や受験生に評価されています。

――現在、DETは世界中でどのくらい普及しているのでしょうか。また、日本での利用状況はいかがですか。

Hastings氏:世界で5000以上の教育機関で選考プロセスや教育プログラムに導入されています。受験者の出身国やエリアは200以上です。日本での受験者数も、昨今増加しています。教育機関で言うと、60以上で受け入れられているのですが、もっと増やしていきたいですね。

オンライン試験は進化する不正との“レース”

――では、DETの特長であるオンライン完結型試験についてお伺いします。自宅などのPCから受験できるシステムだということですが、本人確認はどのようになっているのですか。

Hastings氏:DETではカメラ、マイク、キーボード、マウスなどを介してテストの様子が記録されるほか、テスト結果が正式に認定されるためには、AIと1人以上の訓練を受けた専門家による複数回の審査が必要という仕組みで、本人確認をしています。

――とは言え、本当にそっくりな双子のような場合などは?

Hastings氏:我々の本人認証はいくつものレイヤーに分かれています。1つは、バイオメトリクス(生体認証)のAIを持つベンダーとの協力による、AIによる判定です。たとえ双子であっても、まったく全てが同じというわけではないので、きちんと判定することができます。

また、さまざまなタイプの個人を判別することに特化した人間によるチェックもあります。200以上の国やエリアの方が受験される試験ですので、いろいろな人に対応できるよう、常にトレーニングもしています。この本人認証はおおよそ1時間の試験時間中に行われますが、稀に受験者の画像解像度が低い、回線の接続が悪いといった理由で判別が難しい場合には、受験者は無償で再試験を受けることができます。

――では、不正防止策はどのようにされていますか。

Hastings氏:試験中の受験者の挙動はPCのカメラで録画しています。試験中に不審な動きを検出した場合、まずはAIが録画の該当箇所にフラグを立てます。それを人間の試験官が確認し、不正がないかを判断しています。例えば、PCの画面から視線を外す動作があったとき、それが無意識の動作なのか、意図的な動作なのかが分かるよう、人間の試験官は違いを判別するトレーニングもしています。

――仮に、不正の疑いがあった場合、どのようになるのでしょうか。

Hastings氏:オンライン試験である以上、受験者の環境をコントロールできるわけではありません。そこで、受験者に受験のためのルールをよりしっかりと守っていただくことが重要になります。先ほどお話したような、画面から視線を外す動作を何度もしてしまうと、どうしても疑わしくなってしまいます。その回数が多ければ、「もう一度テストを受けてください」と言わざるを得ません。ただしその際、我々は不正であるとは言わず、ルールを破っていると指摘します。あくまでもルールをきちんと読んで、守っていただくようお願いをしているのです。その点で言うと、日本の受験者はルールに注意を払い、守ることに長けていますね。

――テクノロジーは非常に速い速度で進化しています。このような体制を敷いていても、それを突破する人も出てくるのではないですか。

Hastings氏:はい、私たちはオンライン試験のセキュリティを“レース”と捉えています。1つのテクノロジーで不正を感知する方法をつくると、次にそれをどう掻い潜るかを考える人たちが出てきます。そのため常に先を見て、新たなテクノロジーをどのように活用できるかを考え、不正を止められるようにしているのです。

「受験者が同じ問題を見る確率は99%ない」-より厳密な試験をAI×人で実現

――DETでは、受験者に応じて出題の難易度が変わるアダプティブ型テストを採用しているそうですね。裏側では何が行われているのでしょうか。

Hastings氏:DETでは1万個以上の問題のデータベースの中から、受験者の能力に合わせた問題が出題されます。問題を解く度にAIが受験者のレベルを判断し、次の問題の難易度を調整するという仕組みです。このようなコンピュータ適応型試験であるため、約1時間あれば、しっかりとした判定ができます。

スコアは統合スコアと4つのセクションのサブスコアで提示されます。サブスコアは読んで書く能力、書いて話す能力、聞いて読む能力、話して聞く能力の4つです。受験者はもちろんですが、DETを入学や進級などの認定要件にしている教育機関側もこのサブスコアを見ることができるため、自分たちが重視する項目について個別の判断をすることも可能になっています。

――この仕組みは、試験問題の漏えい防止にもつながっているそうですね。

Hastings氏:はい。加えて、DETではAIと人間が常に新しい問題を作成しています。そのため、同じ問題が出題されるケースは非常に少なく、おそらく受験者が同じ問題を見る確率は99%ないと言えるでしょう。仮に我々のデータベースにある1万個以上の問題が全て漏えいし、受験者がその回答を含めて全て記憶することができたら、その時点でものすごい英語力になっているよねと社内ではよく話しています。

実は今回のインタビューの少し前、ある学会の席で、英語ではない語学の能力試験を提供する方たちとお話をする機会がありました。彼らにとってやはり最大の課題は試験問題の漏えいをどう防ぐかということだそうです。その点、DETは問題数が多く、かつAIを駆使してフレッシュな問題をつくり続けているので、そうした課題に直面することはありません。

ビジョンファーストで、世界での浸透を目指す

――今後の展開について教えてください。他言語への展開も視野に入れていますか。

Hastings氏:そうですね、現段階で他言語への展開について、リサーチは進めているものの、具体的なプランがあるわけではありません。まずはオンライン形式の英語能力試験として、受験者数と採用教育機関数の双方を伸ばしていきたいと考えています。米国ではすでに大多数の教育機関で採用されていますが、アジアなどのエリアではまだまだ広く浸透しているわけではないので、どうすれば採用され、受験者のベネフィットになれるかを考えています。

――数値目標は?

Hastings氏:特定の数値をもってドライブしていくというよりは、Duolingo自体がビジョンファーストのプロダクトであることから、地理的な障壁や経済的障壁がある人にどれだけ機会を与えられるか、いかに多くの人にメリットのある機会を提供できるかを重視して、計画を進めています。

* * *

受験における地理的障害の課題にいち早く目を向け、DETを開発したDuolingo社は、オンライン英語能力試験のパイオニアとして、これからも“レース”に挑み続けていくだろう。日本での展開を含め、今後どのような広がりを見せてくれるのか楽しみだ。