昨今の生成AIの驚くべき発展については、もはや説明は不要だろう。ディープラーニングをベースに過去のデータから未知のデータを分類、あるいは予測する従来のAIとは異なり、生成AIはテキストや画像など新たなコンテンツを、文字通り"生成"できる。

特に、2022年11月に公開されたChatGPTは自然言語(私たちが普段使っている日本語や英語などの言語)で扱えるインタフェースを備えることもあり、大きな反響を呼んだ。以降、生成AIを取り巻く環境は大きく変化し、2023年はまさに生成AI元年ともよべる一年となった。

2015年に野村総合研究所らが発表した調査結果によると、「日本の労働人口の約49%が人工知能やロボットなどで代替可能になる」そうだ。いまや、AIを有効に使わない手はないのかもしれない。

デジタル庁から「行政における生成AIの適切な利活用に向けた技術検証の環境整備」を受託するなど、自治体や官公庁における生成AI活用に強みを持つ、FIXERの代表取締役社長である松岡清一氏は「デジタル化のカギは非エンジニアの活躍」だと語っている。今回、同氏に生成AI活用のヒントと、活用を促すユニークなアプローチについて話をうかがった。

  • FIXER 代表取締役社長 松岡清一氏

    FIXER 代表取締役社長 松岡清一氏

民主化される生成AI

FIXERが手掛けるGaiXer(ガイザー)は、ChatGPTをはじめとする生成型AI技術を活用した行政・企業向け生成AIサービス。自治体は市民向け用途に加えて、ユーザー向け、カスタマーサポート向け、行政組織の業務改善など複数の用途で利用できる。

三重県桑名市は同サービスを利用中だ。市民向けイベントの企画立案をGaiXerが支援するなど、職員の業務効率化に一役買っているという。定期イベントの企画案を提出するといった、人間ではアイデアが尽きてしまうような場面でも有効に活用されているようだ。

「報告書や案内状、お礼状の作成など、特別なスキルを持たなくてもできる業務はすでに生成AIが代替できるようになっている。民間企業の社員も、生成AIを活用すればより求人票の想定時給単価が高いような付加価値のある仕事が誰でもできるようになる」と、松岡氏は語った。

  • FIXER 代表取締役社長 松岡清一氏

必ずしもプログラミングをはじめとする専門的な知識や技術がなくても、生成AIは活用できるようになりつつある。非エンジニア人材も有効にAIを用いて付加価値のある仕事ができれば、組織・企業全体の生産性向上が見込める。

同氏は、AIサービスの今後について二極化していくと見ているそうだ。例えばコンサルティング事業においては、高いコストを払えばAIを使っている専門家のサービスを受けられ、そうでなければAIそのもののサービスを受けるようなイメージである。同じAIを使っていても、そこに上乗せされる付加価値が、今後のAIサービスの差別化となる。

生成AIの到来は火縄銃のような衝撃

生成AIに対しチャット形式などで入力する命令文を「プロンプト」と呼ぶ。筆者もプロンプトを上手に入力するための方法などを取材し、プロンプトのノウハウをお届けしてきた。しかし現在では、生成AI向けのプロンプトを生成するAIなども開発されているようだ。それほど非常に速い流れで、AIを取り巻く環境が変化している。

松岡氏にAIの導入に積極的な組織について聞くと、「世界との競争においてAIを使わざるを得ない組織」との回答が得られた。特に製薬業界はその最たる例だろう。創薬において時間と手間を要する分子構造解析と治験は、AIによって大幅な短縮が見込める。そのため、AIやその基盤となる半導体にどれだけコストを掛けられるのかが、ビジネスの勝敗を分ける決め手にもなるそうだ。

一般的にAIやデジタル技術の活用が進んでいないと思われる自治体だが、桑名市のようにいち早く生成AIの活用に着手している市も出始めている。生成AIを積極的に活用している組織に共通するのは、企業も自治体もトップ層の志とのことだ。

人類の歴史になぞらえて、生成AIの出現を松岡氏は以下のように説明する。

「戦国時代に火縄銃が到来した際にも、その仕組みを理解して積極的に活用しようとするリーダーと、これまでのやり方に固執して刀で戦おうとするリーダーがいたはず。AIの活用においても同様で、AIを自身や周囲のために取り入れて使おうとするリーダーと、理解できないからと拒否して遠ざけるリーダーに分かれるだろう。どちらが優れているかは、歴史を振り返っても明白。おそらく生成AIは火縄銃のようなパラダイムシフトをもたらすだろう」

生成AI活用拡大へのアプローチは「なんか楽しそうな組織」

松岡氏は、生成AIが今後より広く使われるためのアプローチとして、削減できる業務時間と従業員数を掛け合わせて算出されるような指標は使わない方針だという。

「当社のGaiXerをはじめ、『生成AIを使っている組織はなんか楽しそうだな』と周囲に思われる組織作りに貢献したい。苦手なことはすべてAIに任せて、自分が楽しいと思える付加価値の高い仕事に挑戦できれば日々の仕事はもっと楽しくなるだろう」と、松岡氏は語った。

  • FIXER 代表取締役社長 松岡清一氏

単にコスト削減や業務効率化の観点から生成AIを検討するのではなく、人間が苦痛に感じるような業務をAIで代替し、より重要でクリエイティブな業務に人間が集中できる環境を作ることで、日本の労働環境をより良くしたいというのが、同氏の意見。

火縄銃が伝来した時代よりも、現代ははるかに急速な変化が訪れている。AIによって仕事が奪われる不安に襲われないためにも、そして、仕事をより楽しいものにするためにも、ぜひ変化を恐れずAIや最新技術に寄り添ってチャレンジしてみてほしい。