New Relicは2月22日、オンラインでリテール(小売)DX(デジタルトランスフォーメーション)の最新動向に関する発表会を開催した。同日に同社では、小売業界におけるオブザーバビリティ(可観測性)の導入とビジネス価値に関する洞察と分析を提供する初のレポート「小売業界におけるオブザーバビリティの現状」の調査結果を公表している。

レポートは、昨年12月に発表した「2023 オブザーバビリティ予測レポート」と関連し、小売・消費者業界の173人の回答者から得られた洞察にもとづいている。調査結果によると、ツールの断片化は依然として続いているものの、オブザーバビリティはビジネス価値を提供しているという。

小売業におけるオブザーバビリティのリアル

発表会の冒頭、New Relic コンサルティング部 兼 製品技術部 部長の齊藤恒太氏は、国内における小売業の現状について「全産業のうち小売業は国内売上金額が478兆円と1位ではあるものの、DXに取り組んでいる企業は23%でITや金融(各45%)、インフラ業(32%)と比べると大きく遅れている」と指摘した。

  • New Relic コンサルティング部 兼 製品技術部 部長の齊藤恒太氏

    New Relic コンサルティング部 兼 製品技術部 部長の齊藤恒太氏

齊藤氏によると、同社の顧客である小売業の共通課題は複雑なシステム構成と組織構造、サイロ化に加え、ベンダーやSIerへの依存が大きいという。

その反面、新型コロナウイルスの影響で新サービスやモバイルアプリなど新ビジネスが増加し、クラウドリフトしていた情報系システムに続いて、基幹系のクラウドリフトが進むというポジティブな側面もあるとのこと。

調査では、小売企業はサービスを支えるシステムの障害発生で多くのダウンタイムに見舞われるリスクがあり、ECセールのような繁忙期には大きな影響を受ける可能性があるという。小売企業は他業界よりも高い頻度でビジネスへの影響が大きい障害に見舞われており、週1回以上の頻度で重大障害が起きているとの回答は全業種平均の32%に対し、小売企業では37%に上る。

また、回答者の半数以上(55%)がビジネスへの影響が大きい障害を検出するには少なくとも30分かかると回答。クリティカルなビジネスアプリの停止による金銭的影響は大きく、小売企業における年間のシステム停止コストの中央値を995万ドルと、全業種平均(775万ドル)より28%も高額となっているという。

  • 全業種と小売業の重大障害発生頻度、検知時間、機会損失の対比

    全業種と小売業の重大障害発生頻度、検知時間、機会損失の対比

小売業界でオブザーバビリティの導入は進むのか?

調査で対象となったオブザーバビリティ機能の導入分野(全17分野)は5分野以上、10分野以上は全業種平均より割合が低いものの、複数の監視ツールを使用している割合が平均よりも高い傾向にあった。3分の2以上(69%)が4つ以上のオブザーバビリティツールを使用(全体平均は63%)し、約4分の1(23%)が8つ以上のツールを使用しており、ツールが断片化。

また、小売業がビジネスのさまざまな側面を理解し、コストの高いシステム停止を回避するためにツールの切り替えにより多くの時間とコストを費やしていることが判明している。

  • 全業種と小売業におけるオブザーバビリティの導入分野、利用ツール数の比較

    全業種と小売業におけるオブザーバビリティの導入分野、利用ツール数の比較

このような状況ではあるものの、オブザーバビリティを実装した企業は平均2倍のROI(投資対効果)を獲得し、オブザーバビリティの利点として47%が「顧客体験の理解を深めることで収益維持率を向上させる」(全業種平均は34%)と回答。

今後の導入分野としては、2026年半ばまでに大半の企業(98%)がアラート機能を導入し、次いでネットワーク監視とセキュリティ監視が導入される見通し(いずれも97%)。さらに、90%がブラウザ監視、85%がモバイル監視、79%が外形監視への導入をそれぞれ見込んでいるという。

調査結果を受けて、齊藤氏は「小売業界は障害が多発し、ビジネス影響が大きいのが実情だ。オブザーバビリティの導入はこれからの段階であり、顧客体験の向上が動機になるだろう。他方、いち早く投資した企業は、その対価とメリットを享受している。これらを踏まえると、小売業界でオブザーバビリティの価値を最大化するためには、サイロ解消によるシステムの信頼性向上、顧客体験向上の両立が課題になる」と分析していた。

ROIの高い意思決定を可能にする「New Relic Pathpoint」

こうした状況を鑑みて、同社では小売業に限らず、オブザーバビリティ機能の導入促進を図るため、同日に「New Relic Pathpoint」を発表した。

これは、システムのパフォーマンスによるビジネス影響をビジネスチームと技術チームにリアルタイムに提供し、ビジネス影響にもとづくソフトウェアの投資判断やタスクの優先付けを支援するというものだ。

齊藤氏は「システム問題のビジネス影響・効果や問題への対策、改善タスクの優先度、ソフトウェア投資の妥当性といった不明点により、ビジネスチームと技術チーム間の分断を生んでしまっている。これにより、顧客価値を最大化してデジタルビジネスの収益向上につながるROIの高い意思決定ができていない」と説明する。

  • 「New Relic Pathpoint」の概要

    「New Relic Pathpoint」の概要

その点、Pathpointはビジネスプロセスとシステムのパフォーマンスを関連付けて、ビジネスに影響するシステムの問題をリアルタイムに把握し、ビジネスチームと技術チームがデータにもとづくROIの高い意思決定を可能としている。

例えば、ビジネスプロセスと技術要素を関連付けて、ビジネスKPI悪化の原因になっているプロセス、システム、原因を把握し、原因調査の画面にシームレスにドリルダウンすることで影響のある問題の迅速化を可能としている。

三越伊勢丹システム・ソリューションズの導入事例

発表会では、三越伊勢丹システム・ソリューションズ ICTサービス事業部付 シニアマネージャーの藤本忍氏により、小売業におけるNew Relicの導入事例が紹介された。三越伊勢丹グループでは、重点戦略の1つに「“顧客とつながる”CRM戦略」を掲げており、戦略を支えるデータとICT基盤を「“おもてなし”をDXする」と位置付けている。

すでに、3D計測+店頭接客による婦人靴・紳士靴を製作するサービス「YourFIT365」や、三越伊勢丹リモートショッピングアプリ、POSの内製化、ECサイトなどを展開。藤本氏は「顧客とつながるCRM(顧客関係管理)戦略は、店頭やECサイトでお客さまに訴求を行い、来店した際にはデジタル会員や提携カードで識別顧客化し、お客さまに最高の顧客体験をしてもらうために関係性を高めていく取り組みだ」と述べた。

  • 三越伊勢丹システム・ソリューションズ ICTサービス事業部付 シニアマネージャーの藤本忍氏

    三越伊勢丹システム・ソリューションズ ICTサービス事業部付 シニアマネージャーの藤本忍氏

戦略や一連のサービスを実現に向けては柔軟なタッチポイント、多種多量のデータの一元化、運行コストが最適化されたシステム基盤を目指した。ただ、サイロ化されたシステムや機能、データのモダナイズのほか、レガシーシステムの運用コストを最適化する必要があったという。

藤本氏は「DXとICT改革はセットで進めるべきだ。システム部門は既存システムを維持するだけではなく、デジタル技術を扱うことができる存在であるべきだ。2018年度から取り組みをスタートし、マイクロサービス化やコンテナ化、クラウドネイティブに取り組み、自動化、セルフサービス化を進めている。これらの施策により、サービス開発が最速で3カ月で完了するケースも生まれた。また、DevOpsと内製化の取り組みにより、高い生産性も実現したことに加え、既存システムのコストを2018年度に半減することができた」と振り返る。

  • ICT基盤の改革を進めた

    ICT基盤の改革を進めた

導入の経緯は重要イベントの状況をリアルタイムに可視化するため

こうした取り組みの結果、プラットフォームは小売に必要な機能を汎用的なマイクロサービスとして実装し、レガシーシステムから段階的に切り替えている。レガシーシステムには塩漬けされる機能は残るものの可能な限り廃止することで運用コストを低減し、新サービスはマイクロサービスを活用して最速でローンチするとともに、場合によってはフロントエンドの改修に取り組むことで顧客最適化を図っているとのことだ。

しかし、すべてが順調に進んだわけではなく、2003年から続く三越伊勢丹の重要なイベント「サロン・デュ・ショコラ」において、マイクロサービス化を行い、店頭POS、アプリ、ECサイトなど、あらゆる場面で会員の認証を処理しているが、2022年に障害が発生したという。

導入の経緯について同氏は「原因は重要なトランザクションが認証機能に集中してダウンしてしまった。原因分析や対策を行う中で2つのサービスを導入した。1つはオンライン上の待合室、そしてもう1つがNew Relicの導入となる。リアル店舗であればお客さまの状況を把握しながら対応できていたが、オンラインでは苦慮していた。とはいえ待合室で待機する時間を短くできないかと考え、安全な閾(しきい)値まで入店できるようにすることがベストだったため、それをリアルタイムに可視化できるのがNew Relicだった」と説明した。

  • New Relicの適用範囲の概要

    New Relicの適用範囲の概要

最後に藤本氏は「お客さまとの接点をデジタル化していくうえで、オブザーバビリティは必要不可欠だ。リアルで当たり前となっていたお客さまの状況をオンラインの接点でも確認が可能になり、データにもとづく意思決定ができるようになった。サイロ化の解消を目的に取り組んだマイクロサービス化は、さらにサイロ化することを経験しており、解消したのはオブザーバビリティだった。システム部門とビジネス部門をつなぐ効果があった」と結んだ。